第27話

 しっかりと指示をしなければ、こちらの都合のよいように情報規制を平然と行うのが彼らである。基本的に不利な立場に居るからこそ、持てる全てを使ってでもいかに自身が優位に出来るかを考えて動いている結果ともいえるだろう。

 馨は欠伸をしながら、時間を確認する。

 本日は、鳴無と共に蝶屋敷もとい蝶梨の屋敷へと向かう日だ。しかし、馨のルーズさがここでも出ており理玖はいまだに何時に向かうのかを聞かされていない。


「ところ、甘羽さん。蝶屋敷にはいつ行くんですか?」

「ああ、それは鳴無先生が呼び来たら行きますよ。なので時間は不明です」

「よくまぁ、それで毎回成り立ってますよね……。時間が分からないと、こっちの仕事もままならないんじゃないですか?」

「何を言っているんですか、高砂少年。そもそも、うちにはそんなに仕事は溜まっていませんし、ないですから」


 ――いや、それはダメなのでは。


 理玖の内心を理解しているのか否か、馨は伸びをしてはパソコンを起動したまま机の上に置かれている空になったマグカップを手にして追加のココアを入れに立ち上がる。その様子を見ていた夏鈴は、ニコニコとしながら理玖を見ている。

 何処か異様なその光景に苦笑しか出てこないのか、理玖の表情は引きつるばかりだ。


「えっと……」

「あ、あまり気にしないでくださいね。馨お姉さまって、いつもあんな感じなのです。それに、異能課にお仕事があまりないのは事実ですからね……」


 がっくしとしながら苦笑をする夏鈴。

 まだ数か月程度しかいない理玖であるが、この部署に仕事があまり来ていないことは理解できているのか。ふと、何かを思ったのか隣に座っている夏鈴を視界に入れて素直に質問をする。


「そういえば、以前話を聞いたことがあるんだけど。えっと、檜扇さん?」

「あ、夏鈴で良いですよ!」

「あ、じゃあ夏鈴ちゃんで……。まだ高校生なんだっけ……?」


 その言葉に、えへんと笑って頷く。

 自慢できることなのか分からないことを平然と話しているので、この部署には年齢問わずに何処かおかしいところがあるのだな、と再確認してしまう理玖。おそらく、彼は自身はまともであると思っているのかもしれないが夏鈴から見て理玖はどこか変わっている人、という認識になっているのだろう。

 だが、そんなことを思っているなど態度の一つに出すことはなく会話を続ける。


「それにしても、蝶屋敷かぁ。いいなぁ、夏鈴も一緒に行ってもいいですかね」

「多分、良いと思うんだけど。甘羽さんに聞いてみないと分からないかも。……あれ、でもその前に夏鈴ちゃんって今は休暇中、なんだよね?」

「私は問題ないですよ。夏鈴ちゃんが良ければ、なんですけどね」

「わぁい! じゃあ、夏鈴も一緒に行きます! 蝶梨先生と会うの、久々だから楽しみだなぁ」


 馨の了承に対して嬉しかったのか、キャッキャと楽しそうにしている。

 そのあと、出かける準備のために用意をし始める。蝶屋敷に行くのは、仕事であるからなのだが夏鈴からしてみればいつもとは違う仕事内容に同行出来るということで楽しみでしかなかったのだろう。理玖は、その様子を見ながら首をかしげて隣の自席に戻ってきて着席した馨に話しかける。


「え、良いんですか?」

「勿論。別についてきて困ることはないんでね。……あ、もしかして夏鈴ちゃんのことを心配している感じですかね?」

「ま、まぁ……。だって、休暇に仕事に同行するだなんてっていうのもあるんですよね」

「まぁ、言ってしまえばサービス残業のようなものですからね。でも、室長はそういうのを好まないので多分お給料ではない何かで対価を出すんじゃないですかね。もしくはポケットマネーからお小遣いを出すとかですかねぇ」


 過去にそのようなことがあったのか、なかったのかは理玖には不明だがあの伊月のことだからポケットマネーからお小遣いを出しているんだろうな、と想像してしまったのか苦笑をしていた。

 夏鈴は鞄を持って、楽しそうに笑いながら馨たちの目の前に戻ってくる。


「何か手土産は必要ですかね!?」

「手土産は鳴無先生が持って行ってくれるから大丈夫ですよ。私たちは気兼ねなく手ぶらでも問題ないくらいですから。……あ、もしかすると蝶屋敷には蛾もいるかもしれないですよ」

「灯牙さんもですか? いや、でも蝶梨先生と灯牙さんはセットですし、当たり前のような……。例えるなら、夏鈴とお姉ちゃんみたいな感じ、なのかなぁ?」


 自身の顎に手を添えて首をかしげる夏鈴。

 理玖はふと、夏鈴の「お姉ちゃん」という言葉に首をかしげる。彼女は何故か人のことを「お姉さま」「お兄さま」と呼んでいる。これに関しては特に何も思わず、人が「さん」などの敬称を付ける感覚なのだろう。だが、彼女が言った「お姉ちゃん」に関しては何処か違う感覚を感じたのだろう。

 それを補足するように、隣に居た馨が口を開く。


「夏鈴ちゃんの異能力が所以しているんですよ。彼女がいうお姉ちゃんは、実姉、というよりも。生まれるはずだった姉のことになりますよ」

「生まれるはずだった、ということは……」

「水子、もしくは泡子ということですね。正直、夏鈴ちゃんの異能力はまだよくわかっていないことも多いんですよね。だから、一応A級異能力者ということになっているのですが……」


 考え込むように告げられる言葉。

 異能力者、というものは様々な種類がありまだ分かっていないことも多い。だからこそ、彼らを解体し異能力について解明しようとして研究があるのだが。


「お姉ちゃんに関しては、もしかすると何処かの仕事の中で理玖お兄さまも見ることがあるかもしれないですね!」

「よし、そうと決まれば。鳴無先生が来るまではのんびり仕事の整理をするか、折り紙をするかで時間を潰しておきましょうか」

「……なんだか、何処からどこまで突っ込んだらいいのか分からないんですが、突っ込んだら負けということだけを理解しましたよ、ええ、本当に」


 梃でも鳴無が呼びに来るまでは動きはない馨に、小さく笑っては理玖は今まで集まった情報に目を通しては今後どう動くべきなのかを考える。夏鈴はそんな二人を交互に見ては、何処か満足そうに微笑んでは「良かったぁ」と呟いて鞄を抱えて最初に座っていた休憩スペースにあるソファに腰を掛けてやりかけていた勉強の続きをし始めた。

 その様子を横目で見ていた莉音は、にっこりと目を細めて笑っては頬杖をつきながら話し出す。


「夏鈴ちゃんが同行するなら百人力だね?」

「百人力なのかは分からないですけど、夏鈴ちゃんと高砂少年が居ればひとまず蛾については問題なさそうな気がしてきましたよ。私と莉音さんが居れば、確実に蛾が牙を向いてくることだけは分かるんですけどねぇ」

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