第28話
「そ、そんなに警戒するほど厄介な人なんですか、その蛾という人は……」
まだ会っていないのにも関わらず、厄介そうに馨も莉音もいうものだから理玖の想像ではとても厄介で面倒な人物なのではないか、という不安が頭をよぎる。存外会ってみれば、そうでもない時もあるため結局人というものは会ってみないとわからないところがある。チャットなどでは盛り上がったとしても、実際に会ってみれば何か合わないという場合だってあるのが。
結局は、フィーリングなのか、と思いながらも不安をかき集めては息を吐く。
何かあれば、おそらくは現地に一緒にいく馨や夏鈴が手助けをすることになるのだろう。理玖の方が社会人としては短く夏鈴の方が長いがゆえなのだが、どこか自分よりも年下の少女に庇われるのは、と思わないこともない。
「甘高コンビ、そろそろ行くけど準備はいいかな!?」
勢いよく開いた扉と、威勢のいい声。
表情は心なしかキラキラと子供のように輝いている、鳴無の姿がそこにあった。突然の大声でびくり、と肩を震わしてから不機嫌そうに目を細める馨。莉音はそんな彼女をみては苦笑をしている。
「もうちょっと静かに入ってこいよ……」
「前々から思っていたんですけど、甘羽さんって結構口が悪いですよね」
「おや、今更ですか。口が悪いと自覚しているからこそ、普段はこのように丁寧な物言いをしているだけですから」
「馨くんの不機嫌モードと関西弁が合わさったら、もう最高に怖いよ。ラ行なんて素で巻き舌の時もあるからね。あっはは」
――それは一体、笑っていいことなのだろうか。
莉音はその時の馨の態度を思い出してしまったのか、声を出して笑っては肩を震わせている。
仕事に追われてカフェインを大量に摂取した莉音の姿は、いつもの冷静な彼とはかけ離れている。まるで、徹夜でゲームを攻略した時の休日の自分のようだ、と思いながらもそれについては一言も言うことはせずに視線を背ける。彼を視界に入れて仕舞えば、どこか可哀想なものを見る目で見てしまうかもしれない、と思ったのだろう。
「甘羽ちゃんは怖いねぇ。そんなんじゃあ、せっかくの可愛い顔が台無しだ。さて、蝶屋敷に行くために呼びに来たのだけど二人とも準備は万全かな?」
「別に他人にどう思われようがどうでもいいですよ。私自身が可愛いと思えればそれでね。……私と夏鈴ちゃんは準備できているんですけど、高砂少年は大丈夫ですか? 問題ないなら、それでいいんですけど」
突然振られた理玖は、びくりとしながらも「問題ないですよ」と今すぐにでも出かけることができることを告げる。あと鳴無が執務室に来るのが十秒ほど遅かった場合はきっとパソコンを起動して少しだけ面倒なことになっていたかもしれない。
「おや、檜扇ちゃんも来るかな。珍しいメンツが揃っていることだ。一応聞いていこうか、木檜くんは居ないよね?」
「悠莉くんは不在ですよ。多分、長期で休んでいた分の単位を必死で稼ぐために次の任務までは補修漬けですね」
「なら良かった。ほら、木檜くんと菰是くんって相性最悪だから」
「確かに、あそこは似ているくせに相性最悪でしたね。うぅん、似ているからこそ相性最悪、なのかも知れないですけど」
まだ出会ったことがない、「
会っていないのだから、想像と他の人の証言で補完するしかないのだから仕方がないだろうが。きっと、彼らからしてみれば風評被害もいいところだろう。理玖は鞄を持ち直しては、外に出る準備を終わらせる。馨も必要なものは持っており、夏鈴も鞄を肩から斜め掛けにしており三人ともいつでも出発ができる状態だ。
その様子を見ていた藍は何を思ったのか、楽しそうに目を細めては口を開く。
「まるで、学生の社会見学みたいね」
「三人のうち一人は、本当に学生なんだけどね。馨くんも高砂監視官も幼い顔つきだから、ナキ先生が引率をしている感じに見えてしまって、ぷ、くく、ごめん、ちょっと僕はあっちで寝ているよ、これ、だめだ」
普段は笑うことはないところで笑ってしまうほどに、自身が疲れているとようやく自覚したのか莉音は業務パソコンにロックをかけて隣の席にいる藍に声をかけてから休憩コーナへと歩いていき大きめのソファに横になる。その際に、どこから取り出したのかアイマスクと耳栓をしていた。
理玖は、内心で莉音に向けて合掌をしてから鳴無に続くように執務室から出ていった。
目指す先は、蝶と蛾が住んでいる蝶屋敷である。
数時間後。
公共機関を駆使して、やっとの思いで山の中にある蝶屋敷までやって来た四人は山中を歩いて疲れたのかわずかに肩で息をしている。一番この中で年齢的に若い夏鈴は数回息を整えてはそれ以降ニコニコと楽しく山中を歩いていた。
その様子を見て、「若いってすごい」とボソリと呟いた理玖だったが馨と鳴無から「君も若いだろう」という突込みがあったのはいう間でもない。
「それにしても、こんな山中に屋敷があるんですね……。ちょっと不便じゃないですか?」
「蛾が車を運転できるので、蝶梨ちゃんの職場への送り迎えをしているから特に不便さを感じないんじゃあないですかね」
ケロリ、と告げる馨。
確かに歩くには利便性を考えると程遠いが、車が通れない道ではない。ならば、レンタカーなどを使って自分たちも車を使えばよかったのではと思った理玖の気持ちが分かったのは、ニコリと微笑んで鳴無が口を開いて話し出す。
「残念だったね、高砂くん。この中で運転免許を持っているものは誰もいないんだ」
「まぁ、都会に住んでいたら車なんて必要ないですからね、仕方ない」
「夏鈴は欲しいなぁって思っているので、取れる年齢になったら免許取りに行きますよ! 戦闘地域に居るときとか、戦車に乗れたらいいのなぁって思うときとかが結構あって」
夏鈴の笑顔で言った言葉に対して、三人は言葉を返すことも忘れて固まってしまう。
一番年齢が若い、十五歳の少女が笑顔で戦車に乗りたいがために車の免許を取りに行きたいと言うのは理玖だけではなく馨たちの中でも「変わっている」部類に入っているのだろう。そんな彼らの考えなど知る由もなく、夏鈴はすたすたと歩いて行きチャイムを鳴らした。
「……絶対に普通免許で戦車に乗れないですよね」
「多分……?」
「はい、檜扇ちゃんが先に行っちゃったから早くいくよ。あと、普通免許でおそらく戦車は乗れないと思うから戦車に乗りたい場合はまぁ……要相談ってところになりそうだね」
鳴無は苦笑をしながら頬をポリポリとかいてから、そそくさに扉まで歩いて行った。そんな二人に追いつくように急いで理玖も歩いていく。馨は欠伸をしながら、のんびりと玄関まで歩いて行った。
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