第26話

 馨と夏鈴の会話を聞いていたのか、どことなく疲れた声色で莉音が答えた。

 彼のいうことにすぐに納得できたのか、夏鈴は「なるほど」と頷いては馨の隣から画面を覗き込んでいる。確かに、彼女が研究所を退所することになったのはある程度ニュースになったことはあるが、なぜ退所することになったのかは不明のままだ。当時はさまざまな憶測が勝手に出回っていたのも懐かしい。


「お姉さま、焼死体の身元はもうわかっているんですよね?」

「三体のうちの一体のみ難航中みたいですよ。二体はすでに身元は割り出したんでゾロゾロと関係者確認をしている最中だと思いますよ。密告が来てたので」

「南郷さんからの共有のことを密告というのは馨くんくらいだよね。あ、ほんとだ。てか、このチャットグループの名前考えたの絶対に馨くんだね。スパイ活動って名前のグループ名を考えるのは馨くんか、羽風しかない」


 ふざけたグループ名にしているのはいつものことなのか、誰一人としてチャット内で突っ込むことはしていない。

 チャットの内容を確認しながら、莉音は調べ物傍で内部状況も確認し始める始末だ。夏鈴は、何かに気付いたのか目を丸くしては「あ」と言葉を紡ぎ出す。


「夏鈴、この人知ってます!」

「どの人」

「こっちの丸こげの人です! 実は夏鈴、まだ特務室所属の時に社会見学として花織ヒオリさんのところに行ったことがあるんです。その時に、いじめ関係の仕事をしたことがあって。というか、淀みが溜まった場所の浄化というお仕事の同伴をしていただけなんですけどね……」


 夏鈴の言葉にぴたり、と手を止める馨と莉音。

 まさかの情報に驚きを隠せないのだろう。夏鈴は、そのまま口を開いて話し続ける。どうやら彼女は、まだ異能課に来る前の特務室時代に何度か社会科見学と称して、怪異案件の仕事も何度か行っている。現在は、もっぱら戦闘地域に派遣されて異能力者のいざこざを武力で解決することが多いが、彼女とてそれが一番と思っているわけではない。

 話し合いで解決するならばそれに越したことはない。だが、時には実力行使が最もいい手段であることもあるのだ。


「いじめの浄化って、あの子そんな仕事もしているのね」

「あ、藍お姉さま!」

「おはよう、夏鈴。はぁ、執務室開けた瞬間にマイナスイオンを感じると思ったらやっぱり夏鈴がいたわね。空気清浄機レベルで夏鈴はうちには必要よね。他の連中は濁った空気しか出さないし」


 カバンを持って執務室に入ってきたのは、いつもはギリギリに出勤することが多い藍だった。

 もうそんな時間なのかとぼんやりと思いながら、馨は各務早咲の人間関係を確認できるところまで確認する方向にシフトしている。


「で、なんでいじめの話になったの? まさか、夏鈴いじめられてるの? 誰にいじめられているのか言ってちょうだい。私たちが完膚なきまで木っ端微塵にするから」

「いえ、夏鈴の話ではないので大丈夫ですよ。今回の焼死体で出てきた人の名前が、そのいじめにより濁った空気浄化の仕事の時に見たことあるなぁって。こういうことをする人って、どういう神経なんでしょうね? 空気も汚すし、人にはトラウマを植え付けるしで百害あって一利なしじゃないですか?」


 何気ない純粋なその言葉に、ブフ、と吹き出して笑うのは藍と莉音。普段笑いのツボが深いところにあるために、滅多に笑うことはないのだが今回は見事にツボにハマってしまったらしい。馨が言ったところで、きっと何も思うことはないのだが夏鈴がそれをいうことに意味があるのかもしれない。

 夏鈴はなぜ笑われたのかが理解できないのか、頭の上に大量の疑問符を出しては首を傾げている。


「お、繋がりが見えた! 夏鈴、今度高い焼肉に行こう。もちろん、僕とボスが出すよ」

「え、えぇ!? いや、いいですよ。莉音お兄さまのお給料なんですから、お兄さまの使いたいことに使ってください! でも、何か見つけることができましたか? お役に立てたならば、何よりです!」


 莉音は夏鈴のヒントをもとに色々と網を広げて確認をしていたのだろう。馨よりも早く関係性を見つけ出したのか、珍しくその場に立ってはガッツポーズをしている。よほど仕事漬けで疲れてしまっているのだろう。そんな彼を、どこか可哀想なものを見るような目で見ながらも馨はぴたり、と手を止める。

 誰かが導き出したなら、同じことをする必要性はない。


「おはようございま……って、え? 浅海さん、どうしたんですか?」


 就業時間の始まりを告げる軽いチャイムのようなものが鳴る十分ほど前。

 扉を開けて中に入ってきたのは、珍しくギリギリにやってきた理玖だった。彼は、執務室内の異様な雰囲気に表情を引き攣らせている。何せ、中に入ったら普段は静かにパソコンの前に座って調べ物をしていることが多い莉音が立ち上がって冷えピタを貼った姿でガッツポーズをしており、その隣に座っている藍はいまだにツボに入って抜けきれていないのかクツクツと肩を震わせて顔を机に突っ伏して笑っている。

 馨は欠伸をしては、ココアを飲んでいる通常な光景だがいかんせん普段は静かな人が見かけないことをしていると、そちらに気が行きがちなのだろう。


「あ、おはようございます、お兄さま!」

「お、お兄さま!? って、えっと、君は?」

「初めまして! 異能官、檜扇夏鈴です! 先日任務から帰還して、現在お休み中だったので執務室で皆さんのアイデア出しを手伝っていました。お兄さまのことは、馨お姉さまから聞いていますよ。今後とも、よろしくお願いしますね、理玖お兄さま!」

「あ、初めまして。ところで、あの。これって今どういう状況なんですか……?」


 夏鈴は理玖の姿を確認してから立ち上がり会釈をしてから自己紹介をする。彼女はそのまま理玖の自席から離れて、反対方向から椅子を持ってきては馨の隣にちょこんと座っている。どうやら彼女は、休みであっても仕事場にやってきて手伝うことをするらしい。仕事熱心だな、と内心で思いながらも理玖は、もっとやりたいことをすればいいのにな、とも思う。

 彼女とは初対面であるが、この場所にきた時に十五歳の異能官がいるということはすでに聞いている。十五歳、となればまだまだやりたいことも多くある年頃だろう。


「思わぬ助言で調査が飛躍的進みました、というところですかね。ああ、まだ共有してはダメですよ。協力関係であったとしても、いつ共有するのかはこっちの自由ですからね。わかったらすぐに連絡しろ、とは約束していませんから」

「……甘羽さんって、こう。いや、これは甘羽さんに限った話ではなくて人と何かを共有する時は明確に指示をしろっていうことなんですね、ええ。勉強になりますよ」

「それは良かった」


 ――この人に嫌味は一つも通じないのか?

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