第25話

 とある地下室にて。

 白衣を着た女性がくるくると鍵束を回しながら鼻歌交じりで廊下を歩いていた。片手には複数の名前が書かれたリストがある。そのリストに書かれている名前の一部は、今回の研究所火事事件で焼死体として発見された者の名前がある。


「害虫駆除は三匹完了っと。はぁ、全く虫って駆除してもすぅぐに湧いて出てくるからほんと困っちゃう」


 一、二、と少しだけ視線を下げては数を数えている。

 まだそのリストに書かれている名前の数は十数名存在している。女は、目を細めて視線を滑らしては肩をすくめて息をつく。考えていても何もならない。ならば、行動に移すだけのことなのだ。

 女、改め各務早咲は資料を持ったまま鍵を使って部屋の中に入っていく。

 そこにあったのは、多くの容器にパソコンとモニターの数々。その中でひときわ目につくのは大きな培養液と思われる液体が入った容器。その中には、全裸の女性が目を閉じたまま入っている。口元は酸素を送り込んでいるのか、何かマスクのようなものが付けられている。


「はぁ。本当に、あの屑三人が大変だったわ。だぁれが、頼りにしているだよ。ほんと、お前らを殺すためだけに雇ったっていうことを気づけっての。いや、気づかれたら殺せなかったからそれはそれでいいんだけど」


 悪態をつきながらリストを机の上に置いて、早咲は伸びをしながら女性が入っている容器に近付いた。カツカツ、とヒールを鳴らしながらもそっと腕を伸ばす。容器の中に入っている女性は、生きているのか死んでいるのか分からない。閉じられた目はしっかりと閉じられており開く素振りはない。

 それでも早咲は気にすることはなく、容器の中に入っている女性へとつらつらと思いを語り続けている。だが、その内容はあまりにも物騒だった。


「とにかく、急いで処分をしていかないと。この国の警察は無能だから多少時間稼ぎは出来るはず。その間にどれほど処分が出来るかにかかっていると思うのよね」


 容器に背中を預けては腕を組んで容器の中の女性に話し続ける。

 この部屋は徹底してカメラなどの情報が入ってくるものはない。早咲はそれらを全て確認済みであり知っているからこそ安心して物騒な話を平然としているのだろう。


「でも一番死ぬべき存在は処分出来たわよね。あとは、……うぅん。でも傍観者も居れちゃうとちょっと多すぎるわね。会社一つ潰れちゃうわ。そんなことをするくらいなら、もっと苦しんでもがいてほしいものねぇ。殺すのは関係者だけにして、傍観者はちょっと違う方法で処分するしかないわね。……藍那ちゃん、ごめんね。私が早く気づいてあげることはできなくて」


 早く気づいたところで、何も変わらないのかもしれないがそれを言うものは誰もいない。早咲は、にっこりと楽しそうに微笑んでは次の行動のために歩き出したのだった。



「あぁああ……、糖分が足りない」

「馨くん、それ何個目のプリン? ちょっとプリン食べすぎじゃないの?」


 朝の執務室にて、自席でプリンを食べ続けている馨に対して呆れて言葉を漏らしているのは仕事で外に出る準備をしている羽風だった。羽風はそのまま、自身の担当監視官の朱夏と共に執務室から出て行く。

 その様子を見ていたソファーに座って静かに勉強をしていた夏鈴は少しだけ困ったような表情をしてから、冷蔵庫からココアを取り出して馨の自席まで歩いていく。


「はい、お姉さま。あまり煮詰めすぎるのは良くないですよ」

「私のことを心配してくれるのは夏鈴ちゃんだけですよ……、癒し。ちょっと、ぎゅって抱きしめても良いですか」

「はい、どうぞ!」

「可愛い、癒し、可愛い」


 夏鈴に渡された冷たいココアを受け取った馨は、近づいてきた夏鈴に許可を得たうえで居たくない程度の力で抱きしめる。この異能課における、唯一の癒しなのだろう。何せ、この異能課の執務室には異能官だろうが監視官だろうが癖の強い人物が多い。女性は多いが見た目は可愛いが、性格がねじ曲がっていることも多い。

 故に、馨以外にもこの異能課に所属している者たちは夏鈴のことを癒しだの天使だの言って猫かわいがりすることが多いのだ。


「えへへ。馨お姉さまもお疲れさまです」

「はぁあ……、天使、付き合って……」

「あ、それはダメです。もう夏鈴には悠莉くんというかっこいい彼氏がいるからダメです!」

「はぁ、本当に良い彼女を持ったよね、悠莉くんは。羨ましいくらいですよ」


 ようやく夏鈴から離れては、隣に座りなおしてはニコニコとしている夏鈴の頭を撫でながら息をつく。今日も異能課の執務室は変わりもなく、今の時間はまだ朝早く業務時間になるまでは時間がある。

 理玖が事務所に来るのは、大体早くとも八時半を過ぎるので馨は肩をすくめては何度目かもわからないため息ををついては机の上に突っ伏してうなだれていた。


「それにしても、馨お姉さまがここまで項垂れるのは珍しいですね。何かトラブルでもあったのですか?」

「トラブル、というわけじゃあないんですけど。……各務早咲の情報がビックリするくらい当たり障りないことしかないんですよ。これ、莉音さんに頼んでいるんですけど現状莉音さんがコーヒーを煽りながら言っているんですよね」

「ああ……。莉音お兄さまが冷えピタ貼ってエナジードリンクを煽っているのはそういう理由だったのですね……」


 莉音はしばらく外に出る仕事はないのか、自身に与えられた仕事をこなしつつも馨からの依頼を調べている最中だ。この異能課の中でもっとも情報系統では有能なため、毎回誰かに依頼をされては颯爽と仕事を終わらせている出来る人間だ。

 そんな仕事の早い莉音が中々情報を集めることが出来ていないのが、ある種の誤算だったのだろう。馨もなるべく参加をして情報を集めるも、見つからないのだ。


「実力行使であれば夏鈴もお手伝いできるのですが……」

「むしろこの異能課に実力行使が苦手なのは莉音さんしかいないですからね。私と夏鈴ちゃん筆頭に手が早いですから」

「もう、失礼ですよ! 夏鈴よりお姉ちゃんのほうが手が早いですぅ」


 馨は伸びをしては、再度パソコンの画面を見つめてはココアを飲みながら情報収集に徹する。そんな彼女を見ながら、ふと何かを思ったのか夏鈴は首を傾げながら馨の隣で邪魔にならない程度に話しかける。


「そういえば、この各務早咲さんという方はどうして研究所から離れたのでしょうか?」

「退職理由? 今のところは特に出ていないですよ。知りませんけど、ありきたりな理由じゃないですか?」

「でもありきたりにしては、研究所って滅多に入ることができないのでしょう? それにお給料も悪くないって聞いたことがあるし、やっぱり辞める理由が浮かばないんです……」

「確かに高給取りで有名な職業の一つだからね。ならば、こういうのは如何かな。研究者として自分の研究結果が誰かに持ち逃げされた、もしくは盗まれた結果その発表を自分ではない誰か名義で発表された、とかね。研究者といえば、こういうこともあるんじゃあないかな」

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