第24話

 スプーンでシチューを掬い口に含む。モゴモゴと口を動かしては、満足そうに目元を緩めてニヘラと破顔してしまっていた。焦げる寸前だったと言えども美味しいものは美味しいのだろう。

 その様子を眺めつつ、灯牙は自身の顎に手を添えて再び視線を資料へと戻していた。


「まぁ、あの人が世帯持ちなのは驚きだが関係ないことだし良いだろう。医者先生の確認が終われば、すぐにでもあの死体は加工して引き渡すんだ」

「え、でも期限までまだ時間はあるよ?」

「あの死体は確実に各務早咲と関係がある。まだ、あいつが死んだということは知れ渡っていないうちにさっさと手元から離して処分する方が良いだろう。でないとこちらまで面倒ごとを被ることになる。……まぁ、ある程度は室長殿が隠してくれると思うからマスコミや他の警官たちが話を聞きに来ることはないだろうが」


 基本家から出ることはなく、家の中で完結することが多い仕事を請け負う灯牙と異なり蝶梨は大学で剥製などについての技術を教えている身だ。もしも、今回の事件について一枚噛んでいるとでも知れ渡ることになれば彼女の大学にも迷惑をかけることになるのは明白だ。蝶梨が胃能力者である、ということは公表していないが彼女の通っている大学は珍しいことに異能力者と非異能力者が共存しており異能力についても前向きに捉えているものたちが多い。

 そんな貴重な人材さえも失うことは、灯牙からしてもデメリットでしかないのだ。彼自身は直接的に関係がなかったとしても、蝶梨が関係していることはすべて彼の中でも重要事項として加えられているのだから。


「灯牙くんがそういうなら、そうするね。でも、こっちからコンタクトを取ることができるのかなぁ……」

「ああ、あの連中であれば問題ない。コンタクトを取る方法がないわけじゃあないからな。……まぁ、これが異能課の連中にバレたらそれこそ面倒極まりないからなるべく隠密にすべて片したいところだが」

「灯牙くんってば、異能課の皆さんを気にしすぎだよ。あの人たちはみんな灯牙くんが思っているよりもいい人たちだよ?」

「……はぁ。いいか、蝶梨ちゃん。俺も含めてだがな? 本当にいい人っていうもんはな、んだよ。わかってるか?」


 自身の額に手を当てて、少しだけ呆れたように告げられる言葉。

 蝶梨からしてみれば、その人物が人殺しだろうかそうでなかろうが関係はないのだろう。何せ、彼女と灯牙は人を見ている基準が違う。それはきっと二人に限った話ではない。多くの人たちが、各々の基準を持って人を判断する。見た目、正確、学歴、家柄。だからこそ、人の印象というものは多くの人がいる限りさまざまなものがある。

 だが一般的なことを言うならば、灯牙の言うとおり人殺しにいい人はないのだ。都合のいい人、であればあるかもしれないが蝶梨の言ういい人というものは、助けてもくれるし話も通じるお友達のようないい人、という意味合い。詰まるところ、悪人ではないという意味合いなのだ。だからこそ、彼はそれをしっかりと否定をする。


「うぅん、そうかもしれないけど……。でも、私たちが人を殺す時には理由があるよ。その理由を考慮した上で、いい人なのかそうでないのかを判断するべきじゃあないのかな。殺される人に本当に非はなかったのか、そういうことも考えるべきじゃないのかな」

「そんなことまで考え始めちまうと、法律とやらが機能しなくなるだろう。……ま、そもそも法律ってもんは非異能力者を守るためだけのもので俺たちには一つも関係のない話なんだがな」


 法律は、人を守るために人が作り上げた決まり事だ。

 だが、その人の中に異能力者は含まれていない。現在の日本にある法律というものは、非異能力者を守るためだけにある形だけのルールなのだ。


「蝶梨ちゃんの言い分でいけば。正当な理由があれば人を殺してもいいということになるが……」

「正当な理由があれば殺してもいいと思うよ。だって、非異能力者は理由もないのに異能力者を殺して無罪になるんだもん。それっておかしいよ、よくないよ。あ、でも私も意味もなく道端にある草木を踏むし虫を踏んじゃうや。うぅん、難しいね、こういう話っていうのは」

「……そうかもな」


 静かに目を背けては息をつく灯牙。うんうんと首を傾げながらも考えていること蝶梨の姿を見ながら、これ以上何かを言っても特に何も進展はないだろうなと察して灯牙はそっとデミグラスシチューにバゲットを浸して静かに食べている。


「……あ、やっぱり少しだけ焦げているな」

「えぇ!? 私はそんな感じには思えなかったんですけど……。もしかすると、灯牙くんは味が分かって私が味音痴なのかも……」

「いや、蝶梨ちゃんは味音痴ではないだろう。味音痴だったら、そもそももっと悲惨な料理が出てくるだろうしな。俺もある程度料理をすると言えども、基本は蝶梨ちゃんが作っているし」


 もぐもぐ、と静かに食べながら息をするように蝶梨のフォローをする灯牙。

 二人を纏っている雰囲気は至極暖かなものだったが、灯牙の脳内には明日やってくるであろう連中をどうするべきかを考えている。現在、蝶梨の口からは医者先生こと鳴無が来るとしか聞いていないが先ほどの深層ネットワークにある掲示板でのやり取りを考えると確実に異能課の面子もやってくるだろう。

 元より、異能課に所属している馨が蝶屋敷に行きたいというのを彼女が資料を手渡したときに言われたという話を聞いているのだ。


 ――確実に来るとするならば、甘羽監視官と彼女の飼い犬である新たな監視官といったところか。存外、早く会うことになったな。


 先日、地下闘技場で会った伊月との会話を思い出して苦笑をする。

 少しだけどんな人物なのかを遊んでやるか、という結論でまとまったのか少しだけ口角を上げて楽しそうに食事をすすめる。その様子を目の前で見ていた蝶梨は、少しだけ驚いたように目を丸くしていたがすぐに嬉しそうに笑ってこちらも美味しそうに食事をすすめるのだった。

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