第10話

 運転手と馨の何気ない世間話を聞いていた理玖は、驚いて思わず二人の会話にツッコミを入れてしまっている。

 馨は数回瞬きをして「ええ」と肯定する。運転手は、小料理屋と称していたが一応店としては割烹料理店というのが正しい。馨に限らず、異能課のメンツであれば経営しているのが伊月の実姉であることも影響してよく世話になっている店の一つだ。異能官が外に出た時に、食事をする場所は限りなく少ない。たとえ、監視官が居たとしてもまともな料理がわざと出されなかったりすることも多い。

 そのようなことを防ぐために、しっかりとした格式のある店に行く傾向が多い。故に、東京異能課のメンツはそこに所属しているだけでそれなりに世間一般的に高級と言われているような食事ができてしまうというわけだ。その事実を知っているのは、もちろん異能課と、特務室のメンバしか存在していないが。


「それにしても、お姉さんが小料理店の女将で弟が警察の人間って……。宵宮さん、ちょっとハイスペすぎません? 絶対に、彼女とか困らなさそう」

「あ、ちなみに伊月室長。ここ数年は彼女が居ないようですよ。なんでも、付き合えば全員から「私と仕事、どっちが大事なの!?」とか言われるようです。あの人、結構典型的な仕事人間ですからね。基本的にいつも署内で見かけるんですけどいつ帰ってるんでしょうね。まぁ、仮眠室で過ごしてるんでしょうけど」

「典型的な、仕事人間だ……」


 異能課は警視庁の地下に存在しており、その中には馨たち異能官が住んでいる自室も設けられている。もちろん、仮眠室などのさまざまな部屋が存在している。そもそもな話、彼らが仕事を行う執務室の中に娯楽室のようにソファーやテレビが置かれている時点でやりたい放題なのはすぐにわかる。


「二人は仲がいいねぇ。恋人かい?」

「ご冗談を。ただの仕事の同僚ですよ。……恋人にするなら、そうですね。高身長で、声は低め。ふと見せるかわいさがあるかっこいい人がいいですね。ああ、例えるならばこのキャラみたいな」

「そりゃ失礼したね。だけど、あんたらの会話を聞いていたら同僚っていうよりも親戚とか姉弟みたいだと微笑ましくてね」


 馨は冗談なのか本気なのかわからない口調で笑顔で言い放つ。

 運転手はそれ以降、口を挟むことなく静かに運転をし始める。一方理玖は、不本意ながらも馨のタイプを聞いて表情を引き攣らせて彼女のスマホの壁紙に設定されている男キャラを見ていた。


「……ちょっと甘羽さん、理想高すぎません?」

「理想は理想ですから。すっごいかっこいいんですよ、このキャラ。もう可能ならば、私はこのキャラと結婚したいくらいです。まぁ、彼氏を作る予定もなければ結婚する予定なんて存在していないんですけどね。仕事さえあれば生きていけますし、ほら、ね?」


 言葉は濁しているが、彼女は自身が異能力者であり元凶悪犯罪者であることも理解した上で話しているのだろう。

 彼女の過去を全て知ったわけではないが、理玖としてもネット上にあるある程度のことを把握している。故に、何か声をかけるべきかと考えた結果。何を言ったところで、それはただの音でしか意味をなさないということがわかり口を紡ぐ。まるでそれが正解である、と言わんばかりに馨は満足そうに笑っていた。


「ほら、目的地に到着したよ。支払いは……」

「はい、このカードでお願いします。あ、領収書って貰えますか?」

「問題ないよ。……はい、支払い終了だ。領収書は、こっちだね。どうぞ」

「ありがとうございます。ほら、早く出てくださいよ高砂少年。後ろが詰まってんですよ、おら」

「わかった! わかりましたから、蹴らないで!」


 なかなか外に出ようとしていなかった理玖に痺れを切らしたのか、支払いを終えて領収書をもらった馨は遠慮もなく車の中で迷惑にならない程度に理玖を蹴る。彼は蹴られた足をさすりながら扉を開けて外に出る。続いて、馨も出ては運転手に向かってお礼の意味を込めて軽く手を振っていた。


 ――しっかりしているのか、子供なのかまるでわからない人だな、いや、本当に。


 彼女の予測のできない行動に軽い胃痛を感じたのか、そっと腹部を摩って息をつく。

 ゆっくりと顔をあげれば、今は休みなのか暖簾はかかっていないが看板に「宵乃宮」と書かれているを見て苦笑をした。もしも、事前にこの店を切り盛りしている人物が伊月の姉であると知らなければ萎縮をしていたかもしれないがその事実を知っている今、なんだかこの店の名前もそのままだなとしか思えないのだろう。


「お久しぶりですね、花月さん」

「あら、本当に久しぶりね。馨くん。そちらが、電話で言っていた新人さんの理玖くんかしら?」

「あ、は、初めまして……?」


 扉を開けて、カウンター越しで料理の準備をしていた着物を優雅に着こなしている女性に名前を呼ばれて理玖は思わず背筋を伸ばして言葉に詰まりながらも挨拶をする。馨は慣れた手つきで、カウンターにある椅子を引いて当然のように座る。理玖もそれに倣って座ろうとしたところ、馨から内鍵を施すようにと命じられたこともあり言われた通りに施錠してから彼女の隣に椅子を引いて座る。

 この割烹料理店「宵乃宮」を切り盛りしている女将である女性、宵宮花月ヨイミヤカゲツはれっきとした伊月の姉であり、ある意味で異能課の協力者という立ち位置にいる女性である。その仕草や出立からも、気品がいいことがわかってしまうほどに仕草一つが美しい。


 ――宵宮さんのところは、由緒ある家なのかな。


「そう畏まらないで頂戴な。今は他のお客さんも居ない貸切状態なのだから、ね?」

「他の客がいれば多少マナーに厳しい花月さんですが、貸切であれば相手が不快に思わない程度であれば大体許してくれるので大丈夫ですよ。まぁ、そもそも私たちが行く時は事前に電話をして貸切状態にしてもらっているんですけどね」

「まぁ、そりゃあ。異能官といえども異能力者がいたら面倒なことに巻き込まれる可能性がありそうですもんね。喧嘩をふっかけられたりとか、店で迷惑行為に巻き込まれたりとか。そういう人たちって、全部自分で騒いでおいて全部異能力者のせいにするんでしょう? 本当に裁かれるべき人がいるのに、不公平ですよね」


 理玖は馨の言葉からそこまで想像できてしまったのか、呆れたようにため息をついて花月に用意されたお茶を静かに飲んでいる。わずかに湯気が立っていた緑茶を味わうように飲んでいた彼を、どこか驚いたような表情をした花月が見つめてはクスリと口元に手を添えて品よく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る