第25話
馨はポケットの中から、小さなボックスのようなものを取り出しては理玖に投げつける。突然の行動に多少驚きながらも料理に衝突させることもなく無事に受け取った理玖は、おそるおそるといった具合にボックスを開けて中身を確認する。
そこにあったのは、至って普通の代わり映えのないコードレス式充電式イヤホンのようなものだった。
「あの、これは?」
「見たまんま、特殊無線機です。同じエリアで別行動をするなあば、必須でしょう? ちなみにそれ、かなり特殊なつくりをしているようなので世間一般な無線機と思わないほうがいいらしいです。何がどう特殊なのか、私には知りませんけど」
「……漫画とか、ドラマでよく見るようなやつですね」
物珍しいのか、中に入っていたイヤホン改め無線機を掴んでは不思議そうに見つめる。一見すると、普通のイヤホンのようにしか見えないが馨曰くはれっきとした特殊な無線機なのだそうだ。そっとボックスの中に無線機を戻して、理玖は机の上の料理を見て唖然としてしまう。
確かに先ほどまで存在していた、自身のテリトリーに置かれていた料理の全てが空っぽになってしまっているのだ。
「甘羽さん……」
「さて、では方針も決まったことですし。さっそく村のほうまで行きますかね」
「いや、……もう何も言わないです、ええ……」
多少は腹ごしらえも出来ているのか、泣きそうな表情をしつつも特に馨に文句を言うことはせずに手を合わせて食事の終わりの挨拶をする理玖。最終的、お腹が空けば季楽に頼むか何処かで買うかなどを考えているのだろう。この場所が、コンビニ一つもない否かであるということを考えもしないで。
本日の方針は、とりあえず村まで足を運んで聞き込みをするということになったのだろう。異能力者である馨は表で聞き込みをするとかえって目立ってしまうこともあるために別行動でムラの地形などの記録する係に落ち着く。初の仕事で、まるで営業紛いなことを行うのか、と内心提案しておきながらも苦笑を隠せない理玖。指示はしっかり形となっているが内心は出来るか不安でまみれている。
「確かに私は、これを何度も実地試験と言っていますけど。肩の力を抜いて、ほどほどに。張りつめ過ぎるとかえって見えていたものが見えなくなってしまうかも」
「甘羽さんは、肩の力を抜きすぎだと思いますけどね。でも、そのアドバイスはありがたくいただいておくことにします」
「私は軽く準備をしてきますので、高砂少年は先に玄関に行っておいてください」
「はいはい」
馨も理玖に続いて、「ごちそうさま」と手を合わせて告げてからそそくさと部屋を出て自身が使っている客室へと向かって足を進めていく。馨が立ち去ったことを確認してから、理玖は空になった食器を重ねて机の端っこにまとめておく。
出していたパソコンの電源を切ってから旅行鞄の中にしない混んで、馨より渡されたボックスは移動のために使用する鞄の中にしまい込む。再び方針や、馨から聞いた異能力者についてのことをメモしたことを眺めては深くため息をつく。
――まだ、分からないことだらけだ。異能力者も、甘羽さんも。そして、僕をスカウトした宵宮さんでさえも。理解をすることは、出来ないだろうけど。僕は、無関心で居てはいけないことだけは分かる。
まだ村の方面には立ち寄っていないので、果たして村民が話を聞いてくれるかは現時点では不明だ。仮に、村民があ藩士を聞いてくれなくとも地形などの把握が馨に出来れば収穫はゼロではない。全てのできうる譲歩策を試して無理であれば、最終的には強硬手段に出ることも厭わない。
「女性の準備は時間がかかると言いますし、食器を持って行くついでに佐倉さんに少し村民について聞いてみるのもいいかもしれないな」
女しかいない家で育ってきた理玖は、女性の準備が早く終わるものであるという認識は一切存在しない。少しの準備、と言いながらも下手をすると三十分ほどかかってしまうこともあるということを嫌でも身に染みて理解してしまっている。
馨が果たしてその部類に入るかはさておき、五分や十分で終わることはないだろう。
一方、部屋に戻って来た馨はスマホを耳につけては壁に背中を預けて立っていた。
「……中々でないなぁ」
『いきなり電話をしてきて、それはないんじゃないかな』
電話の先の凛とした声の主は、馨の言葉を聞いていたのか通話を開始した瞬間にため息交じりで呆れながら言葉を返す。その言葉に対して、小さく笑っては「心外ですね」と冗談交じりに告げてから馨は話を始めるためにコホン、とわざとらしく咳ばらいをしてから言葉を紡ぐ。
「でもまぁ、府警異能課が基本的に暇なのはかわりないのでは」
『東京本部と違って仕事を選んでいるのでね、こっちは。まぁ、私にはそんな権利もないからおこぼれが回ってくるばかりなんだけど。……で、どうしたの? 馨くんから電話をかけてくるってことは何か頼み事ってことでしょ』
馨が電話をしたその人物は、元東京本部所属で今は府警異能課に所属している監視官の
何せ、馨は異能官になって数年は過ごしている。そのため、ある程度には顔も広いのだ。元死刑囚の犯罪者あがりであるために、彼女の正体を知っている執行部は良い顔をすることはないが、府警異能課は元々東京本部を取りまとめている伊月と同期であり元同僚でもある
「佐倉季楽って女性、知らないだなんて言わせないよ」
『脅しかな? ……まぁ、別に機密事項でもないからいっか。うん、馨君の思っている通りで大体あっているよ。うちは何かと伝統だのしがらみが多くてね。でも、困っているようだったから、宵宮室長に回した案件ってわけ』
「だろうなって思いましたよ。あの桜ノ宮さんが伊月室長に仕事を回すなんてこと、天地がひっくり返ってもありませんし。何か、佐倉さんやあそこの村民について情報がありましたら私の担当監視官である高砂理玖まで教えてあげてください」
『はいはい。……でもまぁ、あたしその人の番号知らないけど、連絡がきたら考えてあげるよ』
馨はクスクスと笑ってから、一応ということで理玖に与えられている社給携帯の番号を凛子に教えてから話は以上だと態度で示すように一方的に電話を切断してはのんびりを欠伸をしている。勿論、本人の許可なく勝手に社給携帯と言えども電話番号を教えるのはよくはない。だが、そうも言ってられないのが異能課である。
それを行っていなかったがゆえに、連絡手段が途絶えてどうすることも出来ないという事象に出くわす可能性だってゼロではない。何より、異能課には本来あるはずであるコンプライアンスなどあってないようなものだ。
「さて、とりあえずは佐倉さんたちについての情報はこれで問題ないでしょう。後は、朱鳥さんの情報は。……本部に聞くよりも、自分で調べたほうが早いかな。まぁ、高砂少年から話を振られるまで調べたところで言うこともないけど」
クスクスと口元に手を添えては上品そうに笑っているが、表情は愉快そうにゆがめられており上品の欠片の一つも存在していない。スマホの画面をロックしてから、馨はゆっくりと伸びをして移動用の鞄の中をチェックし始める。
入っているのは、財布にスマホ。そして、拳銃が二丁。勿論、どちらも実弾が入っているものではない彼女専用の拳銃だ。一つは麻酔銃、そしてもう一つは実弾ではなく馨の異能力である風を利用してたまに変えて打ち込む特殊な拳銃だ。
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