第26話

「おそらく、あの村は一筋縄ではいかないのでしょうし。最悪は実力行使もやむを得ないといったところですかねぇ。私が手を出すと厄介になりますし、とりあえずは武器の調達をして速達で送って貰うかな。武器に関しては、後ほど高砂少年と要相談ってことで」


 ――中々に面白いことになってきそうだ。これは久々に、私からしてみれば楽しい任務になるかな。


 上機嫌で鼻歌を歌いながら、準備が出来たことを確認して馨はスキップ交じりで玄関へと向かって行く。ちなみに、電話をしていたので十五分以上かかっているが馨の出かける準備として五分少しで終わってしまっているので、理玖の考えはある意味で外れていたことになる。

 馨が凛子と通話をしている同時刻。

 理玖は空になった食器を全て持って厨房にやってきていた。少しでも、季楽の負担を減らすためと村民について何か話を聞いてみようと思ったからである。


「何だから、お客様にここまで手伝わせるだなんて申し訳ないというか……」

「いやいや、本当に気にしないでください。僕が好きでやっているだけですから! というか、その。昔からの教えの問題もありますけど」

「教え、ですか?」

「あはは……。まぁ、それはさておき。その、佐倉さんって村民の人と何か交流は合ったりしますか? ここから村民たちがいる場所まで、歩いて行けますが近いとは言い難いのであまりないのかなって勝手に思っているのですが」


 昨日聞いたのは、府警異能課での話のみだ。理玖から、村民に相談はしなかったのかと話は投げかけているがそれに対しての明確な回答は貰っていない。

 おそらく、引っ越してきたということからもよそ者とうことで扱いはあまり良くなかったのだろうということは誰でも想像が出来る事だった。


「……関わりなんて、こちらに越してきて挨拶をしたくらいですよ」

「あの、とっても失礼なことは承知で聞くのですが。普通に考えて、盗みをしているのって村民の人ですよね。犯人を特定しようとか……いや、でも。異能力者相手だったら、誰でも怖いですよね」


 非異能力者は、言葉通り何も能力を持つことはない人間だ。故に、異能力者に手足も出せない場合が多い。だからこそ、異能力者を取り締まる専門の政府公認の執行機関が存在しているのだ。まだ、馨以外の異能力者に出会ったことがない理玖は、異能力者について十分な理解が及んでいない。

 季楽は何処か悔しそうに、拳を握りしめては口を一文字にして何かを耐えているような表情を見せる。


「本当に、ごめんなさい」

「いえ、……高砂さんが、謝らないでください。いったところで、あの人たちは聞く耳を持つことさえもしなかったんです。挙句に、私たちが妄想に取りつかれているだなんて言い出す始末。証拠を持ってこいとか、至極まっとうなことではありますけど。それ以前に、話の通じないというか。話を聞くつもりなんてないんですよ、あの人たちは」

「……そうなんですね」


 ――……いくらそうだとしても、窃盗について疑って問い詰めてもそこまで言うか? 証拠は分かるけど、妄想に取りつかれているはちょっと言い過ぎじゃないか?


 それから季楽は特に何かを言うこともなく、静かに食器を洗い始める。これ以上、何かを聞くことも出来ないと感じたのかそっと視線を腕時計に向けて息をつく。時間は既に十五分を過ぎている。そろそろ玄関へ向かうべきか、と判断しては彼女に一言声をかけてから厨房から出て行く。

 少しだけ急ぎ足で玄関まで向かうと、そこには欠伸をして伸びをしている馨の姿。


「あれ、意外に準備が早い……?」

「意外って。……別に、デートに行くわけではないんですから」

「まぁ、そうですけど。……いっか。じゃあ、張り切っていきましょう!」


 腕を上げて、まるで声だけでも元気を繕うようなそれ。馨は、覇気のない声で「おー」と告げては軽く腕を上げる。面倒くさがりながらも、理玖の行動に多少は合わせようとするほどにはノリが良いのだろう。そんな空回りの元気さを見て、馨はゆっくりと瞬きをしながら口を開く。

 彼女は人の思考が分かるのと同時に、人の顔色をうかがうのも嫌に上手いのだ。


「何かありましたか、佐倉さんと」

「ぅえ!?」

「そういう雰囲気をしていたので。……そうですね。大方、高砂少年のことなので少しでも佐倉さんから村民の情報を貰おうとしたが、なんだか暗い雰囲気なってしまったといったところですかね」

「……甘羽さん、どっかで見ていました?」


 あまりにも的を得て過ぎるその言葉に、表情を退きづらせては思わず一歩後ろに下がってしまう。まるで、何処かでその光景をみていたような当てっぷりに対して背中に冷たい何かが伝ったような気がしては、理玖は気合を入れなおすために自身の頬を軽く叩いている。

 勿論、彼が厨房に居た時は彼女が自身の客室で凛子と通話をしていたのでその光景を見てたわけではない。つまるところ、的確に当ててしまうほどに理玖が分かりやすいだけの話である。


「では、私は能力で村の裏手に回ります。そこから、ドローンを飛ばして村全体の映像を取っておきますね。何かあれば、無線で指示をください」

「わかりました! では、僕は表から地道に村民の方に聞き込みをしていきますね。……ちなみになんですが、甘羽さんが出会った二人の特徴を教えてください。その二人に関しては、ちょっと慎重に行きたいと思っていますので」


 理玖の言葉にうなずいてから、馨は鞄の中からメモ帳を取り出して彼に差し出す。

 そこに書かれていたのは、馨が昨日出会った朱鳥と朱里の特徴。理玖から聞かれるであろうとある程度考えていたのか、もしくは彼女が自身のためにとメモをしていたのだろう。手渡された理玖としては、事前に情報としてほしかったのだけど、自分が利かなければ今回は何もしないと事前に宣言されていたことを思い出す。

 今回の任務に限った話ではあるのだろうが、全ての方式は理玖にゆだねられているのだ。何をするのも、どのような方針で進めていくのかも、そして責任の全ても。

 まだ社会人一年目であり、二十歳の理玖には重すぎるそれであるが自身の今後の就職が掛かっていると言っても過言ではないのでなりふり構っていることも出来やしない。


「僕は普通に歩いていきますが、甘羽さんはどうやって裏手に回りこむ気ですか?」

「ああ、それはですね。私の異能を使っていきます。まぁ、高砂少年は気にしなくて良いですよ。一応、ポイントに到着しましたら一報くらいは入れるようにしますので、私のことは気にせず聞き込みを頑張ってくださいね。絶対に、取り合ってくれないと思いますけど」


 クツクツと器用に喉を鳴らして笑ってから、片腕を上げて外に出ては姿を消す馨。

 自身の異能力を用いて、早々に持ち場へと向かったのだろう。ある意味で、手間暇をかけずに移動が出来る彼女を羨ましく思いながらも彼女の異能について考えながら村のある方向へと歩き出す理玖。


 ――残すは瞬間移動? いやそれだと、朝のあれが。いや、物体の空間を切り貼りしている? それによって、瞬間移動をしているように見えるとか。いやいや、朝の桶は確実にふわふわ浮いていた。なら空間の切り貼りはおかしい。


 消えた馨の異能力を考える傍らで、どうやって仕事を進めるべきかも思考して足を進めていく。併せて、自分はこれから何をしていきたいと思っているのかも足りない思考を使って考えるがこちらは昨日と同じで答えが出てくることはない。


「……甘羽さんの言う通り、佐倉さんの話から考えても素直に応じてくれるとは考えにくい。最悪実力行使……いや、それは本当に最後の砦にしたい。すぐに暴力に頼るだなんて、そんな蛮族じゃあないんだから」

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