第4話
顔をしかめていても、無理をしているわけではない。単純に、自身が知らないものを見て顔をしかめているだけなのだ。眉を寄せて、険しそうな表情をしながら理玖は資料を進める。資料にある死体の写真は、まるで眠っているようだ。しかし、隣には液体の中に保管されている死体の中にあったであろう臓器の数々。
それらを見て、ふと疑問がよぎる。
この臓器はいかにして取り出されたのか、と。もしくは、これらはよく出来た偽物なのか、と。
「あの……」
「その臓器は本物よ」
「……え? いや、でも死体にはキズ一つ無いですよ」
「私は右手で生きたまま臓器を体内から取り出すことができるんです。それは死体でも同じ。この右手で触れたものは如何なるものがあろうとも痛みもなく貫通してそして臓器だけを取り出せる。血管などはそこに残したまま」
蝶梨は少しだけ困ったように、革手袋をつけている右手をそっと前に出して理玖に見せる。
彼女の右手は、生死を問わない生物の体内から傷をつけず血管や神経を体内に残したまま目的の臓器のみを生きたまま取り出すことができる。もちろんこれは、彼女が持っている異能力の一つだ。特に、これが異能力であると明言することはないが理玖はそれが「異能力」によるものであり、目の前にいる少女の見た目をした女性はれっきとした異能力者であるということを理解しては苦笑してしまった。
――それにしても、こんなにキレイに取り出せるものなのか。
ある意味彼女の異能力は、使いようによっては医療方面では重宝されそうな能力である。
「だから標本士なんですね」
「あ、彼女の標本作成の技術は異能力は関係ないですよ。じゃないと、大学で講師として教えることができるわけないじゃないですか。その技術はれっきとした努力と経験の賜物ですよ。まぁ、仕事の時は使っているようですし、彼女が講師をしている大学は異能専攻科があるので異能力者に対しても寛容なんですよ」
この世界には、基本的に異能力者は非常に生きづらい世界で出来上がっている。
事実、比較的に平和主義者と平面上では言われている日本でさえ異能力者には人権は存在しておらず扱いは家畜以下なのだ。だというのにも関わらず、彼女が講師として登壇している大学は異色の中の異色と言っても過言ではないだろう。
「そんな大学があるんですね……」
「だからこそ、うちともそれなりに関わりがあるってこと。毎年大学理事長から直々に学祭の招待状が届くから今年は高砂くんと馨が行けばいいんじゃないかしら。なかなかに楽しいわよ」
あはは、とどこか乾いた笑みで藍の言葉を曖昧に濁す。
再び視線を資料へと向けては、写真をジィと見つめる。確かに、死体解剖のような書類を見るのは初めのことであるがどうせ写真でしかないのだ。彼はまだ、死体を生で見たことはないがこれからの現場でそのような事態に出くわすかもしれない。自身の身が危険になったことは経験済みであるが、実際にそれらを見るのはまた違うことだろう。
その時どのような反応になるのかは、その時の自分に任せればいいだけのことだ。
「それにしても、指名手配されている人がどうして死体に? 誰かに殺されたとかでしょうか」
「非異能力者が指名手配されている異能力者を殺して警察まで持ってきてくれれば、報奨金ができるのはご存知でしょう? 普通であれば、持ってくるはずです。でもこの人は死体になっても私たちに持ってくることはなかった。……であれば、非異能力者に殺されたかもしれないですが、色々と勝手が違ってくるわけですね」
「確かに、蛆が沸く寸前まで来ていたけど死体はキレイだった。傷口なども特になかったから、暴行で死んだわけではないと思う。臓器も見た目上はキレイだから、健康に問題があったわけでもなさそう。私は医者じゃないからなんとも言えないけど……」
詳しく確認していかないとわからないことばかりである。
蝶梨は、確かに物体に傷をつけることなく臓器を取り出すことができ人体構造を理解して剥製にしたり骨格標本にすることだってできる。だが、彼女は医者ではないのだ。わかる範囲は限られているし、確定的なことを言うこともできない。あくまでも、彼女自身の推測でしか物を言うことが出来ないのだ。
「この死体の引き渡しは?」
「加工に時間がかかるってことを話したら、急ぎじゃないから再来月の中頃で構わないって。来月になったら、進捗の確認を含めて連絡をくれるみたい。その時の進捗具合で、調整しようってことになったよ」
「寛大なのか、そうでないのか……。まぁ、良いわ。じゃあ、この資料は医務室を根城にしている悪魔に渡してくるわね。あ、持って帰る必要があるかしら? それならコピーを取っておくのだけど」
「いえ、原本を渡しにきているので大丈夫ですよ。すでに写真など必要な測定はこちらでもして、別途記載して保管しているので。こういう測定や記録というのは大事ですからね。灯牙くんからは、パソコンを使ってもいいんじゃないかって言われたんですけど、こう。両親の影響なのか、紙とペンで記録する癖がついていて」
「良い癖だと思いますけどね」
藍は書類を片手に執務室から出ていく。蝶梨から受け取った資料を、いったん鳴無に渡しに行くことにしたのだろう。
そんな彼女の後ろ姿を見ていた蝶梨は、少しだけ目を細めて微笑んでから机の上に置かれた用意された飲み物を静かに飲んでいる。先ほどの話や写真を見た後に、よくのんびりと飲食が出来るなと内心で思った理玖だったが苦笑一つでなんとか止める。馨は組んでいた足を崩して伸びをしている。
「そういえば、蛾とは関係良好ですか?」
「……っぶふ!?」
「大丈夫ですか、御堂さん」
「だ、大丈夫……、ありがとう、高砂さん……。甘羽さん、なんで飲み物を飲んでいるときにそういうことを言うんですか!」
「最近、そういう話をあまり聞かないなぁと思いまして。まぁ、その様子を見る限り良好のようで良かったです。さて、では私たちも仕事を始めましょうか」
「え、一体どこから、というかそんな新しい仕事が来ましたっけ!?」
当然のように立ち上がり、自席へと向かって歩き出した馨に対して焦る理玖。蝶梨が持って来た資料がそれに該当をするのかもしれないが、仕事と呼べるものなのか分からない。だからこそ、方針も何もない現状でいきなり告げた馨の言葉に驚きを隠せなかったのだろう。だが、それでも馨に続いて理玖も立ち上がりそっと蝶梨に会釈をしてから自席へと戻っていく。そんな二人の様子を見ていた蝶梨は、数回瞬きをしてから何処かホッとしたような表情をしては笑った。
異能課との付き合いもある蝶梨からしてみれば、何か思うことでもあるのだろう。
――いいなぁ。相棒って感じだ。
その見つめる瞳は、少しの憧れと羨ましさが滲んでいたことをきっと蝶梨本人も気づくことなかった。
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