第5話

 運び込まれた指名手配中の死体。

 先ほどの資料は既に鳴無によってデータ化されたのか、異能課のみがアクセスすることが出来る場所に資料が格納されていた。馨は、足を組んで片手で紅茶の入ったカップを手にしながらモニターを見つめている。


「何か気になることでもあったんですか?」

「個人的な趣味ですよ。……蝶梨さんの独断で持って来たのであれば、気にしないんですけど。蛾が判断した、ということに引っ掛かりを覚えています。あの人、伊月室長と同じくらいに謎な人なんで。目的が分からない、というか。いや、あの人は蝶梨さんを中心に生きているから分かりやすいと言えばそうなんですけど」


 彼女の口から出てきた、蛾という言葉に再び首をかしげてしまう。理玖はまだ異能課に来て、そこまで日数が経っているわけではない。この数か月の間で、様々なことが起こり自身の身が危険に晒されることもあったが、それでもあまり日数としては経過しているわけではないのだ。短期間で濃厚すぎる時間を過ごしているだけで。


「というか、そもそも蛾って誰なんですか。御堂さんの名前から蝶と呼ばれているという流れで行けば、名前に同じ音が入っているんだろうなっていうことは推測できるんですけど」

「蛾は蛾ですよ、と言いたいところですけど。蛾は、菰是灯牙コモゼトウガという男のことを指します。個人的には、悪い人ではなくそこそこノリもいいんですけど。まぁ、ヤベェ男であることには変わりないのでプライベートで仲良くするのはお勧めしません。莉音さん、さっきの話を聞いていたと思うんですけど。先生から送られてきた被害者のデータからこの人の死ぬ前までの足取りをお願いできますか?」

「もちろん。ちょうど暇していたところなんだ。……それにしても、指名手配されていた人物だからカメラとかに映っている可能性は低いだろうから期待はしないで欲しいかな」


 莉音は、それだけを告げてメガネの位置を調整してはキーボードを打ち始める。

 基本、彼に追跡できないものはないのだが時には時間がかかることだって存在している。詳しくは追跡できなくとも、点で発見することができれば、あとは他の誰かが線に繋げる。何も、その仕事を一人がするわけではない。異能課では、できないことは他人に任せて自分でできることをする、というのが根底にある。伊月がそれを告げたわけではないが、自然と彼らがそうしているだけなのだ。

 言い方は協力的でいいことかもしれないが、彼らは自分の得意分野、もしくは興味のあることしか調べることはせずにあとは他人に任せているだけ、というのが実情である。


「本当に連携はいいですよね」

「各自が好きなことをしているだけなんですけどね。それで、結果が出てくるのだからすごいなぁとは思っています」


 馨としても、各々が好きに調べて結果線になることは感心している部分があるのだろう。

 結局のところ、考えることは大体一緒ということなのかもしれない。これこそ、犯罪者には犯罪者をぶつけるという設立時に伊月が考えていたことなのかもしれない。正常な人間は、異常者の思考を読み取ることはできない。もちろん、異常者は正常者の思考を理解はできないのだが、彼らが相手にするのはどちらかといえば異常者が多くなることであろう。

 正常者には正常者をぶつける、そのために監視官というものも存在しているのだから。


「これって、死体が運び込まれたってことは僕たちしか知らない情報ってことですよね?」

「え、ああ。そうですね。蛾と蝶は異能課が抱えている大事な鳥であるので、他の連中。ましては上層部は知らないことでしょう。それに彼らと正式に契約をしているのは伊月室長なので、異能課の抱えているという言葉は正しくないのですけどね。でもまぁ、伊月室長が異能課に協力をするようにと契約時に言っているので今回のようなことができるというわけです」

「別契約って……ますます、宵宮さんが謎な人物に……」

「元々謎な人なので。……でもこの調子だと、もしかすると蛾も把握していないだけで蝶屋敷には指名手配犯の標本があるかもしれませんね。一度、お茶会ついでに確認したほうが良いかもしれません。上に知られたら面倒になるので、ある程度は処分するか隠さないと」


 仮にも警察関係者が言うべきではない言葉を聞いてしまった理玖は、少しだけ視線を彷徨わせてから馨に戻して「あはは……」と酷く乾いた笑みを浮かべていた。彼からしてみれば、彼女のこの行動は当たり前のことであるということに感じたのだろう。当たり前のことに対して口をはさんだところでこの場では理玖のほうがイレギュラーということになる。

 黒の組織に居るならば、黒が正解なのだ。


「馨くん、高砂監視官」

「はい、なんですか?」

「なんでしょうか」

「さっき、馨くんに言われたやつを追跡してみたんだけど。面白いところのカメラに、死体になった人が一瞬映っていたよ。いやぁ、これは本当に面白い。事件の匂いがするから秘密裏に動きながらも、ボスへと報告してあげたほうがいいかもしれないね」


 先ほど馨が莉音に依頼をしてからまだ数分程度しか経っていないのにも関わらず、彼は何かを見つけたのだろう。二人に声をかけては自身の席に来るように告げてはニッコニコと楽しそうに画面を見て話している。彼が楽しそうにしているということは、それなりのことが見つかったということを示している。馨も莉音の態度で大体を察したのか楽しそうに鼻歌を口ずさみながら歩いていく。ただ一人、理玖だけがイマイチ理解をしておらず首を傾げていた。

 しかし、莉音の席へやってきて画面に映し出されたそれを見て全てを指して頭を抱える。


「嘘でしょ……」

「タイムリーで何より。ほらね、やっぱり実用化はできなかった」


 莉音のもつモニターの一つに映っているのは、監視カメラの録画映像そのもの。どうやって、この映像を見ることができるのか、という問いをしたところで彼はにこりと微笑み「企業秘密」としかいうことはしないのだろう。理玖は、抱えた頭をそっと上げてはまっすぐ視線を見据えてモニターに映る光景を見ている。

 画面の下の方に表示されている日付は、一昨日だ。

 どうやら良くも悪くも時間は経っているが、比較的出来立てほやほやの死体であるという先ほどの彼女たちの会話はその通りだったらしい。理玖は、そっと映像に映っている白衣をきた一人の女性を見つめる。


「うん、見れば見るほど同じだ……」

「各務早咲。まさか、本当にここまでタイムリーだと思わなかったよ。いや、もしかすると彼女が研究成果を公にしたからこそなのかもしれないね。公にした、というよりも大きく動き出したからという感じが近そうだけれども」

「大体、こういう怪しい研究の裏には怪しい何かが存在しているものですよ。いい感じに書かれている論文であっても、実はその人しか再現できないとか、ね。まぁ、それは異能力者であるならばある意味その人しか再現することが出来ないので間違いではないのですが、それは実用化できるのかということを考えると限りなく不可能である、と答えるしかありません」


 異能力者は、どのような職業についていたとしても底辺の存在であることには変わらない。

 異能官、という立場はとても特殊すぎるだけなのだ。職種によっては、サービス残業は当たり前のところもあれば八つ当たりのためだけの配属されるものだって存在している。その扱いは、まさしく奴隷と言っても過言ではないだろう。

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