第37話
「初めまして、英雄くん。数年ぶりのシャバの空気はどうかな?」
「へぇ。あんた、俺のことを知ってるんだね。まぁ、さっき警察って言ってたし。警察も無能な連中ばかりじゃあなかったわけだ。よく漫画に出てくる秘密部隊とか?」
「あっはは。まさか。でも、無能な連中が多いのは君と同感だ。組織というものにはしがらみが多くてね。何かと面倒で厄介なところなんだよ。だけど、うちは優秀なメンバが揃っているからね。深層ネットで君がばら撒いてくれた犯行声明? 主張とやらも全てキャッチしたわけだ」
得意げに鼻を鳴らして笑っているが、それらのことをしたのは全て莉音でありそのグループをまとめているのは伊月である。彼女の言い方には何も間違いはないのだが、受け取り方によってはまるで馨がそのチームを率いているようにも聞こえるだろう。それを訂正するようなことをする馨たちでもないのだが。
「それにしても、警察なんてお堅い組織でも。お姉さんみたいな髪の毛が許されるんだ。もしかしてお姉さん」
「異能力者、と言えば。どうします?」
「そうだねぇ。……政府が異端分子を匿っているという事実は、理解し難いよ。警視庁を爆破、なんてのもいいかもしれないね」
「それは、犯行予告。もしくは、脅しととりますがどうしますか?」
馨は、男と会話を続けている。
まるであえて時間を作っているようなものだろう。理玖はそっと足を進めて、フェンスの近くでこちらを伺うように見ていた日葵のもとへと向かって歩き出す。
「一応言っておきますが。これはブリーチ八回の結果です。毛根や髪の毛にダメージを与えた結果ですよ。グラデーションはとても難しくて。ちなみに、注文時はイチゴのチョコレートがけと言いました」
「へぇ? ところで、さっきからそこの少年くんは何をしているのかな」
懐から、何かを取り出して日葵に近づいた理玖に向けてにっこりと不気味な笑顔を見せて告げる男。
そっと目を細めて馨は男が手にしている拳銃を見つめている。とたん、彼女のメガネの内側に文字が浮かび上がり何かが見えるようになる。
『あの拳銃、警官が持つやつだね。はぁ……拳銃取られました、だなんて情報が上がってきていないよ。よっぱど隠したかったのか、他に何か理由があったのか。馨くんは、どっちだと思う』
「隠蔽体質なのは昔からでしょう。型番から調べられませんか。仮に捕まえることができれば、あの銃もこちらで押収してしまいましょうか。取られる前に、取って仕舞えば問題もないでしょうからね」
馨は目の前にいる男に聞こえないように、小声で莉音と会話をしている。二人の間には、それなりの距離があることも幸いして男は馨が通信で話していることに気づいていない。どうするべきか、と腕を組んでは男と銃口の先にいる理玖と日葵を視界に入れる。理玖は馨へ視線を一つ向けることもせずに、男をまっすぐ見つめて口を開く。
――変なところで、肝が据わっているというか。
「何って。ただ、彼女と話をして見ようと思っただけですよ。何を話すか、だなんていちいち貴方に報告する必要なんて、当たり前にないですよね」
どこか苛立ちが込められた声色で淡々と紡いでいくその音に対して、思わず口角が上がってしまいそうになる馨。
彼女は基本的に、非異能力者に対して手を挙げる場合は監視官である理玖の指示がないと動くことはできない。相手が異能力者であれば独断と偏見で手を挙げることもできるし、それが後から問題になることだってない。指示をする、ということは当然であるが監視官に責任が伴ってくる。
大体の場合は、この責任を恐れて異能間に満足に指示をすることができない監視官が一定数でいる。新人であればなおのことだろう。
――さて、高砂少年はどう動くのか。
銃口を向けられてもびくともしない。
あの拳銃がおもちゃだと思っているのか。もしくは、他に何か理由があるのか。まだ詳しいことを知らない馨は、少しだけ観察するように理玖を見つめている。自身が動けば、きっと拳銃を持つ男は容赦なくこちらを撃ってくることだろう。馨としてはわざと銃弾に当たるように仕向けて器物損壊で取り締まっても問題はなかったが痛いことは避けるべきである。ましては彼女は、被虐趣味など存在していない。
普通に痛みは感じるし、人並みに痛みは苦手としている。
「はぁ。あんたまだ、若いからそいつがどんなことをしたのかを知らないからそんなことを言えるんだ。なら、俺が教えてあげようか。そいつはね、人間を食うんだよ。生きるためにね」
わずかに空気がゆらめく。
こくり、と固唾を飲み込んだのは理玖か、もしくは彼に庇われるようにして立っている日葵なのか。
「……貴方たちだって、生きるために動物を殺して食べているのに」
「動物と人間は違うでしょ。はぁ、まぁ化け物に何言っても伝わらないかぁ」
男はケタケタと笑いながら片手で顔を押さえては肩を震わせている。
理玖はその言葉を聞いて、眉を顰めて文句を言いたげな表情をしていた。日葵からしてみれば、人間を食べるということは他のものたちが動物を殺して食べていることと同じなのだ。日葵の呟いた「誰も殺していないのに」というつぶやきは男に聞こえることなく、地面に落ちたが近くにいた理玖の耳はその音をしっかりと拾っていた。
「……僕は、まだ社会に出てきて日が経っていないので。よく、わからないことも多いですけど」
いつもより声は少しだけ低い。
あくびをしながら馨はことの顛末を見届けるために、静かにその場で待機して彼らのやりとりを見つめているだけだ。男はすでに笑い終えて、理玖の雰囲気が少しだけ変わっていることに気づいたのだろう。目を細めて不機嫌そうに口角を下げてはしっかりと片手で銃を構えている。その指は、引き金をいつでも弾けるように添えられている程だ。
彼の指が少しでも力が入れば、目の前にいる理玖や日葵に銃弾が向かっていくことだろう。
「異能力者を取り締まる前に、貴方のような人を取り締まるべきであると考えます」
「あ?」
「……ふ、あははは!!! それは一理ある! いやぁ、高砂少年は面白い。本当に、予想していること以上の結果を提供してくれて私としては楽しくて最高にいいよ。異能力者を取り締まる前に、こういうクズを取り締まるべきだ。うんうん、私からも提言してみよう!」
キッと目の前にいる男を、睨んではっきり言い切った理玖に対してツボに入ってしまったのか馨は腹を抱えてケタケタと愉快そうに笑いながら彼の言葉に同調する。口では提言する、と言っているがそのようなことは言うことはしない。だが、この場でそれを言うだけでも拳銃を持っている男には効果があったのだろう。うっすらと、青筋を浮かべた男は不機嫌そうに目を細めて指をわずかに動かす。
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