第38話
刹那、理玖は何かを感じ取ったのか急いで少し離れた場所にいた日葵の元へと急いで走り出す。彼女に近づいていたと言えども、それなりに距離があったのは事実だ。
「あぁああ、ほんっとうに。話が通じないのかい?」
男はいら立ちを隠すことなく声を上げて、引き金に指をかけて日葵へ向けて銃弾を放つ。そのことに瞬時に気づいた理玖は、彼女を庇う様にして手を伸ばすも日葵は銃弾から逃げるために後ろに下がったその時。
運悪く壊れかけのフェンスに身体をぶつけてしまう。
「……え?」
「ッ!! 甘羽さん、物理的に殺さない程度で!! 二酸化炭素吐いてればもう問題ないですから!」
「あはは!!! 承知!」
理玖はビルの屋上から背中から落ちてしまった日葵の腕をつかむも彼もいっしょに外に投げ出されてしまったのか、一直線に落ちていく。馨はその様子を横目に見て、小さく口角を上げて指を鳴らす。
「非異能力者を巻き込むつもりはなかったけど、まぁ。これ事故だよね。じゃあ、次は。……そっちの刑事さんかな」
「事故、ねぇ。まぁ、本当に事故なのかどうかはうちの優秀すぎる室長が調べてくれるので良いでしょう。で、私はあなたに何をされるのでしょうかね」
一定の距離を空けたまま、馨はそっと目の前で自身に拳銃を向けている男に話しかける。
理玖から許可が出たために、彼女としてはすぐに気絶させて縛り上げても良かったのだがこの男がどのような行動を取るのかが気になってしまったのだろう。言って仕舞えば、ここからは彼女の興味の範囲であり。ある意味で、プライベートな時間のようなものである。両手を上げることはせずに、真っ直ぐに男を見据える。
彼女としては、目の前の男が死のうが生きようが正直どうでもいい。だが、彼の思考は興味があった。
「異能力者なら、バン! と言ったところだけど、残念なことに刑事さんの異能がわからないからなぁ。向こうかされちまう可能性だってあるわけだ」
拳銃を向けたまま、眉を顰めては片手で自身の顎に手を添えて首を傾げる男。
馨はニコニコとした表情を崩すことなく、口を開く。彼女の異能の一つを駆使すれば、正直なとこ今すぐに男を捕まえることができる。彼女は基本的に遠距離特化と言えば良いだろう。だからと言って近接ができないわけではないのだが。
「折角ですし。あなたが何故、異能力者を排除するに至ったのか教えてくださいよ。冥土の土産にはちょうど良いでしょう?」
「へぇ、あんたは死ぬかもしれないって思っているわけだ。……まぁ、いっか。それくらいのお土産はやってもいい」
この場に理玖がいれば、「死ぬつもりもないくせに」と呆れながら笑っていたことだろう。実際、馨は死ぬつもりは毛頭ない。ただ単にそう言ってみたかったから言っただけであり、彼女の言葉に対して意味などは存在していない。思ったから言ってみただけ、それだけに過ぎないのだ。
「俺は異能力者が癌の一つであると考えているからね。そもそも、異能力者には人権は存在していない。ならば、何をしたって問題ないだろう? それこそ、奴隷のように扱っても。手が滑って殺してしまっても、だ」
「確かにそうでしょう。ですが、あなたはまだ凶悪な異能力者に出会ったことがないからそういうことが言えるし、実行してしまう。あなたの過去を確認しましたが、今回を含めたとしても全て子供や害のない異能力者ばかりを狙っている。やっていることは、もはや弱いものいじめ。まぁ、あなたが弱いからなら仕方がないでしょうけど」
事実の中に含まれるのは少しの挑発。
この挑発に乗ってくれるのであれば、万々歳という軽い気持ちで馨は話を進めていく。男のいうことも、一理ある。全てが肯定できるわけではないが、世間的には異能力者の扱いは確かに男のいう通りなのだ。だからと言って、無差別に殺してしまったりはたまた無関係な非異能力者を巻き込んで良いのかと問われればそれは否である。
そこまでのことをこの場で聞くことはない、聞く必要は、ない。
「異能力者に凶悪も無害もないよ。異能力者は、すべからず凶悪だ。そうだろう?」
「その答えには、否と答えましょう。異能力者でも無害な人はいます。良いですが、英雄くん。本当に殺すべき異能力者たちはどういう人物たちなのか。それを身をもって知るといい。幸い、物理的に死んでいなくて二酸化炭素を吐いていれば問題ないと私の監視官から許可も出ていることですし、ね?」
話は終わりだ、と笑顔で合図をしてそのまま彼女は至極楽しそうに指を鳴らした。
「チェックメイト」
その声は酷く男には、恐ろしく聞こえた。
ビルから落ちているその時。
理玖は腕を伸ばして空中で日葵の腕を掴んで、そのまま彼女を庇うようにして抱きしめる。このまま地面に叩きつけられることになったとしても、目の前の彼女だけでも助けなければいけない、と。あの時、自分のせいで死ぬことになった妹に似たこの少女だけは、助けなければいけない、と。
「……あれ」
「……ぷは! もう、お兄さん。きつく抱きしめ過ぎ! あれ、浮いてる?」
二人はそっと目を開けて、先ほどまで勢いよく落ちていたが急にスピードがなくなってゆっくりと降ろされている感覚に首を傾げていた。まるでそれは、風船などが付けられてゆっくりと降下しているような。それに近い何かがあった。
――甘羽さんだ。
瞬時に、この現象の原因が馨であるということを理解した理玖は困ったように笑っていた。片手では落とさないように日葵を抱えて。もう片方の空いた手でクシャリと自身の前髪を掴んで困ったように眉を下げてしまっている。
「まさかお兄さんが何かしたの?」
「……いえ、これは。甘羽さんが、助けてくれたみたいですね」
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