第31話

「なかなかに探偵ごっこは楽しかったよ」

「それは良かった。菰是さん、探偵業を開始するのはどうです? 結構人気でそうじゃないですか。仕事は早いみたいですし、色々とお友達も多いのでしょう?」

「今でさえ何でも屋をしているから、新たに民間向けに開始する気はねぇな。それに、そういうお友達との付き合いってのは一筋縄じゃあ行かない。アンタもわかってるだろう? ん?」


 ――まるで、マフィアが出てくるフィクションものを見ている気分になってきた。


 二人は時折、言葉を濁すようにして会話を進める。二人の会話の中に出てくる「お友達」が普通の友人ということではないのはわかりきっている話だし、灯牙のいう「何でも屋」は文字通りなんでも行っているグレーなものであることも察することができる。仮にも、自分たちは政府側の人間なのに問題ないのか、と少しの心配が顔を出す。

 それでも彼はうまく渡り歩いてしまうのだろうな、と妙な確信を持ってしまう。そもそも、異能課の連中とここまで普通に話すことができるのであれば、大抵の相手と話すことができるだろう。


「アンタと話すのはあれだな。そうだ、せっかく今日は新人くんが来てくれているんだ。交友を深めるという意味合いでも、話をしようじゃあないか」

「……え」

「高砂少年、顔がすごく嫌そうに歪んでいますよ」


 まさか、自分に話が振られるとは思ってもいなかったのか理玖は灯牙の言葉に嫌そうに表情を歪めてしまう。

 口では曖昧に濁すことが多くとも、まだ表情や瞳に声が出てしまっていることも多い。この反応は、灯牙からしても面白かったのか、楽しそうにクツクツと器用に喉を鳴らして笑いを堪えている。否、堪えているつもりなのだろうが漏れ出て堪えきれていない。


「いや、僕と話しても何も面白いこともなければ、情報を得ることだってできませんよ」

「生産性のない話ってか? いいじゃないか」

「確かに、生産性のない話もたまにはいいですね。仕事をしていると、どうにも生産性を見出してしまいがちですから。どうでもいい雑談、というのもたまにはいいかもしれません。では、高砂少年。私はちょっとトイレに行ってくるので」


 そっと立ち上がっては手を振って部屋から出ていく。

 その姿に、灯牙の相手を押し付けられたと瞬時に理解した理玖は表情をピクピクと動かして固まってしまっている。馨でさえ、逃げ出すレベルの相手とどのような話をすればいいのだろう。否、彼女の場合は面倒になったということもあるかもしれないが、本当にお手洗いに行きたかっただけかもしれない。

 軽率に、押し付けられたと考えるべきではない。そう思い、その考えを振り払うように静かに眉間に指を添えた。


「体良く俺の相手を押し付けられたな」

「やっぱそうですよね」


 考えを振り払おうとしたところで、灯牙が笑いながら押し付けられたと言ったことで確定する。

 さて、自分は押し付けられたが何をすればいいのか。そっと手を眉間から顎に移動させては考える。先ほども言った通りに、理玖は何も情報を持っていないためにそれらの話をすることはできない。灯牙は、生産性の話をしようと言っているがそれがどこまで本心なのかわかりかねている状態だ。

 そんな理玖のことを気遣うように、困ったように眉を下げて口を開く灯牙。


「そう構えるなって言いたいが、仕方がないか。俺も、アンタと同じ立場なら警戒する。……だが、こうも硬いままだと話もままならんと来た。ふむ」


 顎に手を添えて、目を伏せて考える表情を見せる灯牙。

 まるでその仕草は、不思議と絵になるほど優雅にも見える。体躯は、華奢と言えるものではなくむしろ体格は良い部類であるのにも関わらずだ。彼の持っている、雰囲気がそう感じさせているのかもしれない。


「……こう、なんだか。仕草とか、すごく品がありますね」

「お、そう言ってくれて嬉しいよ。昔、叩き込まれたことがあってな。体に染み付いてちまっているんだ。俺は体格がいい部類に入るから、ちょっとチグハグに見えるだろう?」

「まぁ、そうですね。でも、育ちがいいんだろうなぁって思う程度ですかね。僕は、そういうのには無縁だったから」


 ふと思ったことを告げてみる。

 意外にも灯牙は話をすることも、聞くことも上手かったようで理玖の何気ない一言一つで会話が続く。このようにして、誘導尋問をすることもあるのだろうな、と脳裏の片隅で思いながら普通の会話を行う。


「育ちは、……アンタが思っているほど良くもないさ。なにしろ、そういうところにいないと室長殿と知り合うことなんてないだろうし。組織単位ではなくて、個人での話になると余計にだ」


 その言葉を聞いて、確かにと妙に納得をしてしまう。

 そっと理玖は視線を彷徨わせては、再び灯牙を視界に入れては息をつく。どのような言葉をかけるべきなのか、と脳内で必死に考えるも言葉を見つけることはできなかったのか肩を竦めた。


「無理に言葉を見つけようとしなくていいさ。なら、俺から話そうか。アンタらの異能課は、スカウト式だからな。理玖くんも室長殿からスカウトされたということだろう?」

「そう、なんですけど……。いまだに僕は、なんで宵宮さんにスカウトされたのか分からないんですよ。別に他の監視官の人みたいに、経歴があるわけでもないし突出した何かがあるわけでもないから」

「なるほど? じゃあ、本当に新人くんってわけだ。俺もそれなりに室長殿とは付き合いが長い部類だが、あの人は本当に何を考えているのかわからん。まぁ、ただ一つ言えることはあの人の言うことに従っておいた方が身のため、っていうところか。アンタは非異能力者だからそんなことないだろうが、俺や異能力者はなおさらな」


 その言葉を聞いて目を丸くさせる。

 何か危ない仕事を生業としているのだろう、ということは理玖でも推測していたことだが目の前に居る灯牙も異能力者ということまで思わなかったのだろう。蝶と蛾というコンビは報告書では時折協力者として出てくるが彼らの素性は全く伏せられているのだ。

 それらの書類は、誰が見ても問題ないように作られているから仕方がないのかもしれない。蝶梨に関しては、先日異能力者であることを聞いていたので何とも思うことはない。


「お、驚いたって顔だな。まぁ、俺の異能力者は実践向きでも何でもないからな。地味なもんだし、俺自身もこれに頼ったことは正直あまりない。……いや、頼ることがほぼ出来ないタイプだからなァ」


 実践的ではない異能力。

 異能力にどのようなものがあるのか、まだ勉強中の理玖であるが彼は既に実践的ではなくむしろデメリットしか感じることのできない異能力も知っている。


「異能力って本当に不思議ですよね」

「……そうだな」

「甘羽さんのように実践的に使える、絵にかいた異能力もあれば。菰是さんのようにな人もいるし、……異能力がデメリットとしか思えないものだってあるし」

「ふむ……」

「菰是さん?」

「ああ、いや。なんとなく、あの人がアンタをスカウトした理由が分かったような気がしてな。ああ、だがこれは俺から言うことはできん。違うかもしれないし、会っているならばそれはそれでアンタ自身でしっかりと気づくことが大事だと思うしな」


 異能力に対して真剣に考え、悩む理玖の姿を見て何故伊月が彼に声をかけたのかが少しだけ分かったのだろう。それは実際は違うかもしれない。だからこそ、灯牙は言葉を濁してはにっこりと満足そうに微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る