第32話

 二人がそのような会話をしている中、死体の確認をしていた面子は静かに資料と気になる点がないかを確認していた。


「確かに資料に書かれているとおりだね。目立った傷もない。取り出されている臓器を確認しても、こちらも何か異常があるというわけでもない。ふむ、ならどうやってこの人物は死んだ?」


 腕を組みながら、死体と臓器を交互に見つめては首を傾げる鳴無。そんな彼を視界に入れては、一緒に首を傾げる蝶梨の姿がそこにあった。夏鈴は、死体を確認してから周囲を見渡したり熱心に資料と死体を交互に見ている。彼女は、もとより死体の状態が気になって同行しているわけではない。この人物について気になったことがあったために、同行しているのだ。

 蝶梨は、基本的に鳴無と話しているが時折気遣うように夏鈴を見つめる。

 彼女はまだ十五歳という若さもあり、真面目な表情をして死体に近づいて色々と確認している姿がどこか異質に見えてしまうのだろう。蝶梨自身は、見た目は十代と言われても頷くものがあるが彼女自体はすでに二十代後半である。年齢だけで考えれば、立派な大人と言えるのだ。


 ――この人は、確かに資料で見たことがある人と一緒。いじめた人なのは、きっと確定ですね。


 ウロウロとしながら見ていた夏鈴は、そっと他の死体が保管されている冷蔵保管庫へと目を向ける。

 この場所は何もこの一体だけが保管されているわけではない。蝶梨の元には、合法的な依頼から非合法的な依頼までやってくる。それらの死体は全てこの安置室へと保管されているのだ。


「蝶梨さん、この部屋には他のご遺体があるのですか?」

「え? えぇ。依頼はいつも受けているので、彼以外にも安置室に保管されているものはいますよ。引き渡し日までは、加工を終えてもここに安置しているものですから。それが、どうかしましたか?」

「最近、身元不明のご遺体が運び込まれてきたり。今回のご遺体のような状態のものとか、運ばれてきましたか?」


 首を傾げて質問をする。

 彼女の質問の意図が理解できていないんのか、蝶梨と鳴無は息を合わせたのかと思えるタイミングで首を傾げていた。二人の様子を見て、ようやく説明を省いていることに気づいた夏鈴は申し訳なさそうに眉を下げて頭を下げてから鞄から資料を取り出す。もちろんその資料は、普通は外部のものには見せるべきではない資料だ。

 それでも蝶梨に見せるということは、彼女は外部のものでありながらもそうではない、ということなのだ。


「これは?」

「これは、とある企業にお祓いに行った時の資料です。ここに書かれている名前なのですが、この人たちがとある女性社員へいじめまがいなことをしていたことが原因で、そういう負の感情が集まって特務室案件になったんです。当時夏鈴は、まだ特務室所属だったので同行したのです」


 その資料に書かれている名前のリストの中に、今回運ばれてきた死体の名前が書かれている。

 蝶梨の屋敷に依頼をしてくる公にできない非合法的な依頼は、死体の身元は不明のままでやってくる。それでも、身元不明なままでは後から面倒なことになりかねないということで灯牙が率先して身元の確認をしている。そのため、今回の運ばれてきた身元不明の死体もしっかりと確認が取れている。

 また、今回に至っては指名手配されていたこともあったのですぐに気づいたことも大きい。


「夏鈴の思い違いの可能性もありますが、このリストに書かれている人が運ばれてきたことはありますか?」


 資料を渡された蝶梨は、視線を滑らして名前を全て確認する。

 合計するとそこに書かれていたのは十五人ほどだが、その中でも主犯格と呼ばれる主に女性をいじめていたものたちは五名だ。パシパシ、と数回瞬きをしてから目を閉じて深いため息をつく。ここの書かれている名前を、蝶梨はとても知っていた。


「ここに書かれている名前の五名は、運ばれてきました。すでに加工して、出荷済みです。依頼人はわからないです。ああ、灯牙くんでも探れなかった、という意味合いのわからない、ですよ」

「何か思い当たることでも? ああ、でもそれはきっと甘羽ちゃんたちが聞くべきだろうから良いよ」

「もしかすると、今回のこれは。意図的に多くの人が殺されて、いろいろなことが複雑に絡まっているような気がするのです。夏鈴はこれを馨お姉さまたちに報告しに行ってきます!」


 夏鈴はぺこり、と会釈をしてから資料を受け取りパタパタと小走りになりながら部屋から出ていく。

 彼女が出ていった扉を眺めていた鳴無は、目を細めて肩をすくめる。


「全く、事件ばかりに身を置いているとああなるんだね」

「そうですね。夏鈴ちゃんはまだ十五歳でしょう? 私が十五歳の時は、友達を遊んで適度に勉強をしていました。それが普通だと押し付けることはしませんが、もう少し。あの子はわがままを言っても許されるとは、思いますけどね」

「それは君にも言えそうだけどね?」



「馨お姉さま、新情報がきました!!!」


 バンっと勢いよく扉を開いて最初にいた部屋へと戻ってきた夏鈴は、その部屋にいる人物を見て首を傾げる。そこには、お茶会の用意をしている灯牙とその準備の手伝いをしている理玖の姿だけであり彼女が探していた馨はいなかった。

 勢いよく入ってきた夏鈴へと視線を向ける二人。

 先に口を開いたのは、灯牙だった。


「馨ちゃんは、どうやら腹を下しているらしい。トイレに行くと言って出ていったきり戻ってきていないぞ」

「普通に迷子にでもなってるんじゃあないですかね……」

「そうだったんですね。じゃあ、夏鈴はここで待ちながら。お手伝いします!」


 馨についての話を聞いてから、彼女はパタパタと灯牙と理玖の元までやってくる。まるでその光景は、主人の元にやってくる子犬のようだ。彼女の頭には獣の耳はついていないし、腰に尻尾はない。だが、なぜか嬉しそうに尻尾が左右に振られているのではないかという錯覚を感じてしまう。

 そう感じたのは、理玖だけではなかったらしく灯牙はそっと視線を背けて口元に手を添えている。


「……菰是さん」

「んんッ。……ふぅ、悪いな。どうにも、こういう小動物には弱いんだよ。昔は、犬とか猫を飼って可愛がりたいと思っていたくらいだからな。夏鈴ちゃんは、絵に描いた小動物だろう?」


 そっと夏鈴の頭を撫でてから、手伝いは不要であることを伝えてそのまま彼女にソファに座っているように伝える灯牙。彼が、どのような経緯、目的があり蝶梨とともにいるのかは不明だが触らぬ神に祟りなし、である。もとより、首を突っ込むようなことをしない理玖は不用意に踏み入れるようなことはしていないが気になるものは気になってしまう。

 普段は無関心な面が強く見えるが、彼とて感情のある一人の人間である。

 興味があれば当然のように気になることもあるのだ。


「それにしても。手際がいいというか……、慣れているんですね。カフェとか開けそうですよ」

「まさか。ああ、でもカフェを開いてみるのはいいかもしれんな。ああいう場所は、情報が集まりやすい。いや、だが欲しい情報があるならば自らその場所に行けばいいだけだし問題ないか。俺には不要だな」

「固定の場所で情報を集めると、足がつきやすいから、とかですか?」

「……ほう?」


 きゅ、と目が細められてわずかに声が低くなる。

 刹那、踏み込みすぎた、と理解した理玖はにこりと微笑んでそれ以上の言葉を紡ぐことをやめる。口は災いの元、とはよく言ったものだろう。もしくは、好奇心は猫をも殺す、というところなのかもしれない。理玖自身、よく馨がさまざまなことに興味を抱いて首を突っ込もうとする時に止めることも多い。

 まさか、自分もそうだとは思いもしなかったのかどこか遠くを見つめて乾いた笑みを浮かべていた。


「まぁ、いいだろう。さて、理玖くん。これを持っていってくれ。本当は、もっと綺麗に並べたかったんだが……。ケーキスタンドを使うよりも、篭に焼き菓子を並べる方が好きな連中が多いからな、ここには」

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