第33話

 少人数であれば、ケーキスタンドを使った方が見栄えもいいかもしれないがこの場にいるのは数人だ。

 二人、三人と言ったような人数でもない。その上に、焼き菓子に目がなく何も言わなければ掃除機のように食べてつくしてしまう馨もこの場にいる。故に、多くを並べることを優先としたのだろう。なんだかんだ言って、周りを見ながらもうまく溶け込むのだな、と感心をする。異能課に関係する人物たちは、どこか俯瞰して捉えることがうまく。それでいて、口達者であることが多くなるべく関わりたいと思わせない何かがある。

 味方にいれば、心強いのだろうが敵には絶対に回したくない。そう思わざるを得ない連中だ。


「この焼き菓子って、馨お姉さまが持ってきたやつと……ま、まさか」

「そのまさか。暇だから焼いていたんだ。まぁ、焼き菓子なんて、生地があればすぐにでも焼き上げることができるだろう?」

「灯牙さんのお手製だぁ! 夏鈴、実はいろんなお店の焼き菓子を食べてきましたが、個人的には灯牙さんの作ってくれる焼き菓子が一番美味しいと思っていますよ!」


 キラキラと目を輝かせては、目の前に並べられている焼き菓子を見ている。

 心なしか、よだれが見え隠れしているようにも見えなくはない。よほど彼女は、灯牙が作る焼き菓子が好きなのだろう。理玖は思わず、数回瞬きをして灯牙を訝しげに見てしまう。決して、何かを仕込んでいるのではないかと疑っているわけではない。あまりにもその見た目と似つかないからこそ、驚きが隠せないのだろう。灯牙は誰がどう見ても、お菓子を作るようには見えない。どこかの違法地下闘技場で時々拳を振るっていると言われれば誰もが納得するような見目なのだ。

 人は、見た目ではないとはいうが、どうしても何も知らない状態であれば見た目は印象の一つになる。


「楽しみにしてくれているようで良かった。まぁ、実際は蝶梨ちゃんがちょっとわがままを言ったから作ってただけなんだがな。……ん? なんだ、意外そうに見えるか?」

「ま、まぁ。失礼かもしれないですが、料理をするよりも地下闘技場とかで拳を振るっている方が似合いそうな見た目ですから」

「はは、違いない。でも安心してくれていいぜ? どっちもしているからな。地下闘技場に関しては、仕事で行くことも多いしなんならある種の収入源の一つでもある。人を倒して金が手に入るなんざ、俺からしてみれば天職以外の何者でもないからな。実際に仕事でもなんでもしているから。ああ、体を売るようなこと以外だけどな」


 いたずらが成功したような顔で笑っては、準備の続きをする。

 性的なもの以外であれば、なんでもするということなのだろう。それをしないのは、きっと蝶梨の存在が大きいのかもしれない。なんだかんだ言って、伊月と付き合いがあるということは彼は怪しいかもしれないが信頼することはできる人物ということになる。他のメンツがどう思っているのかは知らないが、もしかすると信用もある程度できるのかもしれない。

 理玖はそこまで考えては、そっと思考を止める。

 これ以上目の前の男について考えても、疑念は膨れ上がるばかりで明確な回答を得ることはないだろう。ならば、解決するかはわからないが今は事件の事を考えた方がよっぽど有意義である。


「灯牙さんは、蝶梨先生一筋ですからね。夏鈴もお二人を見ているだけで、わくわくするくらいなんですよ。何せ、二人は去年大学のベストカップルでトップに輝いているんですからね」

「ベスト、カップル……。大学の? それは、……多分凄いんですね」


 あまり想像が出来ないのか、首を傾げるもそっと眉を顰める。少し考える素振りを見せていた理玖だったが、考えることを直ぐに放棄してしまったのだろう。その後も夏鈴は、ニコニコとしながら灯牙と蝶梨がいかに仲が良いかを語っている。


「ちょっと待ってください」

「どうかしましたか?」

「何でそんなに、詳しいんですか!?」

「まぁ、そりゃあ夏鈴ちゃんは俺たちのファンだからな。おっと、そろそろ医者先生たちも戻ってくるんじゃあないか。……それにしても、馨ちゃん。本当に腹下してるのか?」


 中々帰ってこない馨に心配になって来たのか、時計と扉を交互に見る。

 迷っている可能性もあるが、それにしても遅すぎるのだ。彼女との付き合いは、理玖よりもある二人は馨の腹が人よりも弱いことを知っているので本当にトイレに引きこもっているのではと考え始めている。

 それはそれで、彼女が何か当たるようなものを食べたのかという話になってくるが。


「戻りましたよ。実にいい時間でした。……あれ、一人足りないようですが。甘羽さんは、行方不明になったのですか?」

「そっちにも行ってなかったのか。と、なれば屋敷内で迷子になったか。もしくは、本当にトイレから出ることができないか。……はぁ。蝶梨ちゃん、悪いんだがトイレに馨ちゃんがいないか確認してきてくれないか? 俺は屋敷で迷子になってないかを確認しよう」

「わかりました。あ、皆さんは先に食べてくださって大丈夫ですからね」


 蝶梨はニコリと微笑んでそう告げては屋敷にあるトイレへと向かって小走りで部屋を後にする。灯牙は、首を軽く鳴らしてから欠伸をしては少し離れた場所にあるパソコンを立ち上げては何か映像を確認し始める。この屋敷には、いたるところに監視カメラが存在している。

 勿論、二人が屋敷を空けることもあるので侵入者が居ないか確認のために設置しているということもある。他にも色々とあるがその理由を彼らが知る由もない。


「……灯牙さん、馨お姉さまは見つかりましたか?」

「ああ、夏鈴ちゃん。……見つかったさ、案外直ぐにな。トイレに続いている道を歩いている。多分、本当に腹痛で引きこもってるんだろうな。もしくは……これはさすがに彼女に失礼か」


 苦笑をしながら、そっとパソコンの画面を理玖たちに見せた。

 そこには確かにトイレへと向かっている馨の姿。そして、そこに入ってから彼女が出てくることもない。


「灯牙くん、甘羽さんと一緒に戻って来たよ。あ、もうお腹の調子は大丈夫みたい。ほんと甘羽さんってば、胃腸が弱いのに何で夜に賞味期限一日切れちゃったプリン食べたの……」

「いや、賞味期限ですよ。消費じゃないからいけると思ったんです」

「莫迦か」


 その言葉に思わず唖然としてしまう理玖。

 賞味期限一日過ぎたプリンをまさか今日仕事で屋敷にくると分かっていながら食べるとは思わなかったのだろう。加えて、彼女のがそこまで胃腸が弱いとも思わなかったのだろう。


「大丈夫です。さっき彼女から腹痛の薬を貰ってどうにかなったので。……それよりも、今からお茶会ですか?」

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