第34話

 ソファに座っては伸びをしては首を傾げている。

 理玖は頭を抱えて、夏鈴にニコニコそうだ、と言ってはそっと机の上に乗せられている篭に入った焼き菓子に手を伸ばす。目はキラキラと輝いており、手に取った焼き菓子を口に含んではさらに笑顔を増していた。

 その様子を見た灯牙は満足そうに笑っては、全員分の紅茶を用意して机の上に並べた。


「ところで、死体を確認して何かわかりましたか?」

「そうだね。まぁ、資料にあったように結構綺麗だった。綺麗だったんだけど、脳天なのかな。何か刺されたような痕があってね。髪の毛が邪魔で分かりにくかったけど、確かにあったよ。おそらく脳に何かを入れられたんじゃあないかな」

「脳に……ですか」


 馨は足を組みなおして、そっと自身の顎に手を添える。

 脳天に何を刺した痕はあるが、それが何かなのかは特定は難しいらしい。蝶梨でさえもその傷に気づかなかったのだ。加えて、既に死体はそれなりに加工されていることもあり、何か液体が入れられたとするならば今さら特定することはできないということなのだろう。

 食事中にするような話ではないが、ここに居る面子はそのようなことを一つも気にしていないのか止める素振りをもなく普通にお茶を飲んだりお菓子を食べたりと好きに過ごしている。


「頭蓋骨を貫通して脳に差し込んだんですか?」

「まぁ、そう考えるのが妥当だね。だけど、そんな骨を貫通することが出来る針があるのかって言われたら首を傾げる」

「隙をつけば差し込めそうかな。骨と骨の間を貫通するレベルの細いとか?」

「いや、それだけ補足すれば強度がないだろう」

「……もしもその強度が数字で分かっていて、設計することが出来るとするなら出来そうですよね。ほら、前にストレスを数値化するとか話があったじゃないですか。分からないなら可視化すれば」


 理玖の何でもない言葉に注目が集まる。

 彼の言う通り、事前に強度が分かっているのであればそれをもとにしてものを作ることが出来る。だが、それは人によって異なるものでありこれだという絶対的な正解はない。


「確かに、数値がその時に見えれば。それに合ったものを使えばどうにでもなる、のかな」

「あ、元々様々なものを作っておいてあったものを装備するってやつですね! 夏鈴も知ってますよ。敵の属性に合った武器と防具を着用してクエストに行くっていうやつですね。前に、馨お姉さまと悠莉くんがゲームしながら言っていたような」

「……」


 じとぉ、と何かを講義するような目が馨に集まる。

 まるで何も知らない純粋な少女に何を言わせているんだ、と言っている目線である。主にその視線を向けているのは、理玖と灯牙の二人であるが。

 そんな夏鈴の言葉に何かを思い出したのか、ポンッと軽く手を叩いてはニコリと微笑み腕を組んで足を組みなおす。そのもったいぶった、やや演技かかった行動に対して呆れたのかため息をつく数名。


「夏鈴ちゃんの言う通りでしょうね。事前に様々な装備を用意して、その敵に合ったものを使用する。実に当たり前というか、まぁ、そうだよなっていうことです」

「えっと、甘羽さん? 何が言いたいのか、流石の僕でも分からないので説明をしてくれると嬉しいんですけど……」

「高砂少年。その敵と初めて相まみえるクエストにいったとしましょう。ああ、勿論攻略情報なしという全くの初見状態ですよ」

「はい……で?」

「高砂少年の持っている武器は火属性の武器です。で、相手が火属性の攻撃をしてきました。高砂少年の取る次の行動はなんでしょうか」

「まぁ、そりゃあ相手は火属性っていうならば弱点になりそうな水属性の武器を担いでいくのが正解なん……じゃ?」


 正解だ、オーバーリアクションを見せてから紅茶の入ったカップに手を伸ばしてはそっと口を付けて喉を潤す。

 ふわり、と鼻に抜ける紅茶の香りに口角が緩んでしまう。

 この男の淹れる紅茶は店に出しても恥ずかしくないほどに美味しいのだ。同じ茶葉を使っているはずなのに、どうしてこうも違うのかと考えてはピタリと思考を止める。気になるならば、暇なときにでもこの男から聞けばいいだけの話だ。


「では、死体の状態も分かったことですし。他にも何かわかったことはあるのでしょうか?」

「え、僕に言わせておいて何もないんですか!?」

「あ、はいはい! じゃあ、夏鈴から! 実は、連日で蝶梨先生の元に運ばれたご遺体の中に前に話したいじめに加担している人が居たことが確認できたのです。関係があるのか、と明確に断言はできませんが。良いヒントにはなるんじゃあないでしょうか!?」


 少し興奮気味に伝えてから、えっへんと得意げに笑ってそのまま再び焼き菓子をリスのように頬張りながら食べ始める。夏鈴からの言葉を聞いて、馨は静かに目を閉じる。彼女の言っているのは、ここに来る前に話していたまだ夏鈴が異能課に移籍するまでの話のことだ。

 この件について詳しく知るには、あの怪異専門の民間探偵事務所に行く必要があるのだが些か面倒くさい。ならば、これらの情報を南郷たちに渡して調べてもらったほうが早いだろう。


 ――道具は上手く使いこなしてこそ。あちらも全くの無能というわけでもない。それに、あっちもどうせこっちに渡す情報は絞っている。


「甘羽さん……?」

「夏鈴ちゃんも、二人とももありがとうございます。本日はとってもいい情報をパズルが出来たと思います、ええ、本当に」

「はは、それは良かった。……で、こっちに面倒ごとは来ないんだろうな?」

「さぁ? それは私にはわからないので何とも言えませんよ。私は、羽風と違って未来が分かるようなものでもありませんし?」


 紅茶を飲み終えたのか、静かに机の上に戻してはそっと立ち上がる。

 時間は昼過ぎだ。朝早くからやって来たことを考えると異能課に戻るには十五時くらいになることだろう。二人だけであれば、帰る前に何処か店によって食事を済ませていたかもしれないがこの場には夏鈴と鳴無が居る。

 今回は素直に異能課まで戻ったほうが面倒くさいことになることはないだろう。


「え、もう帰るんですか?」

「はい。それに今から帰ったら夕方くらいになりそうですし。……ここって地味に異能課まで戻るのに時間がかかりますからね。来るときはわりと簡単なんですが、帰る道は複雑なんですよね、ええ、本当に」


 肩をすくめて文句を言う。

 この場所は少し入り組んだ場所にある。言ってしまえば、東京にこのような場所があったのかというほどの山の中に立派な屋敷があるほどだ。ここまで来るのには比較的簡単であるのだが、何故か帰りは難しく作られている。

 これらの全ては、この場所にやってくる不届きもの用の対策らしいが。


「送りは必要かい?」

「いえ、私たちは結構です。私と高砂少年はよるところがあるので、風の通り道をしてきます。……南郷さんと一度会って情報共有をしたいのでね」

「なるほど! ならば、夏鈴と先生はのんびりと異能課まで戻りますね!」

「うん、ごめんね、夏鈴ちゃん。というわけで、彼女たちには送りが必要だと思うのでお願いしますね。高砂少年、行きますよ」

「え、えぇえ!? 本当にいきなりだな……。じゃあ、お邪魔しました! あ、あと焼き菓子凄く美味しかったです、御馳走様でした!」

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こちら、政府公認異能取締課です。 観音崎 優 @Chatte_Noire

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