第16話

「莉音さん、こっちにきて良かったんですか? 料理の方を手伝ったほうがいいのでは?」


 音も気配もなく、すっと現れた莉音に対して大きく驚くようなこともなく二人はゆっくりと莉音の顔を視界に入れる。まだ、簡易キッチンで音はしているので料理が完成したから呼びにきた、というわけではないのだろう。莉音は馨と羽風の間に立ってはそっと顔を画面に近づけて確認する。


「……この一部が欠けた死体だけど、医者先生によればほとんどは老衰だったようだね。びっくりするくらいに、綺麗で中身の調べようもサンプル採取もできないと不満を言っていたのを覚えているよ。まぁ、一部のものは末期癌だったということだけはわかったようだけど」

「見つかっていない死体が、病気持ちなのか。いや、それは見つかっていないが故に何もいえないですね。つまり、今この瞬間において見つかっていない死体は病気を患っているという可能性と健康体であるという可能性があるわけですが……」

「君たちもすでに知っていると思うけれども、グールは死体を食べるという鬼だ。このかけた部分が食べられたという確証は何もないけれども、もしも食べているということであれば。見つかっていない死体が病気持ちであるほうが、捕食者にリスクがあるんだよね」


 自身の顎に手を添えては、首を傾げて唸っている莉音を横目で見た馨は静かに目を伏せる。

 よくある話であるが、健康体の人に何か病原菌の一つを注射などで入れるとそれに罹患するというものだろう。羽風は、何かを思い出したのか数回瞬きをしながら自身と馨の間に立っている莉音に向かって質問をする。


「前に腸内が綺麗な人に、腸内環境最悪な人の細胞か何かを入れたら腸内環境綺麗で痩せていた人がみるみると太ったて話を見たことがあるような気がする。それと同じような感じ?」

「たとえはかなり極端だけど。一番わかりやすいのは、予防接種じゃないかな。予防接種は少量の病原菌を摂取して、それを覚えさせて罹患した時にすぐに治るようにというものが多い。まぁ、そこにいる馨くんに関しては予防接種で高熱を出すからダメなんだけどね」

「馨くんは異能の影響で、自己免疫死んでるから仕方ないよ」

「まぁ、つまるところ。健康体に、病原菌を取り込めばその人も何かしら影響が出てくるはずなんだ。だけど、そんな奇怪な状態の手のつけられない患者となれば必ず医者先生の元へ転がり込んでくる案件でもある」


 にこり、と音がつきそうなほどに綺麗な笑顔を見せる莉音に対して肩をすくめて何度目かもわからないため息をつく馨はそっと片手をあげて降参、というような表情を見せている。最初から、この素人の推理ゲームに答えなどは求めていなかったが誰が考えてもわかりきったものになってしまったのだろう。


「相手は異能力者。それも、それらの病原体を体内に入れても浄化することができる特殊な体質、ということでしょう?」

「ご名答。ま、異能力者あるあるだよね。問題は、これがその人間を食べざるを得ない能力のうちの一つなのか二つ所持しをしているのかってところじゃないかな。二つなら、上が躍起になるよ」


 異能力は、基本的には一人に一つと決まっている。理由はさまざまであるが、そのうちの一つとして身体や細胞が耐えきれないからという説が有力とされている。だが、世の中には異能力を一つの体に複数保持して生まれてくるものも当然に存在している。この異能課に所属している馨と羽風は複数所持者の一人である。

 莉音と夏鈴は一つのみであるが、これが基本の形なのだ。どうにも、近くに複数保持者がいれば一つしかないのが霞んでしまうかもしれないが。


「食人でしか栄養を摂取できない程度の能力、と仮決めしておきましょうか」

「字面だけで見るととんでもない能力だね。程度、で済ませていい問題じゃあない。……体内に入れた病原菌を全てクリアにすることができる程度も入れておこうか。可能性としては、複数提示しておいたほうが良い」

「殺人を犯しているわけじゃないのに、放っておけないのかな、こういうのって」


 考えるのが面倒になってしまったのか、羽風はぷくりと頬を膨らませて面倒そうに告げる。可愛らしい顔立ちならまだしも、彼女は比較的美人と言われる部類の顔立ちをしているためにやけにアンバランスに感じたのか馨は数回瞬きをしてから、「美人の頬脹らまし可愛い」と言って口元に手を添えて何か悶えている素振りを見せている。


 余談であるが、馨は比較的可愛い、というよりも幼い顔立ちをしている。その影響で、よく中学生や高校生と間違えられることもしばしばあり一人でアルコールを購入しようとすると必ず止められてチェックを余儀なくされている。


「政府からしてみれば、異能力者は等しく管理するべきというのがお上の方針なんだ。一部特例を除いて、ね」

「ああ、あの蝶と蛾のことでしょ? あの二人、本当に仲がいいよね。室長の計らいで溶け込んでいるみたいだけど、室長ってそんなに立場とか権力があるんだね。いや、そもそも隠しているだけなんだろうけど」


 羽風の口から出てきた「蝶と蛾」という言葉に、曖昧に微笑む莉音と馨。

 誰もそれについて追及することなく、そっとパソコンの電源を落としては首を回している馨を横目に隣に座っていた羽風は「よくわからなぁ」と一人でに呟いているばかりだった。


「三人とも、夕食ができましたよ。ほら、並べているので早くこっちに来てください!」

「あ、今行く! 馨くん、莉音さん、お腹すいたね」

「……そうですね」

「おや、君たち。あの画像を見て話をしていたのに食事ができるんだね。まぁ、僕も人のことは言えないけれども。……折角、高砂シェフが作ってくれたんだ。しっかりと味わって食べないと損だろう?」


 三人は、小さく笑いながらそそくさとソファーのある場所まで向かって足を進める。

 そこには机の上に並べられた、店で頼んだものがやってきたのかと思われるほどの洋食の姿。あまり時間もなかったこともあり、馨がリクエストしたオムライスと伊月が何気なく呟いたグラタンが並んでいる。そのラインナップを見て、ムッと軽く眉を顰めてどこか不満そうな表情をした羽風が座って待っている理玖へと話かける。


「高砂、甘い味付けらしきものがない」

「傷蔵さんのリクエストを洋食でするのは難しかったので、食後のデザートを作っていますから。それで勘弁してください……」

「デザート! コホン、勘違いして、ごめん」


 デザート、という言葉を聞いた途端に笑顔になり目が輝く羽風を見て内心ほっとしたのか安堵の息をつく理玖。そんな彼らを満足げに見つめている伊月。


 ――まだ数日だが、上手く馴染めているようだ。まぁ、あの馨とうまく行くのだからそれもそうか。

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