第17話

 東京異能課の異能官は、どこの地方異能官よりも癖が強く扱いが最も難しい。言って仕舞えば、暴馬を上手くコントロールして使っているようなものなのだ。だが、相性が良ければそれはどこの異能課よりも素晴らしいコンビになり得る可能性も確かに存在している。伊月の人を見る目、というものは誰からも絶賛されることが多いが必ずしもそれが機能するのかといえばそうとも限らない。スカウト、ではないが臨時として他の地方監視官を助っ人で呼んだ時などはことごとく監視官が辞めていった。

 余談であるが、臨時監視官は馨とコンビを組んで皆木っ端微塵にプライドが砕かれたという理由で伊月へと苦言を呈して地方に戻ったものやその場で辞表を提出したものもいたくらいだった。


「うまぁ……。ちゃんと、ふわふわのオムライスですね。お店開けるんじゃあないですか?」

「このグラタンも美味しいね。コクがあるんだけど、しつこくもない。うん、スプーンが進むよ」

「卵、ふわふわ……。デミグラスソースも美味しい」

「なるほど。これが胃袋を掴まれる、というものなのか」


 各々、食事を始めては感想を言いながら口を進めている。理玖としては、どんな苦言を言われるのだろうかと身構えていたところだったが意外に出てきたのは好評のみ。誰かも苦言が出ることもなく、口角を上げて微笑んでは自身も食事を始める。彼らの食の好みは知る由もなかったが、それでも美味しいと思えるものをつくれて満足なのだろう。


 ――誰かにこうやって振る舞うのも、まぁ。悪くはないか。


 現在、東京で一人暮らしをしているために誰かに手料を振る舞うことはない理玖であったがたまにはねだられてここで料理をするのもいいかもしれないな、と人知れずに思っていた。

 一時間ほど、食事と歓談をしていた理玖であったがそっと時計を見て食器を片付けて帰る準備を始める。


「じゃあ、僕は上がりますね。お疲れ様でした!」

「ああ、お疲れ。明日もまたよろしく頼むよ、高砂くん」

「高砂、またデザート作ってね。次は焼き菓子」

「はいはい。気が向いたらまた作ってきますとも」


 羽風の言葉に軽く返答をして、鞄を手にしてそそくさと事務所から出ていく理玖を見ていた羽風は楽しそうだ。

 今日一日で、羽風は理玖のことをお菓子をくれる人という認識になったのだろう。彼女は過去の事件が原因で、極度に男性を嫌っている節があるのだがそれさえも塗り替えられるものがあるのかも知れない。伊月は、机の上に置かれていた空になっている皿を全て回収しては食器を洗い始めている。

 カチカチ、と時計の音が響く静かな事務所に「ピコン」とどこか可愛らしい音がなり莉音がゆっくりと動き出す。


「何かあったんですか? 彼女からの連絡?」

「はは、冗談はやめてくれないかい? どこかの場所で餌に食いついた魚が現れたようだよ」

「……残業確定演出、ですね?」

「今の時間からなら、夜勤じゃないか? ここからは莉音の得意分野だからな。羽風はもう戻って寝た方がいい。馨は、案件持ちだからこの場にいるとして。私が総監督としてここに滞在しておこう」

「わかった。じゃあ二人とも、お疲れ。……釣り、楽しんでね」


 莉音は急いで、自身の机まで歩いて行きパソコンを立ち上げて確認をする。

 馨は事務所から出ていった羽風に手を振ってから、彼女も莉音の隣に移動してパソコンの画面を確認する。伊月は二人のもとに行くことはせずに、食器の片付けなどをしていた。


「さすが莉音さん。やっぱり、すでにマークした地点にあるカメラに入り込んでいたんですね」

「当たり前のことだからね。……さて、反応があったのはここか。時々これ、動物とか普通のランニングとかで入ってくる人にも反応しちゃうから外れる可能性もあることは頭に入れておいてね」

「確かに、だいぶ前に犬猫とか鳥に反応していたこともありましたね。まぁ、それは良いでしょう。……で、何が?」


 カタカタ、と静かにタイピングを行いモニターに出てきたのはどこかの映像。今も動いていることと、画面に映っている時計の時間を見る限りリアルタイムの光景が映っているのだろう。馨は、ジィとその映し出された場所を観察するように見つめている。どこか見覚えがあるような場所に一瞬首を傾げるも、「あ」と何かを思い出したのか口を開いて言葉を紡ぎ出す。

 その場所は、運がいいことに昼間に理玖と共に気まぐれにやってきたホームレスたちが多くいた場所だった。


「ここ、昼間に来たんですよね」

「馨くんはやっぱり強運の持ち主だね」

「その割には、ガチャ爆死常連で天井まで引かざるを得ないんですけど」

「何か仕組まれているんじゃあないかな? 頼まれればちょっと覗くことは出来るけど、それは君が嫌だろう? ……何に引っかかったのか、ああ、これだ」


 くすくすと上品に笑いながらも、莉音の視線は馨に向くことはなく目の間のモニターを捉えている。

 そっと何かを見つけたのか、キーボードから指を離してモニターに映り込んでいる何かを指さした。


「……人? それも小さい影から、子供か小柄な大人ってところですかね」

「この部分を抜き出して詳しく解析、分析をすることもできるよ。もちろん、警視庁が保持しているデータベースを突き合わせることだって可能さ」

「それは明日お願いします。明日はオフでしたよね? というか、莉音さんたちは今は案件を持っていなかったはずなのでここ三日くらいは暇と百瀬少女から聞いてますから」

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