第5話

 翌日、店で話していた通りに異能課の部屋には珍しい三人組が揃って楽しそうに机の上に並べられた武器達を手に取り話していた。

 その光景を何処か訝しい目で見ていた藍は、あまり見ていると面倒ごとに巻き込まれると理解していたのか深いため息一つをつくだけでそっと視線を背けて自身の目の前にあるモニターへと戻した。その際、他のメンバへチャットにて「執務室休憩スペースに近づかないほうがいい」というアドバイス一つ添えて。


「それにしても、本当にアキのところはまるで武器庫のようだ」

「実際武器庫だがな」

「あっはは。合法的、つぅか。まぁ、非位能力者に向けて使っても大した致命傷にはならないってだけだな。これで殴られればもちろん痛いし、そう言うのは避けられない。ちなみにこの銃で非異能力者に撃ったところでゴム弾をそれなりの速度で叩きつけられたような威力にしかならん。死ぬわけじゃあないから問題ねぇ」


 それなりの声量で楽しそうに話しているために、嫌でも自席でデスクワークをしていた者たちはそれらの会話が聞こえてしまう。内心で、「いや、問題だよ」と突っ込んでしまいそれが喉から出てこないことを必死に止めるので精一杯だ。この異能課に所属している多くのものは、突っ込みたい、と言う表情をしながらも必死で無心になろうと仕事をしているばかりだ。

 そんな中、今日は非番であるはずの馨が眠そうな表情で執務室に入ってくる。


「おはよぅございます」

「あら、馨。あなたは今日は非番じゃなかったっけ? おはよう」

「百瀬少女、おはようございます。いや、非番なんですけど昨日執務室に忘れ物をしたなぁって今朝思い出したんで回収しにきました。……ところで、あの三人は何してるんですか? まるで男子高校生が猥談に花を咲かすような楽しそうな雰囲気ですね」

「男子高校生が猥談で花を咲かすかはさておき。私たちも詳しくは聞いていないから、気になるなら話しかけてみればいいんじゃないかしら。確実に面倒なことになりそうだから、誰もが突っ込みたくとも突っ込めないと言う地獄を今味わっているから」


 ――まぁ、馨があの中に入ったとしてもボケが増えるだけでむず痒いことには変わりないかもしれないけど。


 一瞬、遠い目をしてしまった藍は愛想笑いを浮かべてはそのまま自席に戻る。馨は、藍の表情と少しだけ疲れているような声色に対して「私だってツッコミできますよ」と少しだけ不満げに頬を膨らませてから自席に置いてある携帯型のゲーム機と資料を手にして休憩スペースへと足を進めていく。

 面白いことには目がない馨のことだ。この三人についていくことはしないが、それでも話を聞きにいくのは当然のことだろう。


「お久しぶりですね、桜姫さん」

「久しぶりだな、甘羽異能官。私のことを姫を呼ぶのは多いが、桜姫と称するのは甘羽異能官くらいさ。最近、うちでは私のことを姫と呼ぶやつもいれば、若と呼ぶやつもいるくらいだし」

「若、は事実ではないですかね? まぁ、それはさておき。三人して武器を取り出して。これからケンカにでもいくんですか? すっごく楽しそうですね」


 この三人は、警察内部では一応「警視」の肩書をもつそれなりの立場の人間である。

 それにも関わらず、馨は平然と話しかけては挙句三人が座っているソファの手前にある椅子に座って楽しそうに武器と彼らを視界に入れて話しかける。何も知らない人から見れば、警視に平然と雑談をしにいく新人のようにも見えるかもしれないがこれらの光景はすでに慣れ親しんだものなのだろう。

 馨の言葉に反応を示したのは、当たり前のように伊月だ。


「喧嘩、まぁ、そうともいう。実は、面白い話が舞い込んできてね。姫若の東京での思い出作りも兼ねて三人で調査に行こうと言う話になってね」

「桜姫への東京の思い出が、殴り合いってなんですか。まぁ、三人が楽しければいいんだと思いますけどね」

「合法的な殴り合いだからいいんだよ」


 ――合法的な殴り合いってなんなんだ。


 カタカタとキーボードを打ち込んでいた莉音の手が止まってはプルプルと肩が震えてしまっている。莉音と藍は、休憩スペースから近い場所に自席があるために嫌でも会話がはっきりと鮮明に聞こえてしまう。そして、彼らは狙っているのか不明だがまるで二人のツッコミを待つようなことを平然と話しているのだ。

 莉音の隣に座っていた藍は、小さく「耐えるのよ」とまるで同情をするように彼の肩に手を乗せて告げていた。

 一方、休憩スペースにいて話を聞いていた馨は首を傾げては何かを思いついたのか話し出す。


「地下闘技場ですか?」

「あ? なんだ、狂犬知ってんのか?」

「いえ、噂程度に聞いたことがあったんですよ。異能力者対異能力者、もしくは異能力者対非異能力者の死ぬまで勝負がつかないデスマッチ、地下闘技場があるって言うことを。まぁ、噂程度と言っていましたがそう言うことをする組織も人間もいることは事実だろうと思っていたのであるんだろうなぁ程度には考えていましたが」


 異能課に所属しているものたちは、どこで情報を掴んでくるのか正直わからないことが多い。それを普通に共有することもあれば、共有するまでもないことであれば今回の馨のように話としては知っていたが、程度の反応を見せる者も存在している。拳銃や刀、包丁などといった物理的な武器は確かに有利になるための一つの手段ということができるがこの世界に置いて一番の武器は「情報」である。

 その情報をいかにつかみ、偽の情報を振り撒くことで相手を困らせることができるのか。そのような戦略が今は必要になっているのである。


「さすが、東京異能課だ。片足を裏側に突っ込んでいるだけある。これには私も拍手を送りたいくらいだ」

「一番この中でグレーな存在って、正直桜姫なんですけどね。上層部も情報管理部も本当に、なんというか。まぁ、いいでしょう。一応、合法ではないですけど。楽しんでくださいね」


 いつもなら、ノリノリで手を挙げて参加したいと強請ってくる馨であるが今回はそのようなこともなく。

 彼女とそれなりの付き合いがある伊月もどうしたのか、と少しだけ首を傾げてしまう。彼女の性格を理解していても、プライベートを完全に把握して理解しているわけではない。伊月は、この異能課をまとめており尚且つ異能官の全ては把握されるべきであるが彼のプライベートは話が別であると考えているが故だろう。

 雑談などで、聞くプライベートくらいしか伊月にはわかっていない。


「あの生粋の戦闘狂である狂犬が、一緒に来ない、だと!?」

「馨、何か変なものでも拾い食いしたのか?」

「五島さん、私にもその時の気分というものがあるんですよ。戦闘狂なのは認めますけど。あと、伊月室長。それは私にあまりにも失礼では? そこまで見境なく食べませんよ。まぁ、確かに。先日机の上にあった出所不明なお菓子は食べましたが」

「バッチリ拾い食いしてるじゃないか」

「昨日からソシャゲのイベランが始まったんですよ。大量に課金を完了したので、あとは時間の限り駆け抜けるだけ。今回は私の最推しのイベントなので是が非でも一位は獲得したいんですよ。それがたとえ、札束で人を殴った結果だとしてもね」


 馨の見たこともないほど清々しい笑顔を見た三人は「ああ、なるほど」と呟いては、それから彼女を誘うようなことはなかった。彼女はそのまま、楽しんできてくださいね、と再び言ってから機嫌がいいのかスキップをしながら執務室から出て行ったのだった。


「甘羽異能官の金銭感覚は、死んでも治らないだろうね」


 苦笑をしながら呟いた紀伊の言葉に、休憩スペースにいた二人はもちろん。その言葉が聞こえた、執務室にいるメンバ全員が首を縦に振って激しく同意をしていたことを馨は知る由もない。

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