第11話

「とは言っても……。事前に渡された宵宮さんの資料しかないんだけどな。さっきのこともあったし、甘羽さんに直接聞くのもどうかと思うし、そこまで僕のメンタルは強くはないや」


 あはは、と乾いた笑みを浮かべては部屋に入る理玖。

 ゆっくりと座椅子に腰を掛けては、鞄の中に入れていた伊月から渡されていた資料とパソコンを取り出して馨について調べてく。調べる、と言えども渡されている資料を確認しながらダメ元でインターネットや支給されたパソコンからデータベースにアクセスして情報を知る程度だ。

 渡された資料を読み込んでいると、突如電話を知らせるスマホ。

 理玖は、画面を確認して伊月からの連絡と知り目を軽く見開いて急いで通話を繋げる。


「な、何でしょうか、宵宮さん!」

『あはは、そんな身構えないでくれ。数時間前に、高砂くんから連絡が来ていたからな。何かトラブルでも発生したのか?』


 伊月の言葉に「あ」と小さく声を零す。数時間前、それは理玖がブラックボックスの用意をしているときのことだろう。取り扱い説明書にも書かれていなかった謎のパスワードを確認するために異能課の事務所や、伊月の携帯に連絡をしていたのだ。

 どうやら伊月は、その時の連絡の折り返しをしてくれたらしい。


「トラブルは何とか解決しました。……お忙しいのに、なんだか申し訳ないです」


 苦笑をしながら、電話をかけた件は既に解決に至ったことを簡潔に報告する。内容を聞きながら伊月は何処か楽しそうに小さく笑っているのが電話越しでも分かったのだろう。理玖は、気づかれないように表情を柔らかくする。

 ふと、この際伊月の時間が良ければ馨について少し聞いてみようと考えたのか、口を開いて言葉を紡ぎ出す。


「あの、宵宮さん。今、お時間は大丈夫ですか?」

『ああ、問題ない。会議も終わったし、今はちょうど自由時間だからな。君が満足するまで付き合おう。どうしたんだ?』


 今の時間は、十八時前。

 もしかすると、伊月は帰る準備でもしていたかもしれないな、と思いながらも問題ないと言われたその言葉に甘えて気になることを質問することにする理玖。

 遠慮しているのか、図太いのか。


「実は、甘羽さんのことで相談がありまして」

『早速か。……何かやられたのか? 馨は本質が嫌でも分かってしまうから、少々人を知ったような気になることがあるんだ。あと、言いたいことはストレートに言ってくるからな。耐えられないと言って泣きついて辞めて行った監視官も何人もいた』


 まるで当時のことを思い出しているのか、諦めたような乾いた声で告げられる言葉。理玖は、伊月の言葉はたやすく想像出来てしまったのか人知れずに深く頷いて全力で同意をしていた。言葉に出すことはしないが、電話越しで伊月にもそれらが伝わったのだろう。

 受話器口から、クスクスと小さな笑い声が聞こえてくる。


「いや、甘羽さんは何も悪くないんですよ。……全部、本当のことなので」

『そうか。……馨の件で相談って言っていたな。他に何か気になることでも発生した、ということかな』

「僕がもし、甘羽さんの立場だったら自分に無関心で積極的に関わろうともせずにろくな責任も負えない奴に命は預けたくないなって、贅沢にも思ってしまったんです」


 まだ自分が何をしたいのかは、なんでこの場に居るのかは彼自身答えは見いだせていない。

 それでも、理玖なりに考えた結果。自分には関係がないからという理由で知ろうともしなかった相棒になるかもしれない馨のことを、少しでも知ろうと。歩み寄ろうとしていた。伊月は彼の言葉は意外だったのか、しばらくの沈黙が出来上がる。


「だから、せめて。……甘羽さんのことを少しでも知ろうと思ったんです。なので、その。宵宮さんから見て、甘羽さんはどういう人なのかなって」

『それこそ、本人に聞いたほうが早くないか? 馨は聞けば、基本的には答えてくれるぞ』

「そうなんでしょうけど、その。……流石に、けちょんけちょんに言われて直ぐに甘羽さんに質問にいけるほど僕も図太くはないし、メンタルも強くないです」


 時間があれば、理玖でも突撃に行くことは出来るだろう。

 だが、今はまだそんな気分にもなれないでいるのだ。また、馨に言いたい放題言われたらどうしよう、というよりも。自分の不甲斐なさや事実を言われて何も言い返すことが出来ない悔しさが襲い掛かってどうしようもできないでいるのだろう。


『そうか。……そうだな、俺から見た馨か。とにかく、面倒な性格をしている。高砂くんが思っているよりも、凄く面倒でひねくれた性格をしているな。言ってしまえば、やささぐれた野良猫みたいな感じだな』


 やさぐれた野良猫。

 伊月の言葉、オウムのように繰り返して固まってしまう。彼女が、面倒でひねくれた性格をしているのはこの半日で充分すぎる程に理解できてしまっているのだろう。身に染みて体験してきているのだからこそ、彼の言葉には納得しかないのか大きく首を縦に振って頷いている。


『後は、そうだな。一度でも懐に入れたものに対しては情が厚いんじゃないか。高砂くんはまだ会ったことがないだろううが、他の異能官や監視官とも楽しそうに話しているのを見かける』


 理玖が異能課にやって来た当日。

 その日は、他の面子は仕事で出払っていたこともありまだ他の監視官や異能官と顔合わせもしていない状態だった。なので、彼は他にどのような人が所属しているのか未知数なのだ。だというのにも関わらず、トラブルが発生した時には迷うことなく事務所に欠けているのだが。

 仕事は仕事、と割り振っているのだろう。まだ会っていないが、時間が経つにつれて何処か挨拶が少しだけ億劫で。それでも少し楽しみであるのも確かなのだろう。


『難しく考えなくとも良いと思うぞ。本気で悩んでいるような気がする高砂くんには、まともなアドバイスが出来なくて申し訳ないが。……最初は皆、手探りなんだ。実地試験と考えるよりも、そうだな。交流会、と思えばいいんじゃないか』

「交流会……にしては、ちょっと物騒過ぎませんかね?」

『はっはっは! まぁ、何にせよ。張りつめ過ぎずにほどほどにってことだ。じゃあ、任務頑張ってくれ給え』


 伊月なりの励まし方なのだろう。

 理玖は、いつの間にか肩の力が抜けていたことに気づいては息をついて笑った。結局、分かったようで分からなかったのだが。そっと視線を時計へ向けると、そろそろ季楽が食事を運んでくるであろう時間帯になっている。理玖はなにを思ったのか、厨房へと足を向けて歩き出す。

 何もない状態で、理玖とて馨の部屋に行って話をするほど度胸もない。

 だが、一緒に食事をするという体であればまだ何か話せるのではないかと目論んだのだろう。そうと決まれば、すぐさま行動に出るしかない。


 ――僕の有用性を証明する、か。何がしたいかも分からない僕が、有用性を証明、だなんてね。


「佐倉さん、甘羽さんのところに料理を運ぶんですよね? 僕もお手伝いさせてください!」


 様々なことをピタリと止めては、まるでニコリと何処か表情を変えて厨房の扉を開く理玖。そこには、お盆にお皿を乗せている季楽の姿があった。

 彼女は、いきなり登場した理玖に対して驚きながらも困ったように眉を下げて静かに力なく笑った。既に料理は出来ているので、文字通り部屋に運ぶだけなのだろう。

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