第12話
「記憶を代償に、ねぇ。異能力っていうのは、本当に厄介な病気だな」
「だけど、どうして分かったんですか?」
「……経験からくる勘、さ。で、名前は気に入ってくれたか?」
「あ、あぁ、ありがとうございます、えっと……」
「伊月でいい。名目上、俺はお前のことを買ったということになっているが、そういうのは苦手でね。普通に、伊月さんとでも呼んでくれたらいいさ。ああ、君はそのままうちで一緒に暮らしてもらおうかな。戸籍は、うん。俺の弟ということにしておこう。年齢的にもそれが一番いいだろう」
まるで、このようなことは慣れているような素振りでとんとん拍子に進んでいくことにわずかに違和感を抱く結月であったが、ここで何かを聞いたところで上手くはぐらかされるのだろうということを直感的に感じ取り結局は聞けずじまいになる。何か言いたげな表情をしていることをすぐに感じたのは、意外にも結月の目の前に座っていた五島だった。
「なんか、言いたげだぜ?」
「ん? 何か不満でも?」
「い、いえ!! 不満なんて、ないんで……」
「おいおい、いっちゃん。その聞き方はよくねぇぞ。とってもよくねぇ。そんな聞き方されちゃあ、誰だって不満はないですとしか言えなくなっちまう」
「確かに、彰のいう通りだな。まぁ、何かあれば気兼ねなく言ってくれ。俺には言いづらい場合は、彰でも姫若にでも言えばいいさ。別に言葉に出して伝えることが、必ずしも大事というわけでもない」
そっと目を背けて告げられた言葉に感情は見えない。
機械が発した言葉のように、酷く冷たく淡々とした何かを感じさせてしまう。五島は時に気にしていないのか、「そうかい」と告げてあくびをしている。視線は、そっとモニターへと向けられていた。結月は何度目かもわからないため息をついて肩をすくめる。
――嘘は言っていない。おそらくこの人は、あえていうことをしていない。それを聞いていいのかは、わからない。一つ言えることは、この人は非異能力者ではない。確実に何か一つでも異能を持っているはず。食えない人物だ。
結月は視線を控室にある時計に向ける。
この場所はまるで時間一つ思わせることはないが、部屋にはしっかりと時計がかけられている。地下にあるために、電子機器へ電波が届きづらいこともありかけられている時計は全てアナログなものだった。しっかりと刻まれている秒針を見て、もう夕方かと思う。
そういえば、久しく外にも出ていないような気がする。
この地下闘技場に連れてこられてから、彼はずっとこの場所で生きてきた。幸い、というべきなのか。金銭周りはしっかりとしており彼が闘技場で稼いだものが運営側に横領されるようなことは一切なく全て彼の懐に収まっていた。どういう手続きをしているのか不明であるが、登録時に名前を名乗っていないことから口座が登録しているわけではないのだろう。
いつも何かが必要になれば、運営のものに告げてそして自身の所持金から引かれていくというものだ。領収書なども改竄されることなくしっかりと渡されているので、この場所は意外にも金銭周りに関してはしっかりと真面目に運用されていた。
「五島さん、すごく強いんすね」
「そっか。姫と一緒にモニターでお前は見てくれてたんだよな。はぁ、長年の親友であるいっちゃんは一つも俺の勇姿を見てくれなかったというのに、お前はいいやつだよ、本当に」
「いいやつかどうかは、知らないが……。あそこまで、互角で戦い終盤にかけて圧倒的に力を見せつけた戦いは中々見ることができないんで。見ているこっちも、それなりにこう。ワクワクした、というか」
「そりゃ良かった。歓声もかなりすごかったから正直耳がいかれると思ったぜ」
よほど、闘技場内では歓声がすごかったのだろう。
それから二人は、その時の話をしながら時折楽しそうに笑っている。結月としても、戦いなどに関する話はそれなりに好きなのだろう。それが自身の経験でも、誰かの試合であったとしても。
「もう夕方か……。彰、姫若が戻ってきたら帰ろうと思うが何か他にすることはないか? もしもあるならば、さっさと済ませたほうがいいぞ」
「んあ? ああ、問題ない。俺の用事はもう終わったからな。いやぁ、対戦相手でぶっ潰す予定のやつが出てきてくれて手間も省けたってもんだ。ボッコボコにしたし、というか下手したら医務室で事切れるんじゃねぇか? 俺からしてみれば、どうでもいいことだから気にしないが」
頬杖をつきながら、至極当然のような声色で告げられる言葉は本当に政府関係者の人間なのかと疑うには十分すぎる。どれほど人を殺したとしても、この闘技場内での出来事であれはそれは不問にされる。それが、この闘技場での暗黙のルールだ。運営側は当然、出場する選手や飛び入りの連中。今回の五島たちのような招待客に関して何も知らないなんてことはない。
つまり、運営側は五島たちが警察関係者でありながらもこの場にいて。かつ人をその手で殺めていることを知っている。知っていてそれを使って彼らを揺することもしない。ゆすったところで、彼らはそれ以上のネタを持っているので敵うことはないのだが。
「それは効率的にできて良かったじゃないか。……お前たちのことだから、姫若が帰ってきたらうちに来るんだろう?」
「やっぱり勝ったら祝杯だろ? 花月ちゃんのところで飲み明かそうと思っていた。姫は明日の午前中に新幹線で帰るらしいからな」
「はぁ。お前が店の酒を多く飲み干したからまだ補充が追いついていないんだぞ。少しは補充できたが、お前が来ることを想定していない仕入れだ。酒を飲むのは程々にするか、お前が好きな酒を買ってから姉さんのところに行ってくれ。持参をしてもいいから」
「お、そうなのか? これも常連の特権ってやつだな。じゃあ、上等な日本酒に焼酎、ワインを買ってから花月ちゃんのところにいくとするか。……いっちゃんは野暮用か?」
「まぁ、少し。結月、姉さんには話をしておくから問題ない。家は店と同じだから、夜にでも彰たちにくっついていけば問題なく行けると思う。じゃあ、俺はお先に失礼するよ」
伊月はそのまま何食わぬ顔で、片手をあげてその場から立ち去っていく。
その様子をどこか考え込むような素振りでみていた五島だったが、すぐに表情を戻して今日持ち込もうとしている酒について考え始めたのだった。
その名前が記載されている画面を見ながら、伊月は地上へ出るためのエレベータがある地下闘技場の廊下をのんびりと歩いていた。その名前の隣にある写真は、一人の少年。まるで、結月を小さくしたような顔立ちをしたその少年について記載されている文字を眺めながら画面をスクロールしていく。下へ、下へといくたびに記載されている情報は曖昧なものへとなっていく。
曖昧になっていくのは中盤あたりにある、幼い頃に妹の迎えにいった途中で行方不明になった、と記載されているところだ。
伊月が眺めているこの情報は、彼が持つ無数の手段から得た情報ではなく。警察内部に存在している、行方不明リストのうちの一人の資料だ。行方不明として、少年が幼い頃に両親に届出がされているが今のいままで見つかっていない。もう家族は、息子は死んだものと考えて生きていることだろう。
「地下闘技場にいれば、そりゃ見つからないわけだ」
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