第116話 最凶の実力
黒色の果実をたわわに実らせた木々が生い茂る『嫉妬の森』に、ダイゴたち一行が突入していく。
俺たちは、森の入り口を封鎖するように自動人形を横列で展開した。
自動人形の内、9割は周囲の警戒のためこの場で待機させるが、残りの一割は戦況の把握のためそのままダイゴに追従させる。
「今回は俺もやることなさそうだから、由比の仕事を手伝うよ」
俺は装甲車の中に入って言う。
「分かりました。では、私はモンスターや他国のギルドの来襲を警戒しますから、兄さんは『首都防衛軍』の戦況を監視してください」
由比がデバイスから目を離さずに呟く。
「わかった。何かあったら、すぐに報告するよ」
「ウチらも手伝おうか?」
「いや、大丈夫だ。瀬成と礫ちゃんはいざという時のために休憩しておいてくれ」
俺は瀬成の申し出を断って、そう命令を下す。
瀬成がやっている自動人形に憑依するという行為は、ものすごく精神力を消耗するらしいし、礫ちゃんも瀬成が自動人形に憑依している間、ずっと呪文を詠唱しっぱなしでいる。
二人ともオンとオフのメリハリをつけて休まないと、身体がもたないだろう。
「かしこまりました。ご主人様」
俺の言葉に、礫ちゃんが頷く。
「じゃあ、大和たちには悪いけど、ちょっと休ませてもらうね」
瀬成が壁に背を預けて、目を閉じた。
俺はダイゴたちに同行させた自動人形たちがもたらす情報に、神経を集中する。
ダイゴたちはわいてくる植物系のモンスターを危なげなく撃破し、どんどん森の奥へと分け入っていく。
ダイゴ本人の超人的な戦いっぷりは相変わらずだったが、俺はピャミちゃんがまたひどい目にあわないか心配で、ついついそちらに視線を遣ってしまう。
『こんの無能奴隷が! アーチャーの前に出んなって何兆回言えば分かるんだボケカスドアホ!』
『申し訳ないっす! 申し訳ないっす!』
ピャミちゃんは、ダイゴにことあるごとに怒鳴られ、蹴られ、地面に這いつくばらせられ、どつきまわされていた。
その行動に最初は嫌悪感しか覚えなかった俺だが、よくよく観察していると、ダイゴが理由なくピャミちゃんを虐げている訳ではないということが理解できてしまった。
一言でいえば、ピャミちゃんが『ポンコツ』過ぎるのだ。
ピャミちゃんは戦闘が発生する度に、敵の攻撃を避けようとして味方の攻撃の射線に入ったり、不用意に動いて相手にしなくてもいい敵の注意を引いてしまったり、ぶっちゃけ第三者の俺の目から見ても、他のギルドメンバーの邪魔になっている。
かなり荒っぽいやり方とはいえ、ダイゴはギルドのメンバーとピャミちゃん自身の安全を守るために、彼女の行動を暴力と暴言で修正していたのだ。
『もういいからお前は動くな! 奴隷は奴隷らしく俺の靴でも舐めてろ!』
『わかったっす! ペロペロペロペロペロ!』
『本当に舐めんじゃねえ! キモいだろうがバカ!』
『ええーっ? それはひどいっすー!』
あまりにも立ち回りが下手なせいか、ピャミちゃんは戦闘の中でまともな役割を与えられてない雰囲気すらあり、戦い終わったダイゴの額の汗を拭ったり、靴を磨いたりといった『奴隷』的な奉公に終始することが、彼女の主な仕事のようだった。
ぶっちゃけ見てるこっちがいたたまれなくなってくる光景だが、ピャミちゃん本人はとても楽しそうに笑っているので、何とも言えない気分になる。
そんな俺の気持ちに関係なく、ダイゴの行軍は順調に進行していき、出発から半日ほど経ったある時、急に周囲の光景が変化しはじめた。
妖しいながらも豊かな実りを結んでいた木々が、枯れ木へと変貌し、カメラ越しの映像でもわかるくらいに、大気が重く淀み始める。
『だ、ダイゴさん――あれ!』
俺は突如デバイスにとびこんできた陰惨な光景に声を震わせる。
『ああ。見えてる。ピレーナの奴ら、俺様たちとは別ルートで侵入してやがったようだな。俺様たちよりこれだけ早く到着したとなると、スピード重視で無茶をしたようだ』
ダイゴが無表情に頷いて、長めの瞬きをした。
「全滅……ですね」
俺は頭を抱えて呟く。
自動人形の瞳が冷徹に映すのは、ロシアの英雄たちの成れの果。
まだ見ぬボスモンスターによって辱められた遺体は、まるで、やんちゃな男の子がおもちゃの兵隊で乱暴な遊びをしたかのように、非現実的な滑稽さを呈している。
精悍な剣士と槍使いが、お互いを刺し貫いて絶命している。
ある浅黒い小太りの男の上半身が、白くまぶしい女性の太ももと強引に連結させられ、性別不明の
生首だけで構成されたピラミッドが、何故か満ち足りて死んだと錯覚させるような全力の笑みを浮かべて、こちらをじっと見つめていた。
その死と故人の感情をも冒す冒涜的な光景に、俺は否が応にも、今自分がいる場所が生死をかけた戦場なのだと痛感させられる。
『これが戦いだ。……くるぞ! 備えろ!』
ダイゴが目を細めて叫ぶ。
同時に、森の奥から、ズルズルと音を立て、周囲の朽木をなぎ倒しながら、体長10メートルを超える半人半妖の化け物――ナハルシュレンゲが姿を現した。
下半身は太くて長い五本の大蛇で構成されており、それぞれの先端には人の顔のようなものがついている。その五つの顔に浮かぶのは、負の感情そのものだった。
『不機嫌』、『悲嘆』、『苦しみ』、『卑屈』、『嘲笑』。人の心の醜い部分だけを凝縮したようなネガティブな表情が、向き合う者を陰鬱にさせる。
上半身は半裸の女性だが、その顔に当たる所には、目や鼻や口といったパーツが一切なく、代わりにぽっかりと虚無の空洞があいている。
フヒョフヒョフヒョフヒョ。
ナハルシュレンゲは空洞から風船の空気が抜ける音にも似た、間の抜けた音を出しながら、ダイゴたちに大蛇をけしかける。
五本の内、『不機嫌』、『悲嘆』、『苦しみ』、『卑屈』の四本がダイゴに向かい、残りの『嘲笑』がうろちょろしていたピャミちゃんめがけて伸びる。
『すごいっす! マスターの予想が当たったっす! ナハルシュレンゲの五本の蛇は、それぞれ物理攻撃力、物理防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、素早さに対応しているって本当だったんすね! ステータスの高い順に攻撃してきてるっす! 物理攻撃力、物理防御力、魔法防御力、素早さ一番高いのはマスター! 魔法攻撃力が高いのはボクっすから! あいつ、ボクたちの能力に『嫉妬』してるっす!』
ピャミちゃんが興奮したように早口でまくしたてる。
『誰に向かって説明してんだボケ! ほざいてる暇があったら避けろ!』
『申し訳ないっすー!』
跳んできたダイゴに腹を蹴られたピャミちゃんがごろごろと地面を転がる。
瞬間、その上を『嘲笑』の顔をひっつけた大蛇が通り過ぎた。
『フォーメーションレイヴンでいくぞ!』
ダイゴの号令で『首都防衛軍』のメンバーが一斉に動き出す。
それはある種の芸術にまで高められた美しい連携だった。
ダイゴは押し寄せる四本の大蛇のうねりに敢えて自ら飛び込み、まるで波に乗るサーファーのような動きで巧みに敵の攻撃を回避し続ける。
『苦しみ』と『卑屈』の顔をつけた大蛇が口から妖しげな青い霧を吐き出すが、ダイゴは口を引き結びながら剣を振り回し、その全てを吸収した。
やがてダイゴは『不機嫌』と『悲嘆』の鼻先に向けて、吸い込んだ霧を解放する。鼻から思いっきりそれを吸い込んだ二本の大蛇が、混乱したようにダイゴの足下で幾重にも絡み合った。
その隙を見逃さず、前衛の
それは数センチずれればダイゴの爪先を巻き込んでしまうようなギリギリの距離感。
しかしてなお、狂戦士の一撃には何の迷いもない。
猛り怒ったナハルシュレンゲは、残る『苦しみ』、『卑屈』の大蛇を駆って、一気にダイゴと狂戦士を丸呑みにしようと襲い掛かる。
だけど、それでは遅すぎた。
ナハルシュレンゲが反撃に移るよりも数秒早く、『首都防衛軍』の後衛たちはすでに攻撃の準備を終えていたのだ。
魔法使いの杖から無慈悲に放たれた『ライトニング』の集中砲火に『卑屈』の大蛇は消し炭となり、複数の
こうしてナハルシュレンゲは、瞬く間に四本の大蛇を失った。
『死ねおら!』
ダイゴが苦し紛れに再びピャミちゃんを襲いにいった最後の一本――『嘲笑』の大蛇を、仕上げとばかりに斬り飛ばす。
『さすがマスターっす! これで後は本体をぶっ飛ばすだけ――っすうううううううう!?』
ピャミちゃんはそう快哉を叫ぼうとして、眼前で起こった信じられない光景に目を丸くする。
なんと、ダイゴたちが倒したはずの五本の大蛇が、何事もなかったかのように復活したのである。
『ちっ。――もう一回いくぞ!』
ダイゴが舌打ち一つ命令を下す。
ダイゴの指揮の下、再び美しい討滅劇が繰り返される。
しかしナハルシュレンゲもまた、失った大蛇を再生し、戦況は振り出しに戻ってしまった。
『いくらボスモンスターとはいえ、この再生速度は異常だな。と、なると考えられる可能性は……アレか。――おい! 道化なる裁縫士! 聞いてるか!』
ダイゴは一人合点したように頷いてから、俺のデバイスにそう呼びかけてきた。
「はい。聞こえてます!」
『お前はそのキメえ自動人形を下がらせろ! 木が枯れている場所と枯れていない場所の境界までな!』
「はっ? なんでですか?」
『説明してる時間はねえ! いいか! 今からまたナハルシュレンゲの脚を潰すからよく境界を観察しておけよ!』
ダイゴは一方的にそう言い残して通信を遮断する。
「由比。悪いんだけど、ダイゴがこう言ってるから、森に派遣した自動人形の内、一体だけをダイゴの監視用に残して、残りを後退させてくれる?」
「了解です」
由比が自動人形に指令を下し、自動人形が一斉に踵を返す。
こうして俺は訳の分からないまま、寂寞とした枯れ木と、妖しい実がなった木の境い目で自動人形を待機させた。
『おら! おら! おら! ――どうだ!? 道化なる裁縫士!』
ダイゴが再びナハルシュレンゲの下半身をズタボロにして叫んだその瞬間――俺の観察していたデバイスに映る枝という枝から、一斉に果実が落下した。
禍々しいながらも生気に満ちていた木々があっという間にしおれていく。
「木が枯れていきます!」
『やっぱりそうか! ――この森全体がナハルシュレンゲのバックアップ装置になってやがるんだ!』
「どうするんですか!? この感じだと、後1000回やってもナハルシュレンゲは再生しますよ!」
『んなもん、決まってるだろ! 森ごとぶっとばす! ――ピャミ! 出番だ。全力で森に向かってアレをぶっ放せ!』
『おおおおおおおおおおお! いいんっすか!? 本当にやっちゃっていいんすっか!』
ダイゴに踏みつけられ、顔を泥まみれにしたピャミちゃんが起き上がって、やっと訪れた活躍の機会に目を輝かせる。
『ああ! 白目剥くくらいでいけ!」
『了解っす! 『人は億、真砂は兆、阿曽儀の星の那由多の銀河の不可思議宇宙の源は、創世の一閃! 終わりの始まりと始まりの終わりを統べる奇跡! 永遠を無に帰せ! ビッグバンメテオストリーム!』』
ピャミちゃんが長々とした詠唱を終えたその瞬間、太陽と見紛うほどの巨大な火球が空中に出現する。
俺が認識できたのはそこまでだった。
ダイゴの監視用に残していた一体の自動人形が吹っ飛び、映像が途切れる。
離れた場所にいた自動人形でさえ、軒並みそのまま立っていることができずに、地面を転がり、木の幹に身体をぶつけてようやく停止する。更にはその余波が俺の下まで届き、風圧が装甲車をガタガタと揺らす始末だ。
俺が自動人形を配置していたのはピャミちゃんが魔法を撃ったのとは反対の方向のはずなのに、爆風だけでなんて威力だ。
「由比! 自動人形をダイゴの下に戻してくれ! 戦況が動く!」
「はい!」
自動人形が立ち上がり、再びダイゴたちを映せる位置まで移動する。
すでにピャミちゃんの魔法の射線上にあったと思われる森の半分ほどは一面の焼け野原になっており、それでも飽き足らず炎は延焼を続け、今や森全体を灰燼に帰しつつある。
ナハルシュレンゲは下半身の全てと、上半身のほとんどを失い、それでもなお空っぽな頭だけでそこに存在していた。
人間ならば間違いなく生きてはいられない状況だが、そこはさすがのボスモンスター。まだ完全に死んではないらしく、しぶとく首を生やし、再生を始めている。
しかし、その速度は、傍目にも分かるくらいに遅くなっていた。
『最後まで気抜くんじゃねえぞ! 二度と復活できねえように殺して殺して殺して殺せ!』
ダイゴが犬歯を剥き出しにして叫ぶ。
『首都防衛軍』の全員が、ありったけの剣と斧と槍と魔法と矢とを惜しみなくぶちこんでナハルシュレンゲを圧殺していく。
先ほどまでは無限とすら思われた生命力を見せたその異形は、ものの数秒でこの世から跡形もなく消滅した。
『プレイヤー・ダイゴが『ナハルシュレンゲ』を討伐しました』
無機質なシステムメッセージが、ダイゴの勝利を告げる。
『ははははははは! 見たか! 俺たちに敵う奴はいねえ! 『首都防衛軍』こそが、最速! 最強! 最高だ!』
ダイゴは哄笑しながら、執拗に地面を踏み鳴らす。
仲間たちが歓声を上げるその傍らで、勝利の立役者となった『奴隷』こと、ピャミちゃんが、白目を剥き、満足そうな笑みを浮かべて失神していた。
(……やっぱり、すごいな)
俺たちは言葉もなく、ただただその壮絶な戦いっぷりに圧倒されていた。
Quest completed
討伐モンスター
ワイバーン 13
エルドラドゴーレム3
邪竜プドロティス2
ドレイク52
人食い花83
ナハルシュレンゲ1
戦利品
至鋼 60
邪竜の鱗 100
邪竜の血 100
邪竜の爪 20
邪竜の瞳 2
邪竜骨 1
報酬
なし
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