第8話 採用面接
鎌倉はもはや、日本でそう多くはない『歩ける』都市だ。観光を重要な産業としているために、騒動以後もたくさんの冒険者を雇い、完全な安全性を確保している。同じ神奈川県内でいえば、鎌倉と同じくらいの散策を楽しめるのは、県庁所在地である横浜くらいのものだ。もっとも、それは鎌倉駅を中心とした一帯のみの話であり、俺たちが暮らしているようなちょっと外れた住宅街では、やっぱりバス通学をしなければいけない程度の危険性はある。
ともかく、そういう訳で、鎌倉駅から徒歩三分の市役所までの道のりは、俺たちにとっても安穏としたものだった。
しかし、めんどくさいのはそこから。俺たちは窓口の近くにある椅子に、もう一時間程も並んで腰かけている。ギルド名と構成メンバーを書類に記して提出した以降は全くの暇だ。
「あー、ちきしょう。なんだってせっかくの休みにこんなところまで出張らなきゃならんのだ。あー、毛玉屋とか、富士見ボタンとか巡りたい裁縫用具店がたくさんあるっていうのに」
馴染みの店の名前を口にしてぼやく。
「諦めが悪いよ。お義兄ちゃん」
七里がたしなめるように言うが、こいつも大分飽きてきているらしい。少しでも体力を温存するためか、俺に全力で体を預けてきてかなり鬱陶しい。デバイスを起動して、手持無沙汰に無料のパズルゲームで遊んでいる。
「思ったよりも混んでますよね」
由比ちゃんが小声で囁く。私服のワンピースに麦わら帽子という格好が、完璧に似合ってる。『夏』の理想的な光景として永久保存しておくべきだ。
「やっぱ、直接面談っていうのがネックなんだと思う」
ネット環境が発達したこの時代、ほとんどの手続きは直接出向かなくてもできてしまう。しかし、冒険者登録の許可は例外で、地域での活動を認めることは、いわゆる武力の行使を認容することにもつながるため、どの公的機関も慎重になっているようだ。
「はい、では、ギルド『ザイ=ラマクカ』の方々どうぞ」
中年の男性にギルド名で呼ばれた俺たちが連れていかれたのは、プラスチックのブースで仕切られた単純な面談室だった。面談は一人づつ行うらしく、ブースの外にはまた待機用のパイプ椅子が置いてある。
「まずは、リーダーの鶴岡七里さん。お入りください」
「はい! 七里いきまーす」
リーダーと呼ばれたことに満足げに鼻を膨らませた七里が、意気揚々と入室していく。声からすると、面接官は女性らしい。
「七里ちゃん大丈夫でしょうか」
「むしろ、ここで落ちてくれたら楽なんだけどね」
「もう、お兄さんったら」
俺の冗談に、由比ちゃんが小さく笑う。
やがて、十分程経った頃、七里がブースから出てきた。
「次、藤沢由比さん。中へお願いします」
「はい」
入れ替わりで由比ちゃんがブースの中へと吸い込まれていく。
「七里、面談はどうだった?」
「超余裕! やる気満々の私のトークに、面接官の人は『うん、うん』ってただ頷いてたよ」
七里は余裕のVサインをかまして俺の隣に腰かける。
「そうか……やったな!」
俺は満面の笑みで七里の方を叩いた。どうせ七里のことだ。コミュ障っぷりを全力で発揮して、相手の質問にも満足に答えず、一方的に喋り倒したに違いない。これはガチで、冒険者登録不可の希望が見えてきた。
今度は五分くらいで、由比ちゃんがブースから出てくる。
「由比、どうだった?」
「うーん、まあまあ、かな?」
由比ちゃんがはにかみを浮かべる。
「次、鶴岡大和さん。中へどうぞ」
「はーい」
俺は気怠そうな返事と共に、ブースの扉を押し開けた。
「こんにちは。私が担当の小田原です。どうぞ、座って」
中はパイプ椅子が二つあるだけの簡素な造りだった。俺に着席を促したのはやはり女性だったが、思ったよりもずっと若い。まだ、二十歳かそこらと言ったところだろう。きちっとしたスーツを着こなして、紙の挟まったバインダーを太ももの辺りに置いている。
見た目は、気さくな様子の美人といったところだ。
「失礼します」
軽く頭を下げて腰かける。
「何か意外って感じの顔ね?」
「あ、いえ、思ったよりもお若かったんで」
今までも何回か面接を受けたことはあったが、人事を担当する人はみんなわりかし年を食っているイメージだった。
「一応、誉め言葉として受け取っておくわ。ま、私は非正規職員だしね。結構、面接官には若い人もいるのよ」
「へえー、なんつーか、そういうのってもっと上の方の人が決めていると思ってました」
嫌味にならないように気をつけながら言う。自分とさほど変わらない年齢なのに、社会人をやってるのは素直にすごいと思う。
「普通の人事なら責任をとらなくてもいいけど、冒険者認定は命に関わることだからね。いざという時に切り捨てられる人間の方がいいのよ」
「は、はは……」
俺は曖昧に笑った。随分、ざっくばらんな物の言い方をする人だ。だが、ストレートな人間は嫌いじゃない。
「じゃ、質問させてもらうわね。まず、冒険者登録をしたい動機は?」
「義妹の七里がどうしてもやりたいって言うんで、その付き合いです。俺自身はぶっちゃけ、冒険者登録には反対しました」
七里の望みを邪魔する訳ではないが、かといって嘘をついてまで応援してやるような気分にはなれず、俺は正直に答える。
「なるほど……納得したわ」
小田原さんが苦笑した。やっぱり、七里はやらかしたらしい。
「続けて質問させてね。もう一人のメンバーである、藤沢由比さんとの関係は?」
「関係? ええと、七里の親友ですね、まあ、俺も友達といっていいくらいの仲ではあると思います」
「ふむふむ。そういうことね」
小田原さんは、ひとりでに頷き、手元のバインダーに何かを書きこんでいく。
「じゃ、次の質問です。鶴岡くんのスキルはかなりユニークだけど、自分のスキルについてはどう考えているかしら?」
「んー、どうと言われても、趣味の延長線上のものなので、色々な素材で編み物ができるのは興味深いし、研究のしがいがありますね。特にこれからは、新素材が増えてくるでしょうし、早く編んでみたいです」
「本当に編み物が好きなのね。でも、素材も安くはないわ。それに高校生だし、すごくお金が欲しい年頃じゃない?」
小田原さんが試すように見てくる。これは、結構重要そうな質問な気がする。おそらく、冒険者になる第一の動機は金だ。だけど、金銭欲に目がくらむと早死にする、そんなことは誰もわかる。
「正直、金は貰えるなら欲しいです。でも、ぶっちゃけ、素材を買う金くらいなら、俺の作った編み物をカロン・ファンタジアのオークションに出せば十分に稼げるので、危険を冒してまで冒険者になる必要はないです。お察しの通り、俺のスキルの希少価値はあがっているんで。反面、俺のスキルは戦闘用じゃないから、冒険には不向きだと思っています」
「『高校生らしさ』を意識した模範解答をありがとう」
小田原さんが、からかうように笑った。こっちの意図はばっちり読まれていたらしい。
「ばれましたか」
「ふふ……じゃあ、最後の質問です。大和君の目の前で、突然、七里さんと藤沢さんが同時にとっても強くて絶対に敵わないモンスターに襲われました。大和君のスキルでは、二人の内、どちらか一人しか助けることができません。さて、大和くんならどうする?」
「防御力が低く、かつダメージの回復が可能なヒーラーの由比ちゃんを庇い、俺の縫い止めのスキルで敵の動きを封じている間に、全力で敵と距離を取る――のが理想なんでしょうね。たぶん。でも――俺はそんな風には動けないかな」
「それは、どうしてかしら?」
「ゲームと現実は違うからです。ゲームだったら、本当に頭だけで考えて、それをそのまま実行に移すことができる。でも、現実の俺はそんな風に理路整然と動くには、身体も心も未熟すぎます。もし、実際に同じ様な状況になったら、俺は、成す術もなく立ち尽くすか、良くて七里を庇って死ぬくらいが関の山でしょう」
「真剣に答えてくれてありがとう。以上で面談は終わりです。結果が出たらまた呼ぶから、それまで、さっきの待合室で時間を潰していて」
「はい。ありがとうございました」
俺は立ち上がり、深く一礼して、ブースから退出した。
「ねえ、どうだった? どうだった?」
途端に七里がまとわりついてくる。
「んー、さあな。聞かれたことに答えただけだ」
俺は曖昧に言葉を残す。
「それで、結果はいつ出るんでしょう?」
「あ、小田原さんが結果が出るまで待合室で待ってて。だってさ」
「わかりました」
俺たちはゆっくりとまた退屈な待合室に戻って行く。
七里には明言しなかったが、俺はぶっちゃけ落とされるものだとばかり思っていた。やる気に溢れる冒険者が数多いる中で、七里以外は大してやる気もない俺たちのギルドを採る必要もないはずだったから。
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