第9話 審査結果発表

 次に俺たちが呼ばれたのは、それから20分後のことだった。さっきのブースの奥にある正式な受付用のカウンターだ。椅子もパイプじゃなくてもうちょっともこもこしたキャスター式のやつだし、きちんと机もある。


「お待たせしました、さ、座って」


 言われるまでもなく座っていた七里を除く、俺と由比ちゃんが椅子を引く。


「ね、それで、どうなんですか? もちろん、合格ですよね。ね?」


 七里がカウンターをバンバン叩いて迫る。


「そうねー、結論から言うと……合格よ!」


 小田原さんが七里に対抗するようにファイルで机を叩く。ノリが良い人だ――っていうか。


「え? マジで合格なんですか?」


 俺は拍子抜けしたように問うた。


「……」


 由比ちゃんも俺と同じ心境だったらしく、目を見開いている。胡散臭い民間の冒険者ギルドならともかく、公定のギルドの審査はそれなりに厳しいイメージだったのだが。


「だから余裕だって言ったじゃん! さ、早速、依頼のリストを見せて!」


 せっかちな七里が、傲岸不遜に言い放つ。


「まあ、待って。確かに合格だけれど、私はギルド『ザイ=ラマクカ』を公認するにあたって、一つの条件を付けさせて頂きました」


 小田原さんが、そう事務的な口調で言って、俺たちに見やすいように書類を広げる。


「ええと……、『ただし、ギルドリーダーを、現、鶴岡七里から鶴岡大和に変更すること、上記の条件を申請者が承認しない場合、認可を取り消す』、ですか」


 由比ちゃんが小鳥が囀るような声で文章を読み上げる。


「な、なんでですか! ザイ=ラマクカを立ち上げたのは私なのに!」


「適正資格審査の結果です。『ザイ=ラマクカ』は鶴岡大和さんの指揮の下に依頼を遂行する。これが守れないなら、認可はできません。もちろん、認可後に依頼を引き受ける権利も、自主的に免許を返納するかどうかの判断も、大和さんに一任される形になります」


「なにそれ! お義兄ちゃん! 小田原さんに何言ったの?」


 内弁慶の七里が、八つ当たり的に俺を睨み付けてくる。


「だから、素直に質問に答えただけだって。小田原さんもこう言ってるし、嫌なら認可を辞退してさっさと帰るぞ」


 俺はきつめの口調でそう脅す。


 自宅なら七里の甘えも看過できるが、公共の場でわめいて皆の迷惑になるのを放置していく訳にはいかない。


「う、ううー」


 七里が警戒したような唸り声を出す。


「七里ちゃん、あのね――」


「……うん。うん。確かに、うん。由比がそう言うなら」


 そんな様子を見かねたのか、由比ちゃんが七里に何やら耳打ちを始めた。七里は唇を尖らせながらも、何やらしきりに頷いている。


「わかりましたー、お義兄ちゃんがギルドリーダーでいいでーす」


 七里は仏頂面のままそう言って、虚空に指を這わせる。


『ギルドリーダー・鶴岡七里より、リーダー権限移譲の申請が届いています。承諾しますか? YES・NO』


 俺もちらっと、視界の端に映るメッセージを呼んで、YESを押した。


「はい。確かにギルドリーダーの変更を確認しました。ザイ・ラマクカを鎌倉市所属の冒険者として認定します。隣のカウンターで閲覧の申請をすればいつでも見られますよ」


 小田原さんも自分のデバイスを見ているのか、斜め上を見つめながら微笑む。


「良かったね。七里ちゃん!」


 由比ちゃんが七里の手をとって励ます。


「う、うん……そうだね。どうせ、お義兄ちゃんなんて私の言いなりだもんね――、さっ、早く依頼リスト見に行こ!」


 七里がふざけた本音をだだ漏れにしながら、椅子から立ち上がる。


「ふう……」


 俺もそれに合わせて腰を上げるが――。


「あ、大和君はちょっと待って、ギルドリーダーにはサインしてもらいたい書類とかがあるから、ちょっと残ってくれる?」


「あ、そうですか」


 俺は再び腰を下ろす。


「お義兄ちゃん、ざまあ。めんどくさいのは嫌だし、リーダー譲って正解だったかも! さ、由比行こ!」


 もう機嫌を直した七里が、由比ちゃんの手を取って隣のカウンターへと歩んでいく。


「じゃ、こことここにサインお願いね」


 小田原さんがボールペンを差し出してくる。


「はい……、質問いいですか?」


 俺は受け取ったボールペンを紙面に走らせながら問うた。


「何かしら?」


「本当に、俺たちのギルドを認可しちゃって良かったんですか?」


「ふふ、おかしなことを言うわね。申請したのはあなたたちじゃない」


「いや、そういうことじゃなくて……何ていうか」


「自分はこんなにやる気のないのに、通るのはおかしい?」


 小田原さんはこちらの気持ちを見透かしたように目を細める。


「ええ」


「大和君……私たちの仕事の評価が冒険者の活動によって決まることは知っている?」


「知りませんでしたけど、まあ、常識的に考えればそうですよね」


 ぶっちゃけ、認可するだけなら誰でもできる。一定の冒険者の質を担保できるからこそ、登録の意味があるのだから、面接官が責任を持つ評価システムが出来上がるのは当然だろう。


「じゃあ、私たちにとって、評価すべきギルドの『活動』っていうのはどんなんだと思う?」


「うーん、難しい依頼をどんどんこなしている、とか?」


「民間のギルドの場合はそういう所が多いかもね。でも、ウチは公定だからちょっと評価基準が違うの」


「じゃあ、依頼の達成率ですかね。しょぼい依頼でも確実にこなせる人間を欲しているとか」


「近いけど違うわね……正解は、『死亡率が低い』ことよ」


「……」

 小田原さんの真摯な表情に俺は言葉を失う。


「一応、お国のやることだから、『国民の生命と財産を守る』っていうのが建前な訳。だから、死なれるのが一番困るの。みじめでも、無様でも、弱小でも、依頼をキャンセルしてもいい。だけど、死んだらだめ。それが一番大事」


「なら、なおさら、何で認可したんですか。面談でも言いましたけど、俺、戦闘は弱いっすよ」


「ええ。でも、あなたは『弱い』ことをしっかり自覚していたわ。自分の限界を把握した上で、計画を立てられる人だと判断した。だから、あなたをリーダーにすることを条件にギルドを認可したの」


「それって、良い感じに言ってますけど、結局俺が臆病なだけっていう話じゃないですか」

 俺は冗談めかして笑った。


「臆病でいいのよ。はっきり言って、公定のギルドはあまり、未成年の冒険者登録に積極的じゃないわ。これがどういうことかわかる?」


「子供は死にたがりだからお呼びじゃないってことですか」


「大体そんな感じね。中高生っていう年齢は、特に自分には何でもできると思ってしまいがちな年頃なの。ギルドに登録して冒険しようなんていう子たちは特にね。だから、無理してきつめの依頼を受けて大けがしたり、暴力を行使できることに酔ってしまうような事件がもうすでにたくさん起きている」


「ああ、良くニュースとかで見ますね」

 確かに、俺たちは無茶をして死んだ人間のニュースに日々事欠かない。でも、それ以上にマスコミが、難題をクリアした英雄を持ち上げるから、ついつい忘れがちになってしまうのだ。


「そう。だから、大和君も誰かの話の種にならないようにね。せっかくの希少スキルなんだから」


「はい。俺も、無意識のうちに調子にのりかけていたかもしれません……気をつけます」

 俺は下っ腹の辺りに力を込めた。先日のクックを倒した件だって、余裕があったとはいえ安易だったかもしれない。素直に警備員の到着を待った方が、安全で確実だったはずなのだ。


「是非そうして。さらに、あなたはギルドリーダーなんだから、メンバーのメンタルにも気を配ってあげて」


「七里のことっすか? 確かにあいつは厨二病ですからねえ」


「ええ。もちろん、七里さんは分かりやすい注意対象だけれど、あの藤沢って娘にも気をつけないと」


「由比ちゃんですか? でも、彼女は真面目で素直ないい娘ですよ?」


「そう……まあ、あなたたちの方が付き合いが長いのだから、私がとやかく言うことじゃないんでしょうけど、私は何だかあの娘に危うさを感じたわ」


「はあ……」

 そう言われてみれば、一緒に暮らすようになって、由比ちゃんに些細な違和感を覚える機会が増えた。だけど、それを表現する適切な言葉は思い浮かばない。


「ごめんなさい。ちょっと、お説教が過ぎたわね。さ、歯止めがきかなくなる前に、七里さんたちの所に行ってあげて。あ、当たり前だけど、受けられるクエストは自分の一個上のやつまでだからね。君たちでいえば、DかFだけ」


「はい、ありがとうございました」

 俺は深く頭を下げた。仕事とはいえ、ここまで俺たちのことを心配してくれる小田原さんはやっぱり、いい人だと思う。


 椅子から立ち上がり、控えの書類を手持ちの鞄にしまう。そのまま、横すべりの形で閲覧のブースに移動した。


「お義兄ちゃん! これやりたい! これ! 簡単そうだし、冒険っぽくておもしろそう」


 七里が分厚いファイルを開いて見せつけてくる。どうやら、難易度順に分類されているらしい。難易度ごとに、赤、茶色、黄、緑、青の仕切りが挿しこまれている。全部で6つのランクに分類されているらしい。


『クエストランクD 

 タイトル:六国見山の調査 

 依頼主:国立自然科学研究所 

 概要:騒動以降封鎖されている六国見山の現状を調査し、報告書を作成する。いわゆる特定仮想ゲームの影響物(俗称『アイテム』)が採集された場合、国規定の基準で買い取る(別紙1参照)。 

 想定される危険:不明だが、山岳に準拠したモンスターが存在する蓋然性が高いと思われる 

 報酬:報告書の内容により変動』


「却下」


 俺はそう一刀両断して首を振った。


「ええー、なんでー? Dランクだよ。私たちならCランクのクエストは余裕でクリアできるんだから、問題ないでしょ?」


「それは騒動前のゲームの中での話な。今の俺たちはフルスペックが発揮できない前提でクエストを探さなきゃだめだ」


「えー、山って言っても、クソ小さいよ? 確か六国見山って標高200mもなかったじゃん」


「それでもダメ。まず、鎌倉市にあるって言っても、俺たちはせいぜいハイキングで一回か二回いっただけで土地勘がない。それから、出てくるモンスターが不明で、不確定要素があって怖い。それから。山というフィールドだと視界が狭くてモンスターの察知するのが遅れそうで危険」


「じゃあ、お兄さん。これはどうでしょう」


 由比ちゃんが控え目に提案してくる。


『クエストランクF 

 タイトル:小町通り商店街の警備 

 依頼主:鎌倉商工会 

 概要:小町通りの警備をお願いします。毎朝冒険者の方にお願いしている討伐前提の巡回と違い、本依頼は観光客の方々に安心して頂くための示威警備です。もちろん、万が一、モンスターの発生に遭遇した場合、観光客の皆様が避難し、本部待機の討伐要員が駆けつけるまでの時間を稼ぐ、最低限の戦闘力は必要です。

 想定される危険:低レベルモンスターと遭遇する可能性があります(クック・ワイルドハウンド・悪戯キャット等)

 報酬:日給5万円(モンスターを討伐した場合、アイテムは冒険者のものですが、討伐による追加報酬はありません。日給に含まれていると考えてください)』


「うん。俺たちがやるクエストとしては妥当だし、候補としてはありだと思う。バイトとしてもおいしい。だけど、万が一敵に遭遇した場合、俺たちだけで避難の時間を稼げるかな? 複数体の敵に遭遇した場合、前衛職が少ない俺たちだと、堪えきれないと思う」


 観光客を背にして戦うということは、敵の攻撃を全部受け止めねばならず、回避などの行動はとりにくいということを意味している。


「確かにそうですね。さすがお兄さん」


 由比ちゃんが感心したように頷いた。正直、こんな誰でもわかることで誉められるとくすぐったい気分だ。


「さっきから、お義兄ちゃん不満ばっかりじゃん。なんだかんだ文句をつけてクエスト引き受けないつもりじゃないの」

 七里が唇を尖らされる。


「アホか。そんなめんどくさいことするんだったら、ギルドリーダーになった時点で、認可を取り消してもらってるよ。まだ、俺はファイルを良く見てないんだからさ」


 俺は軽口を返して、七里からファイルをひったくる。クエストランクFのところに絞って、ページを捲っていった。


 ……お、これはいいんじゃないか。


「これなんかどうかな」


 俺はページを広げて二人に見せた。


『クエストランクF 

 タイトル 由比ヶ浜海岸の清掃 

 依頼主:鎌倉市都市整備部 概要:騒動以後、市民の憩いの場であり、鎌倉市の重要な観光資源である由比ヶ浜海岸の整備が滞っています。海開きのため、砂浜に打ち上げられたゴミや危険物の回収をお願いします。

 想定される危険:低レベルモンスターと遭遇する可能性があります(クック・テラクック・肉食シェル・毒毒ウミウシetc)

 報酬:80リットルポリ袋一つにつき一万円(モンスターを討伐・素材を採取した場合、アイテムは冒険者のものです)。

 備考:このクエストは、作業の効率性と安全性の観点から、一定の人数の冒険者が集まり次第実施されます』


「えー、ゴミ拾いとかダサイよ。チュートリアルでもないよ、こんなの」


 七里が顔しかめて吐き捨てた。


「いいと思いますけど、初めての本格的な戦闘にしては、結構敵モンスターのレベルが高くありませんか?」


 由比ちゃんが首を傾げる。


 確かに、その疑問はもっともだ。今まで戦ったクックやワイルドハウンドは本当に初期も初期、それこそチュートリアルに登場するような雑魚だが、テラクックや毒毒ウミウシは、初級クラスの敵とはいえ、ゲームの時代でも初心者は気を使わなければいけないレベルの敵だった。


「うん。だけど、戦闘という意味ではいい訓練になると思う。まず、海だと視界が開けているから、不意打ちされる危険性は少ない。由比ヶ浜なら俺たちにも馴染みはあるし、道に迷うなんてこともありえない。ゴミ清掃のクエストだから、無理に敵と戦わなくてもいい。しかも、他の冒険者もいるし、いざとなった時のフォローが期待できる。なによりも大事なのは、逃げ出せば安全地帯の市街地がすぐそばだってこと」

 俺はデバイスで鎌倉全域の地図を表示して、政府が発行している『安全ライン』を確かめる。由比ヶ浜のすぐ近くには普通にマンション群があるので、海岸から一分も走って逃げ込めば、確実に命は保障される訳だ。


「なんか、チキンで冒険者っぽくないなあ」


 七里が髪をいじりながらぼやく。


「いいんだよ。重要なのは『死なない』ことなんだから」


 小田原さんの顔を思い出し、俺は自信たっぷりに言った。

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