第128話 ゴブリンの王国(3)

 やがて、数時間経ち、辺りに夜のとばりが降りた頃、俺たちは再び動き出した。


 さっきと同じく、ダイゴたち首都防衛軍を先頭にして俺たちが後から続く形だ。


「視界を確保しろ」


 ダイゴの命令で、『首都防衛軍』の魔法使いが、『シャインネス』を詠唱する。


 瞬間、装甲車の上に乗っている俺の視界は開けた。


 まるで昼間と同じであるかのように周囲を見渡すことができる。


「では、こちらもウェアブルカメラを暗視モードに切り替えます」


 魔法の効果が及ばない無生物の自動人形も、由比の操作により夜に対応する形となった。


「では、出発しましょう。火砲を撃つタイミングはダイゴさんに任せます」


 俺は呟く。


 あまり火砲を撃つタイミングが早すぎるとこちらが到着する前にホムンクルスたちの反乱が鎮圧されてしまう可能性がある。かといってギリギリだと、ゴブリンたちが反乱の鎮圧より、俺たちの襲撃への対処を優先するかもしれない。


 そこら辺の勘は戦闘経験の豊富なダイゴに委ねた方がいいだろう。


「んなもん。当たり前だろうが」


 ダイゴが当然のごとく吐き捨てて、進軍を開始する。


 30分程進んだところで、二千体ほどのゴブリンと遭遇した。


 警備要員だろうが、随分数が多い。先ほどの俺たちの襲撃を受けて警戒を厳重にしていたのだろう。


 俺たちの姿を見つけた瞬間、ゴブリンたちは戦うでもなく踵を返して本陣へと駆けだした。


 来襲を本国に報告するつもりか。


 こちらに背中を向けて走り続けるゴブリンたちに、ダイゴたちが無慈悲な攻撃を加えていく。


 その大半が絶命し、大地に骸を晒す。しかし、それでも二千体となれば全てのゴブリンを殲滅することはできず、何体かはそのまま逃げおおせたようだ。


 俺は無言でゴブリンの死体からホムンクルスの材料を採集する。


「ゴブリンの走力を考えると、討ち漏らした奴らが本陣に戻るのは20分後くらいだな。そうなると……、火砲を撃つのは五分後だ」


 ダイゴが物足りなさそうに剣を鞘に収めて言う。


 その宣言通り、進軍を続けること五分。


 魔法使いが詠唱を始め、天井付近に『エクスプロージョン』を打ち上げる。


 爆音が俺の鼓膜を震わせた。


 さらに行軍を続けると、再びゴブリンの王国が見えてきた。


 すでにあちこちの住居から炎と煙が上がり、ゴブリンたちの興奮した喚き声が辺りに充満している。


 どうやらホムンクルスたちは上手くやってくれたようだ。


「この機を逃すな! 押し込め!」


 ダイゴたちが威勢よく敵陣に突っ込んでいく。


 ゴブリンたちが迎撃に出てくるが、その勢いは先ほどに比べると明らかに衰えていた。


 増援の数も三分の一程度に減少し、もはや『首都防衛軍』の撃破スピードを上回るほどではない。


 おかげで俺たちも余裕をもってゴブリンの死骸を回収し、次々とホムンクルスを戦場に送り出す作業に専念できる。


 ダイゴがゴブリンの屍の山を築き上げるほどに、俺の造り出すホムンクルスの数も増え、加速度的にこちらに有利な状況ができあがっていく。


 分断され、同士討ちまで始めた敵を各個撃破し、味方のホムンクルスを集め、また次の敵へ。


 そんな戦闘を繰り返すうちに、俺が即席で作り上げたホムンクルスの軍団は、2万匹を超える規模に膨れ上がっていった。


「すでに雑魚を20万匹は潰した! 混乱に乗じて、このまゴブリンキングを殺りに行くぞ! 戦闘が激しくなる! 死にたくなきゃ、てめえは糞箱の中に引き籠ってろ!」


 やがて敵がまともに増援すら派遣できない状況になったところで、ダイゴが叫んだ。


「わかりました!」


 俺は素直に装甲車の中に避難した。


 もう十分な数のホムンクルスは確保できている。無理して外に居続けることもないだろう。


 デバイスを開き、自動人形から送られてくる映像で周囲の状況を把握する。


 ダイゴたちは俺たちがついていくのにさえ苦労するような怒涛の勢いで中心部に向けて突き進む。


 彼らの向かう所に敵はなく、ゴブリンたちが鎧袖一触で粉砕されていく。横合いから俺たちの後ろに回り込もうとしたゴブリンは、ホムンクルスたちに袋叩きにされた。


 増援に駆けつけたばかりの後続のゴブリンが、その光景を見て恐れをなしたように逃げ出す。


 想定していたような激しい戦闘もなく、中心部に近づいているにもかかわらず敵の防衛はスカスカだった。


 このままいけば楽勝か。


 俺たちの間にも、若干の余裕が見え始めたその瞬間――


『来るぞ! 障壁を張れ!』


 ダイゴが何かを察知したかのように叫ぶ。


 同時に無数の矢弾が上空から降り注ぎ、装甲車の屋根を叩いた。


『シャイニングアウトを使え!』


 矢を防ぎ切ったダイゴが、間髪入れずに命令を下す。


 首都防衛軍の魔法使いの杖が閃光を放った瞬間、それまでに何もなかった空間にゴブリンの大軍が出現した。


 その数、およそ二万はいるだろうか。


 今まで相手にしてきたゴブリンたちとは明らかに雰囲気が違う。


 これまでの敵は、武器も陣形もばらばらな、いわば雑兵だった。それに対し、今、目の前にいるゴブリンたちは、歩兵、弓兵、魔法使いと兵科ごとに分かれており、いかにも統率のとれた軍隊を思わせる。


「新手ですか!?」


『ああ。ゴブリンの本隊だ! 闇魔法で姿を隠してやがったな。ゴブリンの癖に奇襲とは味な真似をしてくれるじゃねえか』


 ダイゴがどこか楽しそうに笑い、剣を構える。


 ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!


 同時に野太い怒りの咆哮が辺りに轟き渡った。


「兄さん! 出ました! ゴブリンキングのバスラです!」


「ああ! 見えてる!」


 俺は由比の報告に頷く。


 多数の歩兵を従え、大地を踏み鳴らし、鼻息も歩くこちらにやってくるのは、通常の三倍以上の大きさはあろうかという巨大なゴブリンだった。


 その身長は俺やダイゴを軽く凌駕しているだけなく、横幅があり、相撲取りをさらにごつくしたような風格がある。


 そんなゴブリンキング――バスラは、奇襲をダイゴに悟られた腹いせとばかりに自身の方に逃げ出してきたゴブリンの首を捻ると、何の躊躇もなく頭からバリバリと咀嚼した。


 それまで右往左往していた雑魚のゴブリンたちも、恐怖からか一斉に身体を硬直させる。


 ポポポポン、ポポン、ポポポポポン!


 バスラがだだをこねる子どものように地団太を踏み、腹太鼓を鳴らす。


 それを合図としたように、バスラの軍隊の前衛たちが耳障りな鬨の声をあげ、ダイゴたちに襲いかかった。


『死ね!』


 ダイゴを含めた『首都防衛軍』の前衛たちがバスラの軍隊の前衛と斬り結ぶ。


 もちろんダイゴたちの相手にはならず、歩兵たちは次々と大地に屍を晒していく。


 しかし、それまでは一山いくらな感じで吹っ飛んでいた雑兵に比べると、随分と健闘していた。歩兵たちは正面で仲間が屍を築いている間に、徐々にダイゴたちを包囲しようと陣形を展開していく。


「由比、瀬成! 前衛の援護を!」


「はい!」


 自動人形を増援に回し、何とか前線が崩壊しないように支援する。


「敵は中々、強いですね……」


 戦場を観察していた由比がぽつりと漏らした。


「うん。まるで別のモンスターみたいだね」


 俺は頷いた。


 一体一体は弱くても、やはり集団の力というものは侮れない。


 ゴブリンの弓兵がタイミングよく矢を放ち、『首都防衛軍』の魔法使いの詠唱をその完成寸前に妨害する。


 ゴブリンのシャーマンたちは、勢いの激しいダイゴと相対する歩兵を躊躇なく斬り捨て、包囲網を展開する味方だけを重点的に魔法で支援している。


 引くべき時に引き、攻めるべき時に攻め、ダイゴの圧倒的な力を前にしても、陣形にはまるで乱れがない。


(やはり、それぞれの兵科にいる指揮官たちが有能なのか)


 俺はバスラの軍隊に視線を遣る。


 それぞれの兵科には、1000体に1体くらいの割合で、バスラよりは小さいが、普通のゴブリンに比べれば倍近く大きい個体がいる。どうやらそいつらが指揮官の役割を果たしているらしい。


「やっぱりそんな甘くはねえな。一旦退くぞ!」


 ダイゴの決断は素早かった。


 一~二分も戦わない内に、戦況を見切ったのか早々に撤退を通告する。


「いいんですか!?」


「ああ。雑魚敵をほとんど潰したっていうだけで今日の戦果は十分だ。敵が混乱から回復した以上、戦闘を継続しても効果は薄い!」


「わかりました!」


 いくら弱いゴブリン相手といっても、ダイゴたちはここ5~6時間もの間、ずっと戦いっぱなしだ。対して敵は全く疲労がない状態で俺たちと対峙している。そう考えれば、撤退は賢明な判断だろう。


『よしっ。じゃあこれから俺様たちが一斉に攻撃スキルをかますから、てめえは同時にホムンクルスの内のいくらかを突っ込ませて殿しんがりにしろ!』


 ダイゴたちが防御を度外視して攻勢に出る。


「了解です! ――俺の装甲車より前にいるホムンクルスは敵を食い止めてくれ! それ以外は一緒に撤退だ!」


 俺は装甲車の扉を開けて、外に向かって叫んだ。


 ダイゴたちの火力にひるんだゴブリン軍団に、およそ5000体のホムンクルスが突っ込んでいった。


 彼らが必死で奮戦している内に、俺たちは戦場を後にする。

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