第127話 ゴブリンの王国(2)

 ダイゴが剣を一振りするだけで、数十体のゴブリンが身体をバラバラにして絶命していく。


『現在、殲滅率0・1……0・2……0・3%。クリア条件未達成です。』


 開戦の合図をするように、敵の残存兵力を示すカウンターが、ゆっくりと増加しはじめた。


「瀬成。このアイテムを使って、ゴブリンをどれだけ引き離せるか試してくれ」


 俺は臭い袋の封を切り、瀬成の宿った自動人形に投げ渡す。


 自動人形はゴブリンの一団に横合いから近づいていく。


 鼻をひくひくとさせた20~30体くらいのゴブリンを引き付けることには成功したが、この程度では焼け石に水にしかならない。


 何百体もある自動人形全部に、一斉に臭い袋を使わせれば効果はあるだろうが、さすがにそこまでアイテムの残数に余裕はない。ここはやはり用意していた作戦を実行するしかなさそうだ。


「由比、ダイゴが殺したゴブリンの中から、比較的損傷の少ない綺麗な個体を俺のところまで運んできて。瀬成は臭い袋を放棄してから、ダイゴの討ち漏らした敵がこちらに来ないように警戒してくれ」


 俺は由比と瀬成にデバイス経由で命令を下した後、自動人形が運んできたゴブリンの遺骸を片っ端から解体してパーツを収集していく。


「おい! 早くしろ! どんどん増援が来るだろうが! 囲まれるぞ!」


 ダイゴたちは一秒で二百体くらいのゴブリンを殺しているが、敵はその倍くらいの速度で増えている。


「もう大丈夫です! 予定通り魔法で目隠しをお願いします!」


「おら! 詠唱してやれ!」


 ダイゴの命令で、首都防衛軍の魔法使いが『ダークネスミスト』を発動する。


 その名前の通りの黒い靄が、前方の数百体のゴブリンを覆った。


 俺はその魔法に合わせて『錬金』に属するスキルの一覧から、『素体錬成』をタップする。


 今までにかき集めたゴブリンの身体の各パーツを選択し、合成用の触媒と錬成用の容器をセットし、準備は完了。


 『新たなる生命100体を創造しますか? YES or NO』という最終確認に、YESを押した次の瞬間、俺の目の前に、たくさんの裸のゴブリンたちが出現した。


「……」


 ゴブリンたちは攻撃してくることもなく、無言のままその理知的な瞳で俺をじっと見つめている。


 外見こそ普通のそれと同じだが、もちろん、こいつらの中身はただのゴブリンではない。


 複数のゴブリンの生体パーツを凝縮・合成し、知能や戦闘能力を大幅に強化した人造生物――いわゆるホムンクルスというやつである。


「まずは目の前にある腰みのをはけ。片面に赤い染料でマークを記してあるから、そちらが内側になるようにしてくれ」


 俺はホムンクルスたちに初めての命令を下す。


 彼らは素直に頷き、俺があらかじめゴブリンの死体から回収し細工を施しておいた腰みのを手早く着込んだ。


 ちょっとほっとする。


 人造生物は創造主に絶対服従であると頭ではわかっていても、見た目がまんまゴブリンなので、襲われないかちょっと心配だったのだ。


(もっと強いモンスターを作れれば、百人力だったんだけどな……)


 一階層で遭遇した凶悪なモンスターたちを思い出し、俺は嘆息する。


 俺の錬金術のスキルはカンストしているから、技術的にはゴブリンよりももっと強いホムンクルスを製造することは可能である。


 だが、ホムンクルスを製造するには、当然材料が必要だ。しかも、それには対象の身体を構成する全てのパーツが揃っていなければならないという制限がある。そのため、現実的には個体数が少ない強大なモンスターを作ることは不可能に近かった。


 あのダイゴでさえ、エルドラドゴーレムや邪竜プドロティスクラスを相手にすれば、手加減して傷をつけないように倒すのはできないのだ。俺のような生産職に、それができようはずもない。


 まあ、ないものねだりをしてもしょうがない。


 今ある戦力でベストを尽くそう。


「お前たちの担当は西だ。敵の中に潜み、夜を待て。時が来たら火砲を上げて合図をするから、その際には一斉に決起し、敵陣を混乱に陥れろ。その際、敵と味方の区別がつくように、腰みのをひっくり返して穿くように」


 俺の指令に、ホムンクルスたちは企業説明会にやってきた就活生並の頻度で従順に頷く。


「では最後に、買収用のソーセージを渡しておくから、決起までに、なるべく他のゴブリンを味方につけておくように努めてくれ。なお、一本だけ赤いソーセージがあるが、それは火炎瓶だ。破壊工作に使え」


 俺は続けてそう指示を出し、ゴブリンたちに『料理』スキルで製造しておいた数珠形じゅずなりのソーセージを配る。もちろん、これまでの道中で手に入れた、ゴブリンやその他諸々のモンスターの血肉を混ぜて作った餌なので、人間が食べれるようなものではない。


「ギャ」


 ホムンクルスたちは頷いて小さく鳴くと、ソーセージの束を腰に巻き付け、腰みのの下に隠した。

 それから、彼らは暗黒の靄にまぎれて、迷うことなく敵の陣へと歩いていく。


 やがてダークネスミストの効果が切れた時には、俺の目から見てもどれが本物か分からないほど、ホムンクルスはゴブリンの群れに埋没していた。


 そして、再びダイゴたちによる殺戮と、ゴブリンたちの物量作戦が始まる。


 俺はまたゴブリンの死体を回収し、せっせとホムンクルスを作り出しては、送り出す作業を繰り返した。


 しかし、やがてそれにも限界がくる。


 ゴブリンたちの物量は、ダイゴたちの圧倒的な火力をも凌駕し、瀬成や由比の操る自動人形の一部を増援に回しても、対応できなくなってきた。


 このままでは、ゴブリンたちに後ろに回り込まれ、包囲される状態になってしまうかもしれない。


「これ以上は無理だ! 撤退するぞ!」


 ダイゴが浮遊し、180度旋回する。


「わかりました! ――由比。全速転身!」


 俺もゴブリンの死体を放置し、装甲車の上によじ登った。


 装甲車を操縦する自動人形が縄を握り、急速回頭する。


 嵩に回ったゴブリンたちが、ここぞとばかりに追撃してきた。


 その数、ざっと5000体はいるだろうか。


 俺は縫い止めを放ち、数十体の敵を一網打尽にしたが、その程度では焼け石に水だ。


「ピャミ! 撃て!」


「はいっす!」


 ピャミさんの『ビッグバンメテオストリーム』が炸裂し、ゴブリンの九割方を壊滅させる。


『現在、殲滅率3・5%。クリア条件未達成です』


 殲滅率が一気に2%程はね上がる。しかしまだまだ先は長い。


 ダイゴが、気絶して落下しそうになったピャミさんを肩に担いだ。


 ゴブリンの中にはまだ生きている個体もいたが、ピャミさんの魔法の威力に恐れをなしたのか、それ以上追跡してこようとはせず、恨みがましくこちらを睨むばかりだ。


 そのまま俺たちは、一時間ほどかけて、安全圏まで後退した。あらかじめ俺がその辺の土を採取し、『建築』で構築しておいた防衛陣地だ。


 何重もの防壁に加え、落とし穴などのトラップもたくさん設置してあるから大丈夫だとは思うが、それでも自動人形で周囲の警戒は続けながら、俺は仲間たちと交代で夜に備え身体を休めることになった。


 その合間を縫って、俺は次の戦に向けての準備をする。


 まずは先ほどは使いきれなかった材料で新たにゴブリン型のホムンクルスを10体ほど増産する。


 さらに、一階層で倒したエルドラドゴーレムから採取した金属などを使い、ホムンクルス用の武器や防具を生産した。


「使い心地を確かめて、一番よかったやつを指さしてくれ」


 俺は地面に並べた装備品の数々を示して言う。


 ホムンクルスは俺の命令通りに装備を着脱したり素振りをしたりした後、それぞれのベストを指さした。


「やっぱりあんまり重いのはダメか」


 それぞれがベストに選んだ武器に個体差はあるが、防具でいえばフルプレート、武器でいえばロングソードのような金属を多めに使った重い装備に人気がないことは共通していた。


 ゴブリンの強さは敏捷性にあるから、そのメリットは殺さない方がいいということだろう。


 俺は鎧系の生産は止め、金属繊維と普通の繊維を織り交ぜた混紡の衣服を防具とした。


 武器はゴブリンの背骨を削って柄にしたものに、金属の穂先を取り付けたものにすることで落ち着いた。


 今度からはこれらの装備をホムンクルスたちに与え、さらに戦力を増強することにしよう。


「一応、あれもやっておくか……」


 俺はさらに10体ほどのゴブリン型のメスのホムンクルスを創造する。


 先ほどのホムンクルスは適当に作ったが、今度は意識的にそれぞれの個体の容姿に差をつけた。


 耳が長かったり短かったり、目が大きかったり細かったり、太っていたり痩せていたり、身体を構成する各パーツごとに区分けして、特徴をつけてある。


「どの子が一番魅力的か選んで指さしてくれ。その際、どこが魅力的だったかも併せて示すように」


 ギャ。


 ギャギャギャ。


 ギャ。


 ホムンクルスが熱烈に議論を始めた。


 何か知らないけどめっちゃ盛り上がってる。


「……なにやってんだお前」


 俺の前を横切ったダイゴがこちらを怪訝そうな目で一瞥する。


「生態チェックです。ゴブリン目線で惹かれるメスっていうのはどんななのかなと思って」


 もちろん、ホムンクルスは俺が創造した生命体だが、脳みそは基本的にゴブリンのやつをそのまま流用している。嗜好もそんなにかわらないだろう。


「……お前、マジで変態趣味に走ったんじゃないだろうな」


 ダイゴが物陰で立小便しながら、引き気味に言う。


「何と言われても構いません。備えあれば憂いなしですから。――っていうかトイレなら余所でやってくださいよ」


「うるせえ。どこで出そうが俺様の勝手だ」


「ったくもう。――で? 決まった? ふんふん。なるほど」


 堂々と足を開いて放尿するダイゴに呆れつつ、俺はホムンクルスたちからゴブリンの嗜好を探る。


 これもやはり嗜好に個体差があったが、それでも大体ゴブリン目線での美人のスタンダードが見えてきた。


 耳は長い方が良く、目は細ければ細いほど良く、鼻は低く潰れた団子鼻が大人気。胸も腹も尻も、とにかく豊満であればあるほどいいらしい。


 人の好みもそれぞれだが、テレビドラマに出演しているような女優を人間のスタンダードな美人とするなら、その真逆がゴブリンの好みであるようだった。


「クソゴブリンのミスコンは終わったか? だったら試し斬りに使わせてくれ」


 トイレを終えたダイゴが、わくわく顔で剣を抜き放つ。


「やめてくださいよ。貴重な戦力なんですから」


 俺はホムンクルスたちを庇うようにダイゴの前に立って言った。


 容姿としては決して愛玩したくなるようなタイプの生物じゃないのだが、それでも自分で作ったホムンクルスだと不思議と可愛く見えてくるのだ。


 もちろん俺は彼らをこれから死地で戦わせる訳で、そんな感傷はただの偽善に過ぎないのだが、それでも無闇に殺す気にはなれない。

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