第126話 ゴブリンの王国(1)

 こうして俺たちは西に向けて出発した。


 一階層はダイゴが先行し、俺たちが後からついていく形をとっていた。しかし、2階層では出現するモンスターが俺たちでも対応可能なレベルであったため、『首都防衛軍』に決戦まで力を極力温存させるために、前後を逆にする形での進軍となった。


 最前線に立つことになった俺たちだったが、相手にするのはゴブリンといえども決して油断はしない。草むらを見かければ焼き払い、ちょとした岩陰も一々きちんと確認し、慎重に行軍をする。


 いくらゴブリンの知能が低いとはいえ、小部隊を使って奇襲や警戒をさせるくらいの作戦はとってくるからだ。


 さらに、時間の変化があるのも厄介だった。


 1階層目とは違い、2階層は24時間の間に、天井の鏡面が朝、昼、夜と刻々と変化するため、時間帯によって敵を発見する難易度が全然変わってくるのである。


 そして、その任務にあたり、自動人形は大いに活躍した。


 奥多摩では山狩りや領地の見回りに自動人形を使用していたこともあり、こういった偵察・哨戒任務などは俺たちの得意とするところなのだ。


「洞穴に十体のゴブリンを発見しました。ただちに討伐します」


 由比が新たな報告を俺にもたらす。


 彼女の指示で動き出した自動人形が、洞穴の出口に何重にも包囲網を敷いて敵の退路を断つ。やがて、瀬成の宿った自動人形によって、ゴブリンの一団は成す術なく壊滅させられた。


「わかった。じゃあちょっと必要なアイテムを採取してくる」


 俺はそう伝えて装甲車を出た。


 入り口からでも奥の行き止まりが見えるほどの小さな洞穴に、ゴブリンの死体が散乱している。


 俺は手にした巨大針でゴブリンを突いて、その死亡を一体一体確認して回る。体長は人間の子どもくらいだが、その醜悪に歪んだ顔や、茶色く汚れた爪などの特徴は、やっぱりモンスターといった感じだ。


 それだけ確認すると、俺は武器を巨大針からナイフに持ち替え、『解体』を発動する。


 lv99にまで達したその生産スキルは、ゴブリンの血肉と臓器を余すことなく完璧に選り分ける。俺はそれらの素材をオスメス別にアイテムボックスへと収納した。


『またゴブリンが出たのか。ゴブリンフェチの上に猟奇趣味とは、中々上級者だな。道化なる裁縫士は』


 行軍が停止したのに気が付いたのか、ダイゴがデバイスに通信を入れ、くだらない冗談で俺をからかってくる。


「笑えない冗談はやめてくださいよ。ちゃんと作戦の内容は説明したじゃないですか。これは攻略に必要な作業なんです」


 全ての解体を終えた俺は、肩をすくめて洞穴を後にする。


 制限時間的にも、精神衛生的にも、このゴブリンの王国はさっさと滅ぼすしかない。



                    *



 行軍は順調だった。


 山や川といった、移動しにくい地形を通らなかったこともあるが、進行のスピードが上がった理由として一番大きいのは、一階層のエルドラドゴーレムのようなボスクラスの力をもった雑魚モンスターが出現しなくなったことだ。


 ダイゴなんかは、「ちっ。扱いやすい雑魚が湧けば、奴らを釣って糞ゴブリンにぶつけて攻略で楽できるのに」などと不満を漏らしていたが、戦闘を首都防衛軍に任せて、彼らに守られる状態に甘んじている俺たちとしては、遭遇する敵は弱い方が安心だ。


 それでも、途中何度かゴブリン側からの襲撃はあったが、由比が全て事前に発見し、十分な余裕をもって対処したため、こちらへの損害は皆無だった。


 やがて、敵と遭遇する回数が増え、警戒網が厳重になってきたところで、俺たちと『首都防衛軍』は再び前後を入れ替え、決戦に備える。


 こうして約二日間の旅程の末、俺たちはゴブリンの王国へとたどり着いた。


 天井の擬似太陽が示すのは昼と夕方の中間。日本の時間感覚に無理矢理変換するとすれば、春の午後三時くらいのイメージだろうか。


 城壁みたいな防衛設備はない。しかし、彼らの岩や木の枝を適当に組み合わせて作った住居は、中心部に行くに従って豪勢になっているので、それなりの秩序があることをうかがわせる。


 驚くべきはやはりその王国の広大さだろう。


 ゴブリンの住居は、まるで水平線のように、俺の視力の限界を超えたはるか先にまで存在している。この最奥にゴブリンキングがいるとすれば、そこに至る道程はかなり厳しいものになるだろう。


 ――もっとも、正攻法でぶつかると仮定しての話だが。


『ちっ。予想通り、頭のおかしい数だな。ゴブリンの奴、少なく見積もっても30万体はいやがるぞ。めんどくせえ』


 浮遊して、上空から王国全体を俯瞰したダイゴが舌打ちと共に吐き捨てる。


「なら、いっそのこと『首都防衛軍』の皆さんで空を飛んで行って、このまま中心にいるゴブリンキングを奇襲したらどうですか。そしたら、一瞬でミッションを達成できるかもしれませんよ」


 装甲車の上に乗って戦況を観察していた俺は、冗談めかしてダイゴの通信に応える。


『うるせえ。ゴブリンにだって魔法や弓を使える個体はいるんだよ。一体一体は雑魚でも、何千、何万の矢弾をしのぎ切るなんて不可能だろうが』


「そこは、ピャミさんの一撃で何とか……」


『てめえ、わかってておちょくってんだろ? 勝利条件が「ボスモンスターを倒せ」だったら躊躇なくそうしてやるんだがな。今回、出現したのはゴブリンキングの『王国』だ。リーダーを殺しただけではどうにもならない可能性が高い』


「ですね。もしボスモンスター討伐だけでミッションがクリアできるならば、一階層と同じように、単純に『『暴虐なるゴブリンキング バスラ』が出現しました。』と表記するだけでいいはずですから。わざわざ『王国』とか、殲滅率の表記をつけている以上は、やっぱり地道に敵の30万体いる戦力全体を相手にしなくてはいけないということですかね」


 俺たちが天空城に踏み入った時に終末機構が送ってきたメッセージには、『試練を果たせ』としか書いていなかった。


 一階層目の場合は、七つの大罪とボスモンスター七体が見事に照応していたので何をすればいいかがわかりやすかったが、2階層目の場合、なにをもって『地上の王国』を攻略したことになるのかが曖昧である。一階層のようにボスモンスターを倒せば決着するのであれば簡単だ。しかし、今回のミッションに、全体の敵の一定数以上を滅ぼさないといけないなど付加条件があった場合、特攻した後が怖い。


 弔い合戦に燃える20万体のゴブリンに追い掛け回されたら、次の攻略対象を目指すどころではないし、いくらダイゴたちとはいえどもひとたまりもないかもしれない。


「てめえ、やっぱり分かってて聞いてんじゃねんか。殺すぞ」


「一応、認識を共有したかっただけですよ。それより――ほら、早速敵が出てきますよ」


 俺は睨みつけてくるダイゴにそう言って、前方を指さした。


 俺たちの存在に気が付いたゴブリンたちが、ぞろぞろとみすぼらしい住居から出てくる。


 目算で、2000~3000はいるだろうか――などと数えることに意味はない。ゴブリンは波が伝播するがごとく、一秒ごとに増殖を続けているのだから。


 そのほとんどは行軍中に会ったようなボロ布で下半身しか覆っていないタイプの雑魚ゴブリンだ。だが、中には粗末ながらも木製の鎧を着て、こん棒を装備したリーダー格らしい個体もいた。


「ちっ。しゃあねえ。始めるか。変態趣味の成果は問題ないだろうな?」


 地上に降りてきたダイゴが、剣を構えながら問う。


「準備はできています。ですが、一応、最初は正攻法で敵をアイテムで釣って各個撃破できるか試してみましょう。ゴブリンの素材サンプルももう少しあった方がいいですし、ダイゴさんはしばらくは普通に戦ってください」


「俺に命令すんじゃねえ。もしお前の作戦がトチったら、クソゴブリンどもを全部なすりつけてやるからな」


 ダイゴは憎まれ口を叩きながらも、首都防衛軍のメンバーを従えて最前線に立った。

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