第125話 三つの王国

 もはや全てのボスモンスターを倒した一階層に用はなく、一行は二階層目指して一心不乱に突き進んだ。


 各国が一体になったおかげで、行軍は順調。丸三日経った頃には、階層の終点を視界に捉えるに至る。


 例の気色の悪い大扉はすでに開いており、二階層目の『地上』へとつながる階段が上へと伸びていた。


 アメリカ、中国、そしてダイゴを先頭とした俺たち日本のギルドが、お互いに譲ることなく、横一列で階段を登っていく。


 なお、装甲車は一時的にアイテムボックスにしまってある。


 息をきらして何百段もある階段を登り切り、ようやく俺たちは2階層目に一歩踏み出した。


「なんか、すっきりした感じがしない? 広くなったっていうかさ」


「1階層目はどうにも陰気でしたからね」


「うん。『地獄』に比べれば、少なくとも『地上』の方が見た目はマシってことだね」


 俺も瀬成や由比と同種の解放感を覚えていた。


 一階層の天井は圧迫感のある水晶だったが、今やそれはでこぼこのない鏡面に変わり、そこには本物と見紛う青空が一面に広がっている。その中ほどには、ご丁寧に燦然と輝く太陽までが模倣されていた。


 地面にも瑞々しい青草が生えており、一階層のような荒涼とした印象は受けない。


「確かに、精神衛生上は2階層目の方がよさそうですが、腰越さんがおっしゃった広くなったという感覚は錯覚です。天空城は四角錐型になっているので、計算上は上に行けば行くほど狭くなっていくはずですから。仮に天空城全体の高さが三階層で等分されているとすると、2階層目の面積は、1階層目の40%ほどになっていると思います。ちなみに三階層目は約10%です」


 礫ちゃんが冷静に分析する。


「そうだね。狭い面積に強い敵が凝縮しているはずだから、油断せず気を引き締めないと」


 俺は自分自身に言い聞かせるように呟く。


 やがて、全ての国の英雄たちが階段を登り切ると、再びメッセージがデバイスにポップアップしてくる。


 

 西の原野に『暴虐なるゴブリンキング バスラ』の王国が出現しました。現在、殲滅率0%。クリア条件未達成です。


 北の丘に『偉大なるウェアウルフキャプテン ブリッツ』の根城が出現しました。現在、殲滅率0%です。クリア条件未達成です。


 東の森に『聡明なるエルダーエルフ ソフォス』の首長国が出現しました。現在、殲滅率0%です。クリア条件未達成です。

                                              』


「oh! ポピュラーなモンスターばかりだね。まさに、種族間の生存競争って訳だ」


 メッセージを見たチーフが、そう意気込んで力こぶを作る。


「……考えたんだけどよ。このまま競争に突入したら、また俺たち三つのチームが一つずつ国を滅ぼして、引き分けになる可能性が高くないか? 仮にどこかのギルドが早く敵をぶっ殺して、次のボスをぶっ殺したいと思ったとしても、先にそのボスの攻略にかかっているチームは、後からきたチームに道を譲ったりしないだろ?」


 ダイゴがもっともらしくそう語りかける。


「humm……確かに、ミスターダイゴの言うことが正しい。人が手をつけたモンスターは横取りしないのがカロンファンタジアのグッドマナーだからね」


 チーフがしばらく考えてから呟く。


「ああ。そこで、だ。それぞれの国の攻略に制限時間を設けたらどうだ? あんまりチンタラしている雑魚は潔く退くルールにしようぜ」


 ダイゴが公平中立な善人面でそう提案した。


「確かに一理ある。制限時間の残りは約310時間だ。各階層ごとに面積が減り、行軍時間が短縮されているとはいえ、余裕のある数字とは言いがたい。速やかに攻略を遂行できないギルドは、他者に機会を与えるべきだ。3階層の攻略も考慮にいれると、今から四日間を期限にするのが妥当だと考える」


 黒蛟が客観的な口調で告げた。


「OK! それじゃあ、4daysで攻略できなければチェンジするので決まりだ。エネミー《敵》の国は全部で三カ国。なら当然、一階層で二体のボスモンスターを倒したミーとチャイナとジャパンの三つのギルドに、まず攻略の優先権が与えられることになるな」


 チーフが有無を言わせない調子で言う。


「無論だ。しかし、俺たち三つのギルドの内、誰がどの国に攻め込むかはどうやって決定する?」


 黒蛟が目を細め、ダイゴとチーフを見遣る。


「time is money! あれこれ考えているのは時間がもったいない。さっさと、Rock-paper-scissorsじゃんけんで決めたらどうだい? 勝ったギルドが、好きな攻略対象を選ぶんだ」


「猜拳か。いいだろう」


「ちっ。しゃーねーな」


 チーフの提案に、黒蛟とダイゴが頷く。


 三人が前に進み出て、こぶしを突き出した。


「では、始めよう。Rock-paper-scissors!」


 あいこ。


 あいこ。


 あいこ。


 あいこ。


 そして、ようやく四回目に決着がつく。


 ダイゴと黒蛟はパー、チーフはチョキ。


「ha! ha!ha! やはり幸運の女神はステイツに味方しているようだ。では、ミーはウェアウルフを選ぶよ。モンスターごときが『キャプテン』を名乗るのを許していては、偉大なる先輩ヒーローに申し訳が立たないからね! ――では、諸君! グッドラック!」


 チーフは冗談っぽくそう言って、早速、アメリカとそれに従う国々の勢力を率いて東に向けて出発していく。


 アメリカ、中国、日本以外のチームは、一階層のボスモンスターの討伐競争で敗北したから、もう可能性の束を入手する優先権を失っている。だから、大国にくっついていって助力することで、少しでもおこぼれを貰う作戦に切り替えたのだろう。


「続けるぞ」


「ああ」


 黒蛟とダイゴが頷きあって、再び拳を繰り出す。


 あいこ。


 あいこ。


 ダイゴがグーで、黒蛟がパー。


「……我々はエルフを狩りに行く」


 じゃんけんに勝利した黒蛟は、短くそれだけ言い残し、中国の戦力と、アメリカに従わなかった残りの勢力をまとめあげ、北へと旅立った。


「ちっ! ちっ! ちっ! これだから運ゲーは嫌いなんだ」


 ダイゴが不愉快そうに舌打ちしながら俺たちの所に戻ってくる。


「俺たちの敵はゴブリンキングですか……。でも、案外悪くないんじゃないですか? エルフとウェアウルフとゴブリンを比較すれば、一番種族として弱いのはゴブリンですし」


 俺はダイゴを慰めるようにそう話しかけた。


「なに言ってんだボケ! てめーは何もわかってねえな」


 ダイゴが頭を掻きながら、呆れたように吐き捨てる。


「どういうことですか?」


「確かに、単体で考えればゴブリンは今回の三種族の中では一番の糞雑魚だし知能も低い。だが、あいつらは繁殖力が半端なくて、数だけは圧倒的に多いんだよ。今回の攻略は戦闘じゃなくて戦争だ。つまり、物量がものをいう世界だぞ。どんなに敵が糞雑魚でも、戦略的に何千、何万と束になってかかってこられれば、倒すのに時間がかかる。特に俺たちのような人数が少ないギルドにとって、消耗戦は不利だ」


 ダイゴが出来の悪い生徒に教え諭すような口調で言った。


「なるほど。アメリカと中国は、それが分かってるから、敢えてゴブリンを選ばなかったんですね」


 俺は納得して頷く。


 アメリカ勢と中国勢は、元から人数が多いことに加え、優先権を得られなかった他の国々の戦力も併合し、かなりの頭数を揃えている。それに対して、日本勢は本当にダイゴの首都防衛軍と、俺たちのザイ=ラマクカだけ。


 呆れるくらいの物量差だ。


「ああ。ご丁寧に俺様の提案で時間制限までつけてやったからな。あいつらは暗黙裡に結託して、俺たちの時間切れを狙っている訳だ。上手くいけば、雑魚敵だけ俺たちに露払いさせて、おいしいところをかっさらえる。――まあ、クソ奴隷がミスさえしなけりゃ、今頃俺様たちは三体のボスモンスターをぶっ殺して競争に勝ってた訳だから、奴らが警戒するのは当然だが」


 ダイゴが苦々しげに呟く。


「事情は理解しました。でも、それを加味した上でも、やっぱりゴブリンが敵でよかったと思います。奴らが相手なら、少しは俺の出番もありそうですから」


 俺はスキルリストを眺め、冷静に呟いた。


 生産スキルしかもたない身で戦場に赴いたからには、戦力を確保する手段は色々考えてある。ボスモンスタークラスには効かなくても、ゴブリン相手ならばいくらでもやりようはあるはずだ。


「ほう。また曲芸を思いついたって訳か。道化なる裁縫士?」


 ダイゴが興味深げに口角を吊り上げる。


「まあ。そんなところです。とりあえず、時間がもったいないので行軍しながら話しましょう」


 俺はそう言って、アイテムボックスから装甲車を取り出す。


 ヴェステデゼール戦での貢献に加え、今回考えている作戦が上手くいけば、俺たちもようやく『首都防衛軍』の寄生という立場から抜け出せそうだ。


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