第124話 ロールプレイング
ヴェステデゼールを討伐した俺たちは、憤怒の砂漠を抜け出した先にある平原で、早々に野営した。
慣れあうほど近くはないが、視認できる程度の距離に、他の国のギルドのキャンプが散在している。
特に示し合わせた訳ではないのだが、目的地が同じ新階層なだけに、必然的に行軍ルートは似てくるので、結果、出発時と変わらない大勢力がそろい踏みすることになったのだ。
もちろん『首都防衛軍』だけでも十分強いのだが、人数が多いとどことなく安心感があった。
『おい。道化なる裁縫士。聞こえるか』
シャワーで砂漠でかいた汗を落とし、もうそろそろ休もうかと思っていた頃、デバイスにダイゴからの個人通信が入る。
「はい。なんですか?」
『クソ奴隷を俺のところまで連れてこい』
ダイゴが短く用件を口にする。
「まだ寝てますけど」
俺は気持ちよさそうによだれを垂らしながら眠りこけるピャミさんを一瞥して答える。
『いいから連れてこい』
ダイゴは苛立たしそうにそう繰り返した。
討伐戦終了後、気絶したピャミさんは、そのまま俺たちの装甲車に収容されていた。
ちゃんと手柄を立てたのだから、さっさとダイゴがピャミさんを引き取っててくれれば万事それで解決していたはずなのだが、彼はピャミさんをスルーして、そのまま行軍を続けたので、そうするしかなかったのだ。
ダイゴがすぐにピャミさんを回収しなかった理由はよくわからないが、まあ、おそらく、彼も仲間にピャミさんを復帰させることを説明し、納得させる時間が欲しかったのだろう。
それが終わったから、今こうして俺に声をかけてきたという訳だ。
「わかりました。今行きます」
俺は勝手にダイゴの内心を忖度し、応諾の意を伝えた。
個人的には、本当はピャミさんが目を覚まし、もう少しちゃんと挨拶とかをしてから引き渡したかったが、ダイゴが機嫌を損ねて『首都防衛軍』への帰参がかなわなくなってもつまらない。
ここは素直に従っておこう。
「兄さん。どなたからの連絡ですか?」
デバイスを使って周囲の状況を監視していた由比が、俺に尋ねてくる。
「ダイゴさんから。ピャミさんを連れてこいって言ってるから、ちょっと行ってくる」
俺は声を潜めて言う。
「そっか。もうお別れなんだね……。ウチらも行った方がいいかな?」
もうすでに寝袋で就寝の態勢に入っていた瀬成が、上体を起こし、目を擦った。
「いや、俺だけで大丈夫だよ。全員で行くとなると、礫ちゃんを起こさなくちゃいけなくなってかわいそうだし」
俺は瀬成にそう告げて、ピャミさんをそっと抱き上げると、装甲車の外へと出る。
ダイゴは、装甲車から50メートルほど離れたところにいた。
地面に胡坐を掻き、黙々と愛剣の手入れをしている。
「ダイゴさん。ピャミさんを連れてきました」
「その辺に転がしておけ」
ダイゴがぶっきらぼうに言って、地面の方を顎でしゃくる。
「はい」
俺は頷いて、ダイゴの隣にそっとピャミさんを降ろした。
俺はいびきをかいて眠りこけるピャミさんと、そんな彼女の方を見ようともせず剣の切れ味に執心しているダイゴを見つめる。
アンバランスな二人を見ていると、やっぱりどうしても気になる。
ダイゴが、そもそも何でピャミさんを仲間にしたのかが。
「……なに木偶の棒みたいにボケっと突っ立ってんだ。もう用はない。帰れ」
ダイゴはにべもなく吐き捨てると、剣をぞんざいに振って、俺を追い払うような仕草をした。
「一つ質問したいことがあるんですけど」
そんな彼の言動を無視して、俺は思い切って切り出す。
「あ? なんだ。いきなり」
ダイゴが顔をしかめる。
「俺の勝手なイメージなんですけど、ダイゴさんって効率第一で、『できる』人しか仲間にしなさそうじゃないですか。なのに、控えめに言ってもカロンファンタジアが上手そうには見えないピャミさんを、どうしてギルドメンバーに加えたんですか?」
俺はダメ元でそう尋ねる。
どうせ『てめえに関係あるのかコラ』、とかボロクソに言われて追い返されるんだろうなと思っていたら――
「……これをやってみろ」
意外なことに、ダイゴから返ってきたのは拒絶の言葉ではなく、添付ファイルのついたデバイスのメッセージだった。
ファイルを開くと早速解凍が始まり、やがて一つのゲームアプリが立ち上がる。
タイトルは、『棒人間クエスト』。
この時点で何となく嫌な予感がした。
『画面をタップすると棒人間がジャンプするよ!』というかわいらしい丸文字の操作メッセージが表示されると共に、ゲームがスタートする。
タイトル通りの鉛筆で殴り書きしたような棒人間みたいなのがてくてくと歩いていく。
どうやら原始的な、横スクロールのアクションゲームのようだ――
『GAMEOVER』
などと考えていたら、操作する間もなく、よくわからないまま死んだ。
敵が出てきたとか、障害物にぶつかったとかではない。
ただただ死んだ。
その後数回プレイしてみるが、タップしてから棒人間が反応するまでのラグがあり過ぎるし、そもそも見えない敵や障害物がほとんどで、まともなゲームとして成立していない。
「……クソゲーじゃないですか。クリアできるんですか? これ」
俺は即行でゲームを閉じて、デリートする。
「できねえよ。このクソゲーは、俺がこの無能奴隷に『首都防衛軍』への入団を諦めさせるための口実として課題にした、ただの嫌がらせだからな。だが、こいつはこんなクソゲーでも心底楽しそうにやりやがった。一週間でも、一か月でも、飽きずに、何度も何度も何度も。――ただ、それだけだ」
ダイゴが顔を歪めて呟く。
まるで彼自身の感情に戸惑ってるような口ぶりだった。
「ふふっ。なるほど。つまり、ダイゴさんはピャミさんが好きなんですね」
日ごろ何を考えているか分からないダイゴが見せた、人間らしい一面に、俺は思わず笑みを漏らした。
「んな訳ねーだろうが。英雄の俺様が所有物に過ぎないクソ奴隷をどうこう思う訳がねえだろ。ったく。ガキは何でも色恋沙汰につなげたがるからうぜえ」
ダイゴはそう言って、ピャミさんの身体の真上で剣を素振りを始めた。
思いっきり振り下ろした剣を、ピャミさんの首の皮一枚の所で寸止めし、また上げるという動作を繰り返す。
「でも、今のダイゴさんのセリフを聞いたら、誰だってそう解釈しますよ。要は一目ぼれでしょう?」
「黙れ。俺様の『首都防衛軍』は恋愛禁止だボケ」
ダイゴがうんざりしたようにつぶやく。
「そうなんですか? カロンファンタジア内で結婚すればステータスにボーナスがつくのに、攻略マニアのダイゴさんがそれを活用しないなんて意外です」
俺はそう言って、わざとらしく驚いてみせる。
「全ステータス+200%のやつか。あんなもん、せいぜい半日しかもたないご祝儀ボーナスだろうが。しかも、離婚したら30日間のペナルティがつくし、人間関係のトラブルのリスクを抱えてまで取りに行くもんじゃねえ。てめえは今までにいくつものギルドが女関係で破滅してきたのをしらねえのか」
ダイゴがやたら早口で反論してくる。
「はいはい。わかりました。ではそういうことにしておきましょう」
「死ね」
俺の度重なる追及に機嫌を損ねたのか、ダイゴはそう吐き捨てたきり、もはや一言も発しなくなる。
上手く言葉にできないけれど。
その晩、俺は初めて、ダイゴの心のやわらかい部分に触れた気がした。
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