第129話 ゴブリンの王国(4)

(さて、防御陣地に逃げ帰る前に、一計仕込んでおくか)


 最前線となっていたゴブリン王国の中心部から離れること数分、俺は錬金のスキルをタップする。


 そこからもはやお馴染みとなった『素体錬成』へと移行し、前のゴブリンの嗜好調査に基づき厳選して残しておいたパーツから、メスのホムンクルスを十体ほど作り出した。


「由比。ウェアブルカメラの予備をもらっていい?」


「はいどうぞ兄さん」


「ありがとう」


 俺は由比の荷物からコンタクト型のウェアブルカメラを取り出し、ホムンクルスの目に装着していく。


「じゃあ次は……ちょっと痛いけど我慢してくれ」


 ゴブリン基準では垂涎ものの美女たちに、俺は敢えて巨大針で致命傷にならない程度の傷をつけていく。ホムンクルスが苦痛に顔を歪めた。


 この光景をダイゴに見られたら、またとんでもない蔑称をつけられそうだ。


「お前たちを傷つけたのには理由がある。これから、お前たちに与える重大な任務に必要だからだ。端的に言おう。お前たちの第一の目的は、バスラを暗殺してもらうことにある――」


 俺はそう前置きしてからメスのホムンクルスたちに作戦の詳細を言いふくめ、装甲車の外へと放った。


 やるべきことを全て終えた俺は、装甲車の扉を閉め、逃亡に専念する。


 バスラの軍隊は殿を滅ぼすと、余勢を駆って俺たちを追撃してくる。だが、その頃には俺たちはとっくに防御陣地に逃げ帰っており、余裕を持って彼らを迎撃することができた。


 バスラは雑兵のゴブリンを恫喝し、無理矢理俺たちの方に特攻させてくる。しかし、大軍の利を活かしにくい防御陣地の前では成す術なく、無駄に俺のホムンクルスの材料を増やすだけに終わる。


「これで大体25万匹は殺したな」


 ゴブリンの王国へとすごすごと引き返していくバスラとその軍隊を見遣り、ダイゴが呟く。


「そうですね。まだ敵の精鋭二万はほぼ丸々残っている訳ですから油断はできませんけど」


 俺はデバイスを見遣り、ダイゴの言葉に頷く。


『現在、殲滅率83・4%。クリア条件未達成です。』


 普通の軍隊なら、とっくに壊滅しているといっていい数字だが、まだミッションをクリアするには足りないようだ。


「ああ。だが、そろそろ四日の期限が迫っている。明日の昼には決めるぞ。ホムンクルスの兵隊をきっちり用意しておけ。決戦の際には、雑魚敵三万匹の相手は全部あいつらにさせる」


「はい。わかりました。でも、明日の昼とはいわず、もしかしたら夜明け前にはチャンスが訪れるかもしれません」


「やけに意味深なこと言うじゃねえか――さては貴様、仕込んだな。この上級変態が」


 ダイゴが俺の意図を悟ったのか、にやっと笑う。


「はい。でも、まだ成功するか分かりませんけど」


「そうか。まあせいぜい俺に楽をさせてくれ」


 ダイゴはそう言って肩をすくめると、防壁から跳び降り、『首都防衛軍』の仲間たちの元に向かっていく。


 俺はホムンクルスを増産し、彼らの装備の用意を終えると、交代で周辺の見張りをするように命令してから装甲車へと戻った。


「ご主人様。お疲れさまです」


「お疲れ。今日の見張りの自動人形のモニタリングは礫ちゃんと一緒か。大丈夫? 眠くない?」


「もちろんです。たくさんお昼寝しましたので」


「そっか。じゃあ、始めようか」


「はい。それで、ご主人様。今日から新たにホムンクルスから送信させてくる映像が監視対象に加わったかと思いますが、何故私の方にはそちらの映像が送られてきていないのでしょうか」


「ああ、うん。そっちは俺の方でやるから、礫ちゃんは自動人形から送られてくる方の映像に集中してくれるかな」


 俺は曖昧に誤魔化して、礫ちゃんにそう頼み込んだ。


 これから先ホムンクルスから送られてくる映像には、小学生くらいの女の子に見せるには刺激が強すぎるシーンが含まれている可能性がある。できることなら礫ちゃんには見せたくなかった。


「かしこまりました」


 礫ちゃんが素直に頷いて、デバイスに向き直った。


 こうして、俺は自動人形の方の映像も一応視界の端には入れつつ、新たに加わったホムンクルス視点の10の映像に注目する。


 ホムンクルスたちは、俺の命令通り、各自ゴブリンの王国の各所に身を潜めていた。


 死体の山の中、焼け落ちた住居の下など潜伏場所は様々だが、どこも『戦闘で負傷したゴブリンがいそうなところ』という点では共通している。


 やがて、一時間ほどの時間が経った後、血だまりの中で仰向けになっていたホムンクルスの瞳に、ゴブリン軍団の歩兵の姿が映った。


 歩兵はキョロキョロと辺りを見回し、死体を突っつきまわしたり、住居の残骸をひっくり返したりしている。


 おそらく、ゴブリンたちは手分けして敗残兵を回収し、軍勢を立て直そうとしているのだろう。


『キャウーン。キャウーン。キャウーン』


 歩兵が近づいてくる時を見計らって、ホムンクルスが哀切を訴えるような声で鳴いた。


 それに気付いた歩兵が、ホムンクルスに近づいてくる。


『キャウー』


 すかさず、ホムンクルスは「助けて、あなたしかいないの」とでも言うように、息も絶え絶えに歩兵の方に手を伸ばした。その腕は、俺が巨大針で刺した傷により、赤く染まっている。


『キャウ』


『ギャウ』


 ホムンクルスと歩兵が見つめあう。


 その時、俺は生まれて初めてゴブリンが恋に落ちる瞬間を見た。


 もしこれがマンガだったら、確実に目がハートマークになっていたと思う。


『ギュウウウウウウウウウウン』


 歩兵が今まで戦闘時には聞いたこともないような甘い声を出し、ホムンクルスを助け起こした。俺の造り出したホムンクルスはかなり太っていて、歩兵よりも体躯が大きいのだが、それでも彼は無理してホムンクルスを背負い、他の仲間たちの下に連れ帰る。


 そのホムンクルスを見た歩兵の仲間たちも、皆稲妻にうたれたかのように背筋をピンとさせ、甲斐甲斐しくホムンクルスを世話し始めた。


 やっぱり、どこでも美人というものは得をするものらしい。


 やがて、誰かが呼んだシャーマンの魔法によって、ホムンクルスの傷が癒されると、ゴブリンたちは興奮を抑えきれないようにホムンクルスの身体に群がる。たちまち仲間同士で争いになり、歩兵たちは一体のホムンクルスを奪い合い、喧嘩を始めた。


『ギャアアアアア!』


 争いを収めたのは、更に上位の暴力だった。


 騒ぎを聞きつけてやってきた他の歩兵よりも大きい指揮官らしきゴブリンが、恫喝するように手にした剣を振り回す。


 歩兵たちが蜘蛛の子を散らすようにホムンクルスから離れた。


 指揮官はホムンクルスの腕を引っ張って、どこかに連れていこうとする。


『グギャ! グギャ!』


 ホムンクルスの第一発見者となった歩兵は指揮官のゴブリンに『こいつは俺のものだ』と抗議するように飛びかかるが、殴られ、蹴られ、強制的に反論を封じられた。


 こうして歩兵の群れから奪い去られたホムンクルスだったが、指揮官らしきゴブリンはそれを自分のモノとしようとはせず、彼女をそのままゴブリンの王――バスラの所に連行していく。


 バスラは、多数の兵士に周囲を守らせながら、自身は働きもせずに何かの骨付き肉をかっ食らっている。その傍らには、俺が殿としたホムンクルスから鹵獲したらしい装備品もあった。


『ギャア!』


 指揮官らしきゴブリンは、ホムンクルスをそんなバスラの下に突き出して平服する。


 つまりは貢物を捧げようということか。


 さすがに指揮官クラスともなると、ただ本能のままに動くだけではないらしい。


 バスラは慎重にも、まず配下の兵士に命じてホムンクルスの身体をまさぐらせ、武器を隠し持ってないか執拗に確認させた。


 どうやら見かけによらず猜疑心が強い性格らしい。


 いや、すでに俺の紛れ込ませたホムンクルスによって手痛い被害を受けているから、警戒するのは当然か。


 ともかく何も危険がないことが分かると、バスラは満足げにホムンクルスを抱き寄せ、褒美だといわんばかりに食べかけの骨付き肉と槍を指揮官に投げて寄越した。


 指揮官が満足げに二つの下賜品を受け取り、その場を辞した。


 こうして、一体目のホムンクルスは見事、バスラの下に潜り込んだ。


 残りの九体のホムンクルスたちも、続々とゴブリンの兵士たちに発見され始め、同じような経緯を辿り、自主的に、あるいは恫喝されてより上位のゴブリンに献上されていく。


 やがてその頂点にいるバスラの下に、全てのホムンクルスが集められた。


 バスラの好みが分からないので、とりあえず色んなタイプのゴブリンのメスを用意しておいたのだが、そんな俺の心配は杞憂だったらしい。バスラは俺の生み出した全てのホムンクルスを独占し、鼻の下を伸ばしながらゴブリン王国の中心部へと引っ込んでいく。


 そこには、他のゴブリンの住居に比べて明らかに豪華な、バスラの居室があった。


 かまくらにも似た、半球状のその部屋の骨組みは、明らかに同族のゴブリンの骨格で構成されていた。


 バスラは、配下のゴブリンたちに二言、三言、何かの命令を下した後、ホムンクルスを自身の巨体と共にその中に押し込んだ。


「第一段階は成功か……」


 上手いことバスラの下に潜り込んだホムンクルスを見て、俺は満足げに呟いた。


「ご主人様。何が成功なんですか?」


「大丈夫。うん。問題ないから」


 俺は興味津々でデバイスの映像を覗き込んでくる礫ちゃんからさりげなく身体をずらし、バスラが眼前で繰り広げ始めた酒池肉林の痴態から彼女を遠ざけた。

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