第130話 ゴブリンの王国(5)

 やがて、数時間が過ぎ、夜も更けた頃、様々な欲望を充足させたバスラは、ゴブリンの生皮と木の葉を敷いたベッドに寝転がると、やがて大きないびきをかき始めた。


 ホムンクルスたちは、しばらく時を待ち、バスラが深い眠りについたことを確認してからこっそりとベッドから起き出す。周囲をきょろきょろと見回して、武器になりそうなものを探すが、適当な武器が見当たらない。バスラの枕元には、彼が得物としている大剣が突き刺してあったが、容姿を重視して仕上げた非力なメスゴブリンの身体しかもたない彼女たちが扱うには、あまりにも重すぎた。


 次いで住居の入り口から外を覗くが、バスラの身辺警護の兵士はもちろん、鹵獲した武器の置き場所にもしっかり見張りがいる。


 ホムンクルスたちの数倍の大きさがあるバスラを素手で殺すのは難しいだろうし、殺そうとすれば目を覚ましたバスラや駆けつけた警備の兵士に瞬殺されてしまう。


 これでは暗殺するのは厳しいだろう。


(第一目標の暗殺は失敗か。やっぱりそんな上手くいかないよな――だけどまだ次がある)


 俺は気分を切り替えるように頬を叩いた。


 キ、キ、キ、キ、キ。


 ホムンクルスたちが顔を突き合わせ、小声でなにやら相談し始めた。


 やがて、それが終ったかと思うと、ホムンクルスたちは顔を見合わせて頷き合う。


 彼女たちは示し合わせたように一体、また一体と、時間差を設けて、バスラの住居から外に出て行った。


 その度に警備の兵士たちが咎め立てするように彼女たちに話しかけるが、しばらくホムンクルスと会話を交わすと、問題なく外に出ることを許される。


 「水を飲みたい」か、「トイレに行きたい」か知らないが、とにかく適当に言い訳でもしたのだろう。


 こうして全員バスラの住居の外に出たホムンクルスたちは、二人組を作り、計五グループで手分けをしてゴブリンたちの兵営を覗いて回った。


 ほとんどのゴブリンたちはそこら辺に雑魚寝をしているのだが、指揮官クラスのゴブリンには、バスラほどではないが大きめの住居が用意されている。


 二人組の内の一体のホムンクルスが、左見右見して道に迷ったようなふりをしながら、それぞれの軍団の指揮官クラスのゴブリンに話しかけていく。


 会話の途中にさりげなく媚態を振りまきながら様子を観察し、気のありそうな指揮官とはそのまま住居の中にしけこんだ。もちろん、中には硬骨なのか、それとも単に趣味じゃないのか、すげなくホムンクルスを追い返す指揮官もいた。そういう場合、ホムンクルスたちはしつこく食い下がらず、あっさりと引き下がり、次のターゲットに狙いを定めていったので、やがて五体全てが指揮官クラスのゴブリンを篭絡することに成功する。


 それを確認したもう一体のホムンクルスが、近くにいた他の兵士を呼び集め、その指揮官の住居の中をこっそりと覗かせる。瞬間、示し合わせたように中にいたホムンクルスが泣きわめき始めた。


 狼狽する指揮官。


 騒ぎ始める一般の兵士たち。


 その一部はバスラへと注進に走り、それを止めようとする指揮官との間で殴り合いの醜態を演ずる。


 たちまちゴブリンの兵営は大騒ぎとなった。


 やがて、情事の現場を皆にばらした方のホムンクルス数体が、目撃者の兵士を引き連れてバスラの住居へと詰めかける。


 何人もの兵士たちに揺り起こされて、不愉快げに目を覚ましたバスラは、兵士たちとホムンクルスの話を聞いて激高した。


 大剣を引っ掴み住居の外に飛び出すと、ろくに弁明する暇も与えず、篭絡された指揮官と浮気したホムンクルスを片っ端から斬り殺す。


 騒ぎはそれでも収まらない。


 日頃の恨みか、それともバスラへの媚びか、兵士たちの一部がどさくさに紛れて、全く関係のない指揮官を指さして告発し、混乱に拍車をかけた。


 バスラは興奮で我を忘れてるのか、『疑わしきは罰する』の方針でその話のほとんどを鵜呑みにした。実際に浮気をした者だけではなく、ホムンクルスと二人っきりで会話を交わした程度の根拠で手をかけたので、結果、ゴブリン軍団の指揮官の内の半分くらいが大地に臓物を晒すことになった。


 まさに『暴虐』の二つ名にふさわしい行いだ。


(ごめん……。でも、任務を成功させてくれてありがとう)


 俺は自らの身を犠牲に指揮官を倒す大戦果を挙げた、五体のホムンクルスに手を合わせる。


「ダイゴさん。工作により、ゴブリン軍団の指揮官を多数謀殺することに成功しました。敵は混乱してますから、今の内に勝負を決しましょう」


 俺はデバイスで、ダイゴ個人へ通信を入れる。


 彼女たちの死を無駄にしないためにも、この機会を逃してはならない。



                        *


 急いで準備を整えた俺たちは、ゴブリン王国への強襲を敢行した。


 今までは一時間かかっていた道を30分で踏破し、王国へと侵入する。


 一応、警備の兵は配置されていたが、せいぜい数十体に過ぎず、俺たちとダイゴはその全てを逃さずに殲滅した。


 『首都防衛軍』と、俺たちの装甲車が引き連れた完全装備の一万五千体のホムンクルスは、さらに一時間の行軍を続けた結果、何の抵抗も受けずその中心部に辿り着く。


 遠くに見えるバスラたちの住居の手前には、前日の惨禍を免れた訓練されていない三万体の雑兵のゴブリンが、肉の壁のごとく配置されている。


 すでに闇が晴れ、偽物の夜を演出していた天井が白み始めていたが、いまだそのほとんどが眠りについていた。


「ギャアアアアアアアアアアア」


 見張りに立っていたゴブリンが、俺たちを発見して叫ぶ。


 その咆哮は、波の様に次々とゴブリンの軍団に伝播していったが、全員が起き出すよりも早く、すでにホムンクルスの軍勢は彼らに襲いかかっていた。


 数では勝るはずの三万体の雑兵を、一万5000体のホムンクルスたちが圧倒する。


 彼らと俺の造り出したホムンクルスたちでは、装備も基礎スペックも段違いなのだ。


 統率された軍隊ならともかく、烏合の衆相手なら負けるはずがない。


 ダイゴや俺たちもホムンクルスに加勢し、瞬く間に雑兵はその数を減らしていった。


「グギャアアアアアアアアア!」


 雑兵の半数が壊滅したところで、ようやくバスラたちが姿を現わす。


 昨日の様に姿を隠して奇襲をしてくるほどの余裕はないようだが、それでもきちっと兵科ごとに陣容は分かれ、軍隊としての戦争をする準備は整っていた。


「雑魚は任せたぞ!」


 首都防衛軍が、雑兵とホムンクルスが争う戦場を飛び越え、バスラたちと対峙する。


 歩兵とダイゴが刃を交えて、戦端が開かれた。


 バスラの軍勢の数も『首都防衛軍』のメンバーの戦力もほとんど変わらず、一見、昨日と同じ構図に見える。


 しかし、攻防が段々と激しさを増すにつれ、戦況は昨日とは違った様相を呈してくる。


 休息を取ったダイゴたちの攻撃が冴えわたる一方、バスラ軍の反撃は精彩を欠いているのだ。


 例えば、ちょっとした支援魔法をかけるタイミングのズレ。


 もしくは、矢の発射のタイミングの遅延。


 『呼吸』が合ってないとでも言おうか、そんな些細な違和感が積み重なって、ゴブリン軍団の力を半減させている。


 原因は言うまでもない。


 俺のハニートラップにより、バスラ自身が有能な指揮官を殺してしまったため、たくさんいる一般のゴブリンの兵士たちを上手く使いこなせていないのだ。


 そして、そんな彼らの弱みを百戦錬磨のダイゴたちが見逃すはずもなかった。


 奇策は用いず、堅実に守りながら、冷静に敵のミスだけを拾っていく戦い方で敵の兵力を削っていく。


 やがて、ホムンクルスたちが雑兵を全滅させ、バスラの本隊になだれ込む段になると勝敗は決定的になった。


 バスラの歩兵たちはホムンクルスの勢いに押され前線を維持できなくなり、ダイゴを含む『首都防衛軍』の面々が後衛になだれ込む。


 こうなれば後は一方的な展開だった。


 押し寄せるホムンクルスに焦ったゴブリンシャーマンは仲間同士で呪いをかけあってもがき苦しみ、近接武器を持っていない弓兵は握りしめた矢を必死に振り回して涙ぐましい抵抗をする。


 『首都防衛軍』は、そんな弱者のあがきを嘲笑うかのように容赦なく屠っていき、わずか半時足らずの内に、二万いたバスラの精鋭たちをわずか2000体足らずにまで減少させた。


 ヒギャアアアアアアアアア!


 屍山血河の光景を目にしたゴブリンたちは、もはや戦う気力もなく、悲鳴を上げながら四方八方に逃げ出す。


「追ってくれ!」


 その後を俺の命令を受けたホムンクルスたちが容赦なく追撃していき、戦場にはただ一匹、部下という盾を失って丸裸になったバスラだけが残された。


「戦士の慈悲だ。一対一で相手をしてやるから、かかってこいよ」


 ダイゴが剣を構え挑発する。


 その顔に浮かぶ、ゴブリンよりも邪悪で、ドラゴンよりも恐ろしい悪魔の笑みに、バスラが腰をぬかした。そのまま、立ち上がれなくなったバスラは、苦し紛れに大剣を振り回しながら、赤子のようにヨチヨチと足を動かして、まさに這う這うの体で後退していく。


 ダイゴは焦らず、急がず、一歩一歩バスラを追い詰めていった。


 由比の操る自動人形が、さりげなくバスラの周りを取り囲み、退路を封ずる。


 やがて進退に窮したバスラの背中が、何かにぶつかって停止する。


 それは、先ほどまで、バスラに安穏とした眠りを与えてくれていた、彼自身の住み家だった。


 ギャウーン!


 バスラは情けない叫び声を上げながら、本能にすがるようにそのかまくら状の家に逃げ込み――


 ギャ! ギャ! ギャ! ギャ! ギャ!


 必死になって家の中から何かを引っ張り出し、俺たちの方に向かって投げつけてくる。


 その五つの物体を、俺はもちろん知っていた。


「任務達成ご苦労様。犠牲になったホムンクルスを弔ってあげたいから、遺体をここまで運んできてくれ」


「「「「「ギャ」」」」」


 メスゴブリンの形をした五体のホムンクルスたちが、俺の命令に深々と頷いてからはけていく。


 その光景に、バスラはぽかんと口を開け、目を見開いて呆然とした。


「お前も中々ひどいやつだなあ。道化なる裁縫士。こんな幼気いたいけなモンスターにハニトラを仕掛けるなんてよ」


 ダイゴが俺を一瞥し、からかうように言った。


「そう言わないでくださいよ。そもそもは、ダイゴさんが教えてくれた言葉から思いついた作戦なんですよ。ダイゴさん言ってましたよね? 『今までにいくつものギルドが女関係で破滅してきた』って。人間ですらそうなんですから、知能の低いゴブリンなら、もっと揉めるだろうと考えたんです」


 俺は肩をすくめて答える。


「そうだったな。やはり、俺は正しかった。仲間内でサカってもろくなことにならねえ」


 ダイゴがニヒルに笑って、得物を振りかぶる。


 ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 やけくそのように襲い掛かってきたバスラを、ダイゴはその大剣ごと一刀両断にした。



『プレイヤー・ダイゴにより『暴虐なるゴブリンキング バスラ』が討伐されました。殲滅率99.3%です。条件達成により、王国の滅亡が認定されます』


 システムメッセージが、一つの戦争の終焉を告げる。


 辺りを見渡せば、ゴミのように打ち捨てられたゴブリンと、俺たちのために戦って死んでいったホムンクルスの死体で、戦場は赤く染まっていた。


 陰惨な風景に虚しさを覚えた俺は、手を合わせてそっと目を閉じる。


 これからさらに多くの命を奪わなくてはいけないと、頭ではわかってはいるのだけれど、思わずそうせずにはいられなかった。



Quest completed


討伐モンスター

『暴虐なるゴブリンキング バスラ』1

ゴブリン 297918


戦利品

ホムンクルス(9998)


報酬

 なし

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