第131話 敵情視察

「よし。次は 東の丘のウェアウルフの根城を目指すぞ。あそこの方が北の森に比べて現在位置から近いし、エルフに比べりゃあ、ウェアウルフの方が弱いはずだからな」


 ダイゴが、ゴブリンキングを斬り殺した剣を鞘にしまい呟く。


 俺はデバイスで時間を確認した。


 二階層の入り口から、今までにかかった時間は、およそ三日と十時間ほどだ。


 これまで移動してきた感覚からすれば、今ここを出発すれば、ちょうど四日の期限が過ぎる頃には東の丘に辿り着くだろう。それまでにアメリカの軍勢が根城を落としていなければ、俺たちに攻略の権利が回ってくる訳だ。


「わかりました。後から追いかけるので、ダイゴさんたちは先に砦に向かっててもらえますか?」


「あ? なんでだ?」


「もうすぐ追撃に行ったホムンクルスたちが戻ってくると思うので、それを待ちます。それに、彼らに食べさせる食料も戦場から回収しないといけませんから」


 確実に根城の攻略の権利を手に入れるには、一刻も早くダイゴたちが東に向かった方がいい。


 だが、せっかく手に入れたホムンクルスたちを置いていくのももったいないし、彼らを有効活用するには当然餌が必要だ。


「へっ。そうかよ。俺様たちが根城を攻略するまでには来いよ。間に合わなかったら可能性の束はやんねーぞ」


 ダイゴが冗談めかしてそう言い放ち、その場を後にする。


 間に合おうと間に合うまいと、ダイゴが俺に可能性の束を譲るつもりなどあるはずがないのだから、ただの戯言だ。


「なるべく急ぎます」


 由比や瀬成の自動人形と協力して、ゴブリンの死体を片っ端から集め、スキルで解体していく。


 前は慎重にパーツごとに分けて採取していたが、今は血を抜いて、肉と骨に分けるだけだから、手間としてはだいぶ楽だ。


 やがてゴブリンの敗残兵を狩り終わったホムンクルスたちが、続々と戻ってくる。


 全て集まったところで、点呼をとったら、およそ一万体近い数が生き残っていた。


 ホムンクルスたちにそこら辺に転がったゴブリンの死体でたらふく食事をさせた俺は、ダイゴが出発してからおよそ二時間後、廃墟になったゴブリンの王国から旅立つ。


 急ぎ足で行軍した末、何とか根城の手前のこぢんまりした林でダイゴたちに追いつくことができた。


 四日の期限が過ぎるまでには、まだ一時間程残ってる。


「おう。間に合ったか」


 ダイゴが装甲車の上に座る俺を振り向き言った。


「もしかして、俺たちを待ってちょっと遅めに進軍してくれました?」


 俺はダイゴに問いかける。


 理論的にはホムンクルスの大軍を抱えている俺たちより、少人数のダイゴたちの方がずっと速く移動できるはずだから、この時点で追いついたということはそういうことなのだろう。


「まあな。どうせならあのマッチョ野郎がホムンクルスの大軍にビビる所を見たい」


「……今更ですけど本当に性格悪いですね」


 ダイゴにもいい所があるなあ、なんてちょっとでも考えた俺が馬鹿だった。


 さらに三十分ほど進むと、やがて目的地の根城が姿を現した。


 それは銀色の直方体で、きちんと天井がある立派なものだった。


 おそらく、横浜ドームの半分くらい――少なく見積もっても10000人以上は収容できる規模があるのではないのだろうか。城には小窓がいくつも開いていて、そこから赤い双眸が不気味にこちらを窺っている。


 入り口は正面の門の一カ所しかないようだ。


 チーフを始めとするアメリカのギルドが、勇猛果敢に門扉へと突撃を繰り返す。


 しかし、対するウェアウルフは、頑強な城を頼りに姿を見せることなく、小窓から、ひたすら矢や石の雨あられを侵入者に浴びせかけ、それを撃退していた。


 それでも、チーフたちの四日間の攻略が全く無意味だったという訳ではないらしく、頑丈そうな門扉には、今やひびが入っている。


「ホワッツ!? まさか新手か?」


 何度目かの突撃に失敗し、矢の射程範囲外にまで離脱したチーフが、俺たちの足音に気が付いてこちらを振り返る。


「チーフさん! 違います。それは俺の作ったホムンクルスです!」


 俺は誤解を招かないように、デバイスの音声通信でチーフに真実を伝える。


「oh! 裁縫士のBoyかい。驚かさないでくれたまえ!」


 チーフがオーバーリアクションで、肩をすくめて言う。


「おいおい、どうした! まだ倒せてないのか。情けねえなティエラ《アメリカ》の奴らは」


 ダイゴが嘲笑を浮かべて叫ぶ。


Shut up!シャラップ! ステイツの核の傘に守られているジャパンに情けないなどと言われる筋合いはない!」


「あーん? 何だ? よく聞こえなかったな。あいにく俺はティエラの言葉に疎くてな。アスガルド語で喋ってくれよ」


 チーフの反論に、ダイゴは耳に手を当てて首を傾げる。


 出た。


 お得意の難聴スキルが。


 カロンファンタジアの世界には核兵器なんて存在しない以上、ダイゴの辞書にもまた、核兵器なんて言葉は存在しない。ダイゴはそういう男だ。


「ユーはまたそれか。全く。クレイジークレイマーには付き合ってられないな」


 チーフが溜息と共に首を横に振る。


「クレイジーはお前だろ! ウェアウルフ相手に物理攻撃なんて正気か? 人狼系のモンスターは火か光系統の魔法で倒すって、ママに習わなかったんでちゅかー!?」


 ダイゴは赤ちゃん口調でチーフをからかう。


「Goddam《ガッデム》! Mr.ダイゴ! ユーの目に丸太が突っ込んであるのでなければ、見れば分かるだろう! あの城は全てがマナタイトで構成されている上に、防魔の結界まで付与されている! つまり、魔法攻撃が効かない!」


 チーフがこめかみをひくつかせながら言い返した。


 彼の言うことは正しい。


 俺も日本にあるいくつもの都市を城塞化してきたから分かるのだが、あの根城の魔法攻撃に対する防衛力は相当なものだ。


 城本体に魔法攻撃が通用しないだけなく、結界により、城の周辺――ちょうど敵の矢が届くくらいの距離までは、一切の魔法が使えない状態に置かれている。もちろん、ここまで強力だと敵自身も魔法は使えなくなってしまうので対等といえば対等な条件だ。しかし、元々物理攻撃に特化したウェアウルフは魔法を使用してこないモンスターなので、向こうにとってのデメリットは薄い。


 つまり、この戦場では俺たち攻略サイドは魔法で敵の弱点を突くという戦法をとれず、相手にとって有利な物理戦闘で雌雄を決さなければいけないということだ。


 もちろん、カロンファンタジアに詳しいダイゴがその程度のことを理解できないはずはないから、きっと彼は分かった上で敢えて挑発してるのだろう。


「だからどうした!? 言い訳なんて男らしくないぞ! それくらいお前の力技でねじ伏せたらどうなんだ! ティエラ最強の英雄様の実力はその程度か!」


 ダイゴが怒涛の早口で挑発を繰り返す。


「男らしくない!? このミーが!? シット! いいだろう! 見るがいい! ステイツの本気を!」

「チーフ! カムバック! 危険すぎるわ!」


 仲間の制止を無視して、チーフは城の門扉へと突撃していく。


 アメリカのギルドの射手が、慌てて彼を援護するように矢を放つが、当然、城に開いた小窓の全てを牽制することなどできない。


 必然的に敵の集中砲火を受けることになったチーフは、いくつものかすり傷をつけ、肩と太ももに二本の矢をくらいながらも、驚異的な反射神経で致命傷を避け続けた。


「『ジャイアントパンチ!』」


 やがて城に肉薄したチーフが、門扉に向けて必殺の拳撃を放つ。


 その強烈な一撃はすでに脆くなっていた門扉を一瞬で大破させただけでは飽き足らず、パンチを放ったチーフ自身を反動で俺たちの方へと吹き飛ばす。


 アメリカのギルドの前衛たちが盾を掲げ、自らの身を顧みぬ勇敢さを示し、チーフを矢の射程範囲外へと救出した。


「ヒュー! やるじゃねえか!」


 ダイゴが口笛を吹いて、呑気にチーフを称賛する。


「ha! ha! ha! 当然だ! ――さあ! 親愛なるステイツの勇者たちよ! ダイブプレイだ! 速攻で決めよう!」


 チーフは全く痛がる素振りも見せず身体から矢を抜き捨てると、ポーションをガブのみしながら城へと特攻を始めた。


「「「USA! USA!」」」


 他のアメリカのギルドも意気揚々とそれに続く。


「ダイゴさんが煽りまくったせいで、チーフさんたちめっちゃやる気になってますよ! 根城を期限前に攻略されちゃったらどうするんですか!?」


「落ち着け。時間を見ろ。残り時間は後十分もない」


 ダイゴが冷静にデバイスに視線を遣って言う。


「だけど、最強と謳われるアメリカの英雄たちなら、十分もあれば、城を攻略できるんじゃ……」


「ねえよ。逆にそんな短時間で攻略される程度のぬるいおこちゃま向けダンジョンだったら、俺は帰る」


 俺の懸念を、ダイゴが一蹴する。


 結論から言えば、彼の言った通りだった。


 壊れた門扉に殺到したアメリカの英雄たちは、すぐに城の中からわらわらと湧いてきたウェアウルフの群れに進行を阻まれることになった。


 ウェアウルフは上位種ともなればBランク相当の力があり、俺たちが殺戮してきたゴブリンなどとは比べものにならないほど強い。


 それでも、一対一ならばウェアウルフごときでは英雄の相手になどなるはずはないが、今回は集団戦だ。


 アメリカの英雄の前衛は、せいぜい100人にも満たない。それに対し、ウェアウルフサイドは数千匹の力自慢が常に入れ替わり立ち代わり、命も顧みず全力で冒険者を殺そうとしてくる。


 こうなれば後はスタミナの問題で、時間が経てば経つほどアメリカの英雄たちが不利になってしまうのは仕方がない。


 そう。確かに門扉はなくなったが、それは、門扉がウェアウルフの肉壁に変わったに過ぎなかったのだ。


 ピピピピピピピピピピ。


 アメリカの英雄たちが苦労して十数匹のウェアウルフを倒した所で、デバイスのアラームが無常にも攻略のタイムリミットを告げる。


「残念だったな! 時間だ!」


「シット! シット! シット! ようやく門を破壊したところで、他のギルドに攻略の場所プレイスを明け渡さなければならないなんて! 『犬たちが争っている間に狼が羊を食う』とはまさにこのことだ!」


 チーフたちが、悔しそうに嘆きつつ城から距離を取る。


 一方のウェアウルフたちは全く追撃する気配すら見せず、城の中に引っ込んでいった。まあ彼らとしては俺たち攻略サイドにミッションの制限時間を超過させれば勝ちなのだから打って出る必要性は皆無だし、結界の範囲外に出てしまえば、魔法無効の恩恵が受けられなくなるのだから、当然の判断だ。


「ははははは! ありがとうよ! ゴリマッチョ! 俺様たちのために門を壊して攻城のお膳立てをしてくれて嬉しいぜ!」


 ダイゴが満面の笑みを浮かべて叫ぶ。


「ファアアアアアアアアアアアアック!」


 チーフはダイゴに向かって思いっきり中指を立ててから、仲間を引き連れて根城を去って行った。


 おそらく、エルフのいる東の森を目指すのだろう。

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