第132話 獣の城(1)
「……それで。ダイゴさん。チーフを煽りまくってましたけど、あそこまでおっしゃるからには当然、必勝の作戦を思いついていらっしゃるんですよね?」
俺は嫌味っぽく尋ねる。
「いや。とりあえずあいつの反応がおもしろいからからかってやっただけだ。実際、この根城はやっかいだな。魔法が使えない以上、正面からぶつかれば敵が最も得意な肉弾戦で戦うことになる。しかも見たところ、あいつら全部ウェアエルフエリートだ。上位種だぞ」
ダイゴが挑発モードからケロっと真顔になって言う。
何となくそんな気がしていた。
この人の奇行に一々突っ込んでいたら身が持たない。
「はあ。そうですか……。でも、ダイゴさんのスキルなら、あの城壁ごとぶった斬って破壊できませんかね。エルドラドゴーレムを斬れるくらいなんですから」
俺はそれ以上文句を言う気すらおきず、小さくため息をついて提案する。
マナタイトは魔法攻撃に対する防御力は高いが、物理攻撃に対してはそんなに強くなかったはずだ。ダイゴほどの実力者なら、強引に突破できるんじゃなかろうか。
「んな訳あるか。そんなぬるい城だったらあの無駄に火力だけあるティエラの奴らがとっくに城をぶっ壊してるだろ――『剣神覇斬』」
ダイゴはそう否定しながらも、一応、試してみたいと考えたのか、城壁に向かってソードスキルを放った。
その音速の一撃は見事鈍く光るマナタイトの壁を切り裂いたが、その先にある黒色の壁を貫けずに雲散する。しかも、壊した側からマナタイトの壁が元通りに回復していくではないか。
「なるほど。魔法防御の壁と物理防御の壁の二重構造になっていましたか。しかも自動修復機構まで備えてるとなると、城壁を壊して侵入するのは無理そうですね」
「呑気に頷いてるんじゃねえ。てめえも人に骨折り損させてる暇があったら何か案を出せや」
ダイゴはそう毒づいて根城を睨みつける。
「そうですね……。ごり押し以外で俺が城攻めで思いつくイメージは、いわゆる『坑道作戦』ですかね。地下を掘り進んで城を崩落させたり、城内に侵入したりする奴です。俺は建築スキルの一環で採掘系のスキルも持っているので、技術的には不可能ではないと思いますが」
「ちっ。つまんねえ戦法だが、試してみる価値はあるな」
ダイゴが不承不承といった様子で頷く。
「はい。でも、ウェアウルフは感覚器官が発達しているから坑道を掘るのに気が付くかもしれませんし、そもそも原理不明で浮かんでいる天空城のダンジョンに常識的な攻城作戦が通用するのかは自信ないですけど」
「どうでもいい。どっちにしろ、お前は現状じゃあただの待機戦力にしかならねえからな。ダメ元でも働け」
「分かりました。それで、俺が坑道を掘ってる間、ダイゴさんは?」
「……てめえがシコシコ穴を掘ってる間、俺様たちは案山子で敵を城から引っ張り出して叩いておく。結界の及ばない所まで釣り出せば、魔法の使えねえ奴らをぶっ殺すのは簡単だからな。まあ、城壁に遮られていやがるから、案山子の効果も限定的だろうが」
俺の問いにダイゴが即答する。
真っ当な作戦だ。
敵は少しでも減らしておいた方がいいし、ダイゴたちが城を攻める姿勢を見せてくれれば、俺の工作もバレにくくなる。
「了解です。なら、まずは穴を掘る前に、ダイゴさんたちが攻めやすいように入り口に直通する矢避けの通路を先に造りましょう」
俺は早速、ダイゴたちと自動人形に守られながら、ウェアエルフが通せんぼする門まで、屋根付きのアーチ型通路を造った。
「よし。じゃあ、俺は一旦林まで戻って坑道を掘り始めるよ」
作業を終えた俺は、移動車に戻って瀬成たちにそう報告する。
さすがにウェアウルフの視界に入る範囲で穴を掘り始める訳にはいかない。
「わかった。大和が作業している間、ウチらは何をすればいい?」
「みんなは、自動人形に臭い袋を持たせて、ダイゴさんたちが敵を釣るのを手伝ってやってくれ。案山子だけじゃ人員が足りなさそうだから」
俺は瀬成の問いに答えて言う。
ダイゴのギルドは人数が少ない。
応援がいた方がいいだろう。
「了解です。それで、兄さん。護衛はつけなくて大丈夫ですか?」
由比が心配そうに尋ねる。
「ホムンクルスたちがいるから問題ないよ。自動人形よりもあいつらの方が、坑道とか狭い所でも動きやすそうだから。その代わり、またコンタクト型デバイスを一つ貸してもらえるかな? あれがあれば暗視機能が使えるし、俺の作業の進捗状況も共有できるから」
「もちろんです。どうぞ」
「ありがとう。じゃあ行ってくる」
俺は由比からコンタクト型デバイスを受け取り、その場で装着する。
「かしこまりました。作戦の成否はともかく、ご無事でお戻りくださいご主人様」
「うん。みんなも何かあったらすぐに連絡して」
みんなに見送られ、装甲車を後にする。
ホムンクルスの内、5000体ほどを連れ出して、俺は来た道を引き返し、根城から2キロメートルほど手前にある林までやってきた。
ホムンクルスの内、3000体ほどに周囲を警戒させつつ、残りの2000体でまずは林の一部を切り開き、更地にする。
それが済むと、伐採した木材で、穴を上り下りするためのはしごと坑道を支えるための杭を製造した。もちろん、採掘のスキル使用に必要なツルハシは、前の『トルタルトルゥーガ』戦の時に、『鍛冶』のスキルで既に作ってある。
ようやく準備を終えた俺は、10メートルほどの穴を空け、はしごを下ろす。
穴が崩れないように錬金で慎重に周りを強化しながら底に辿りつくと、そこからは城に向かって真横に穴を掘り始める。
カンスト状態の掘削スキルがあるから、なんだかんだで一~二時間もあれば十分に穴は掘り終わるだろうと思っていた俺だったが、始めてからものの数分でそれが甘い見通しだったことを思い知らされる。
もちろんスキルの威力はレベルに忠実で、掘削するスピード自体は爆速だ。しかし、掘ったら掘っただけ進めるという訳ではなく、そこそこの所で坑道が崩れないように周囲の壁を強化し、柱で支えてやる作業に予想外に時間を取られてしまうことが判明したのだ。
さらにうっとうしいことに、地中に様々な障害物が隠れていることも、俺の作業の遅れを大いに助長してくれた。
石にひっかかれば一々解体してどかし、水が湧けば下に別の穴を掘って排水のスペースを設けてやらなければならず、ことあるごとに対策を迫られたのである。
人工っぽい天空城の地下がなんでこんな無駄にリアルなんだと不平をこぼしたくなるが、そもそも原理不明で浮いている大陸に来ているのだから今更な話だと、自分自身を納得させる。
それでもいずれ終わりはやってくる。
辛抱強く三日三晩努力を続け、掘って掘ってひたすら掘り進んだ俺の眼前に現れたのは――
(マジか……)
地上にあるのと全く変わらない、城の銀色の壁だった。
そりゃあ、天空城は今までとはレベルが違うダンジョンだ。正直、こうなることを予期していなかったといえば嘘になる。
だがそれでも実際に自分の三日に渡る仕事が完全なる徒労だったと通告されるのは、中々きついものあった。
俺は諦めきれず、壁沿いに下へ掘り進んでいく。
どこかで城壁が途切れるんじゃないか。
そんな淡い希望を抱きながら。
(だめか……)
だが、現実は非情である。
やがて俺の振るツルハシの先端がこつんとぶつかったのは、半透明に透けた黒水晶だった。つまり、この城は、1階層の天井と一体化しているのだ。
これでは坑道作戦など何の効果ももたない。
それでも俺は諦めきれずに、城の壁に手を伸ばし、苦し紛れに『精錬』を発動した。
かつて秩父のダンジョンでエルドラドゴーレムを倒した時のようなやり方で、城壁を破壊できるかもしれないと考えたからだ。
『error 構造物に対する管理権限がないため、プレイヤーは『精錬』を発動できません。『根城』は『偉大なるウェアエルフキャプテン ブリッツ』の所有物です』
(ふう。そりゃそうだよな)
スキルで加工できるのは、自分の所有物か、所有権の定まってない中立のアイテムのみ。分かり切っていたことだ。
俺は肩を落とし、坑道を引き返して地上へと帰還する。
「すみません。ダメでした。城は一階層の天井と一体化していて、坑道作戦でどうこうできるようなものじゃありません」
俺は早速ダイゴにそう報告する。
「ちっ。そうか」
ダイゴは釣ったウェアウルフを斬り殺しながら舌打ちする。
「ダイゴさんの方はどうですか?」
「見りゃわかんだろうが。くだんねえ質問すんじゃねえぞタコ」
ダイゴが不機嫌そうに吐き捨てる。
俺は辺りを見回した。
首都防衛軍の手にかかって死んだウェアウルフの残骸がそこら中に転がっている。
それは相当な数に上っているが、多く見積もっても、6000体には満たないだろう。
俺たちが根城の攻略を始めてから、すでに73時間ほどが経過している。つまり、一日の討伐数は約2000体。あの城に一万体以上のウェアウルフがいるとすると、後23時間では明らかに討伐するのは無理な数だ。
「このままでは四日の期限の内にあの城を滅ぼすのは厳しそうですね。一日か二日オーバーしそうです」
「ああ。だが、俺の見立てでは、ティエラの雑魚共がエルフを滅ぼすには最低後三日はかかるはず――」
最後まで言い終えない内に、ダイゴが口を噤む。
『プレイヤー・ジョンにより『聡明なるエルダーエルフ ソフォス』が討伐されました。殲滅率93・2%です。条件達成により、首長国の滅亡が認定されます』
俺たちの焦燥感を煽るように、追い打ちのシステムメッセージがデバイスに流れてきた。
「……かからなかったみたいですね」
ダイゴの予想が外れるなんて珍しい。
まあ、彼も人間だし、そういうこともあるのだろう。
「ちっ。そっちのシナリオを選択しやがったか。馬鹿な奴らだ」
ダイゴが俺に聞こえないような小声で何かを呟く。
「何か言いました?」
「いいや。――時間がねえ。脳筋戦法なんてクソくらえだが、俺様たちはこれから根城に総攻撃をかける」
ダイゴが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「了解です。俺たちのホムンクルスと自動人形も総攻撃に参加させた方がいいですか?」
「邪魔だ。あの城門の前で戦える人数は限られている。俺たちが城内への突入へ成功したら、それに続けるように待機させておけ」
「わかりました。こっちでも何か他に攻略法がないか考えてみます」
俺とダイゴは目くばせをして頷き合う。
こうしてさしたる災禍もなく、落ち度もなく、真っ当に順当に、俺たちは窮地に追い込まれたのだった。
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