第133話 獣の城(2)
装甲車に戻った俺は、仲間たちと議論に議論を重ねていた。
搦め手、正攻法、数時間に渡り様々なアイデアが検討されたが、目ぼしい案は出てこない。
「ふう。行き詰ってきたな……。あんまり根をつめるのもアレだし、最後にもう一回ウェアウルフの生態について議論したら、一度休憩を入れよう」
俺は深呼吸一つ言う。
「わかりました。――それで、ウェアウルフの強みですが、厄介なのはやっぱりあの身体能力ですよね。鋭い爪は鎖帷子程度の防具じゃ防げないほどの切れ味ですし、筋力もすごいから切り傷を防いでもその衝撃だけでやられてしまうことがあります。あの分厚い体毛は強化した金属鎧にも負けない硬さがありますし」
「ウチも自動人形であいつを引き付けようとしたら攻撃されて、躱したのに爪の先がちょっとかすっただけでざっくり腕が切れててびっくりした」
由比の言葉に、瀬成が思い出したように呟く。
「だから名だたる英雄たちでも攻略に時間がかかって苦戦している訳だよね。じゃあ、弱点は?」
「光魔法と火魔法ですよね」
再び由比が言う。
「そうだね。そういえば、光魔法は邪悪な魔物全般に効果があるから分かるんだけど、火魔法は何で効くのかな? 動物は根源的に火を怖がるっていっても、ウェアウルフ程度の知能があれば、学習によって恐怖を克服することくらいは余裕だよね?」
普通のサルですら、学習すればたき火にあたれるようになるらしい。ましてやウェアウルフは人間とほぼ同様の知能があるのだから、火を使った攻撃というだけで有効だというのはおかしい。
「御主人様の疑問はごもっともです。おそらく、ウェアウルフは火そのものというよりも、そこから発生する熱を苦手にしているものと思われます」
「熱?」
「はい。ウェウルフはその体毛の分厚さと緻密さ故に排熱がしにくい身体の仕組みになっていますから、暑さに弱いのです。そのため、瞬発力はありますが、スタミナはありません。もし、人間のマラソンランナーとウェアウルフが42・195kmのロングランを競い合ったなら、間違いなくマラソンランナーの方が勝つでしょう」
「なるほどね」
礫ちゃんの丁寧な解説に俺は頷く。
「でも、きっとウェアウルフは自分たちのスタミナのなさを自覚しているから、根城から出てこないんですよね。短時間で何体もの個体が交替で敵に当たることで、常に最高のパフォーマンスが発揮できる戦い方をしているっぽいですし」
由比が自動人形から送られてくる映像を指さして言う。
確かに由比の言う通り、ウェアウルフの交替は速かった。たとえダイゴたち相手に善戦している状態でも、カップラーメンができるほどの時間ですぐに別の仲間にバトンタッチしている。
「つまり、ウェアウルフをいっぱい運動させればいいってこと?」
「そうですけど、交替で休憩させないようにするには、一度に全部のウェアウルフを動かさなければ意味ありませんし、そんなことができるなら初めから苦労しませんよね。スキルやアイテムを使って、やっとのことで数体の敵を城から引っ張り出している訳ですから」
……。
……。
それっきり新たな意見は出ず、沈黙が場を支配する。
「よし。じゃあ、とりあえずここまでにしよう。――俺はシャワーを浴びてくるよ。坑道掘りで汚れちゃってさ」
頃合いを見計らって、俺は議論を打ち切る。
「じゃあ兄さん。私がお背中流します」
「あんたには監視の仕事があるっしょ」
「……では下僕の私が」
「『男女七歳にして席を同じうせず』。礫ちゃんは博学だから知ってるっしょ?」
瀬成が俺についてこようとする由比と礫ちゃんの襟を引っ張って制止する。
そんな三人に苦笑しつつ、俺はシャワー室に向かい、カーテンを閉めた。
脱衣し、ぬるい水で身体のあちこちについた泥を落としていく。
(シャワーを浴びられるだけでもありがたいけど、どうせだったら湯船につかりたいな)
ふと思う。
そうだ。七里を取り戻して、日本に帰ったら温泉に行こう。
奥多摩の萌木の湯でもいいし、鎌倉の稲村ケ崎温泉でもいい。
とにかく、あの全身を温もりに包まれる幸せな感覚に浸って、心も身体もぽっかぽかになるんだ。
そういえば、ウェアウルフは熱に弱いんだったな。
じゃあ、俺たちにとっては天国な温泉もウェアウルフにとっては地獄なのか。
となると、もしかして、ウェアエルフを温泉に浸からせることができれば倒せるのだろうか。
なんて考えたところで無駄か。地下水はあるけど、あの城をいっぱいにできるほどの量がある訳じゃないし。
いや、でも待てよ。
目的はウェアウルフの体温を上げることであって、何も手段は別に温泉に限らなくても言い訳だ。
何か他にいい方法は――って考えるまでもなくあるじゃないか!
大抵の温泉施設には付随しているアレが!
「みんな! 思いついたよ! ウェアウルフたちを城から引っ張り出す方法が!」
俺はシャワー室を出て、喜び勇んで皆に報告する。
「に、兄さん! 私へのご褒美ですか!? ありがとうございます!」
俺を見た由比が親指を立てて言う。
「……」
礫ちゃんが無言のまま頬を染めて視線をそらす。
「や、大和! と、とりあえず服を着て!」
「あっ! ごめん!」
瀬成に言われて初めて自分が全裸だと気が付いた俺は、慌ててシャワー室へと引き返したのだった。
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