第134話 獣の城(3)
俺がダイゴに思いついたアイデアを説明してから、まず初めにやったのは、作戦の実行に必要な材料を集めることだった。
ホムンクルスと自動人形を総動員して林の木を片っ端から伐採させる間に、俺は装甲車の近くに穴を掘って坑道と連結させ、ちょっと前までは邪魔者に過ぎなかった水と石を、ありがたく採集させてもらう。後は土も必要だが、それは穴掘り時の副次的な産物としてもうすでにアイテムボックスにたくさん入ってるから大した労力ではなかった。
「ダイゴさん。材料の用意ができましたから、しばらく休んでいてください」
三時間ほどをかけてようやく下準備を終えた俺は、ダイゴにそう通信を入れる。
「ちっ。わかった。絶対に成功させろよ。時間の無駄だったら殺すぞ」
「善処します」
もはや口癖のように俺を恫喝するダイゴに、適当に返事をした。
首都防衛軍が撤退したのを見計らい、俺は城に近づいていく。
敵の矢が届く限界――すなわち、魔法を無効化する結界からさらに50メートルくらい離れた位置まで来たところで、俺は建築のスキルを発動した。あっという間に土の壁が根城の周囲をぐるりと取り囲み、さらに天井がばっちり蓋をする。
後は壁の一カ所に、入り口の扉を作って準備完了だ。
ともかく、これで根城という小さな箱を、さらに俺の作った壁が取り囲む入れ子構造が完成した形になる。
「じゃあ、みんなで炉の準備をしてくれ!」
俺はそう命令を下した。
ホムンクルスたちが壁の内側に沿ってびっしりと、レンガで作った炉――バーベキューをする時に使う、薪とかを入れる台みたいなやつ――を設置していく。
そして、その炉の上には、錬金で強化して熱伝導性を高めた金属性の箱をのせ、さらにその中にバラバラにした石を詰め込んだ。
「よしっ! 次は燃料だ」
俺の指示で、ホムンクルスが炉へ伐採した木から作った薪を放り込んでいく。
俺がその内の一つに火炎瓶を投げ込んで種火を作ると、ホムンクルスたちが薪の破片を片手にどんどん隣の炉へと着火していく。
そのまま一時間もの間、俺は石が熱されていくのをじっと待ち続け、そして――
「準備完了だ! みんな、水を持ってくれ! 『サウナ』作戦を開始する!」
満を持して、あまりにもそのまんま過ぎる作戦名を口にした。
ホムンクルスたちが一斉に石に水をかける。
ジャッ! と小気味いい音を立てて立ち上った水蒸気が、空気と混ざりやがて見えなくなる。
この作戦に華やかさはない。
向こうが室温に音をあげるか、それともこちらが時間切れになるか。
ただひたすらの我慢比べだ。
一つの炉に対して二匹がペアとなる形で、総計5000匹ほどのホムンクルスが薪の交換と水の注入を担当する。
残りのホムンクルスと由比たちが操る自動人形は、林で追加の木材を切り出し、俺はひたすらに地下水を集め続けた。
一時間が経ち、二時間が経ち、三時間が経ち、四時間も過ぎるかという時、先にこらえきれなくなったのは、時間でも敵でもなく――
「兄さん! もう木材がありません!」
燃料の方だった。
貧弱な林の木材では、どうやら根城全体を温め続けるほどの薪を供給することはできなかったらしい。
「わかった! なら林の方はもういいから、何とかその辺の下草を狩り集めてくれ!」
俺は苦し紛れと知りつつ、由比にそう命令を下す。
(くそっ。あと少しなのに……)
俺は城壁内でホムンクルスたちに水を配りながら歯噛みした。
俺の作戦が無意味な訳ではない。
城壁内はすでサウナ化して、ウェアウルフの呼吸もどんどん荒くなっている。
温度も湿度も今や最高潮に達し、数分中でいるだけで、俺の全身から汗がふき出してくるほどだ。
(何か、他に燃料になるものはないのか)
必死に頭を回転させながら、額から垂れてきた汗を手の甲で拭う。
ふと下ろした手を見れば、汗のべっとりついた皮膚の表面が、汗以外の何かでテカっていた。
(そうか! 油――)
人体を構成する水分以外の要素に気が付いたその瞬間にはもう、俺はアイテムボックスからホムンクルスの餌用のゴブリン肉をタップしていた。さらに錬金術のスキルの一つである『抽出』を発動し、ゴブリンの肉から油だけを分離する。焼き物師のスキルで速攻大きめの瓶をいくつも作り、そこに抽出したばかりの油を注ぎこんだ。
「薪が尽きた者は、燃料をこのオイルランプと交換しろ!」
俺はそう叫びながら瓶を配って回る。
どんどん薪が尽きていく中、タンパク質の焦げるような鼻に突く異臭に耐えることさらに一時間。
ついに事態が動いた。
根城の入り口からわらわらとウェアウルフが溢れ、四方八方に拡散していく。
その数、およそ5000体はいるだろうか。
数日前なら相当の脅威に感じたはずだが、舌を出し、息も荒く、足取りはふらついている今のウェアウルフは、とても強そうには見えない。
辛うじてモンスターらしい威厳を保っているのは、一番最後に出てきた、ボスらしい大柄の個体だけだった。
おそらく、あれが『キャプテン ブリッツ』だろう。
「ダイゴさん! お願いします!」
ホムンクルスに水を配って歩いていた俺は、一旦壁の外側に待避してから叫ぶ。
「ああ! 分かってるからさっさとどけ!」
ダイゴが首都防衛軍の面々を率い、俺の築いた壁の内側へと侵入する。
彼らは急がず、焦らず、魔法を無効化する結界の範囲外までウェアウルフを引き付け、戦闘を開始した。
数に任せて襲いくるウェアウルフの爪は相変わらず鋭かったが、肝心の身体の方が鈍っていてはどうしようもない。
万全の状態を発揮することができない彼らは、もはや首都防衛軍の敵ではなかった。
一方的に斬られ、刺され、貫かれ、焼かれていくその様は、もはや戦闘とすら呼べない。
屈強を誇った彼らの身体は、ダイゴたち前衛にとっては試し斬りの道具であり、アーチャーや魔法使いにとってはただの的に過ぎなかった。
ブオオオオオオオオオオオン!
ブリッツが、怒りに任せて咆哮する。
ダイゴとの格の差を悟ったのか、ブリッツは身振り手振りでウェアウルフに指示を出し、捨て駒のように千体ほどの個体をダイゴに突っ込ませたまま、残りの戦力を全て弱そうなホムンクルスの方に集中する。いくら弱体化しているとはいえ、ゴブリンの身体をベースにしたホムンクルスがウェアウルフに勝てるはずもなく、俺の貴重な戦力が一秒ごとにその数を減らしていく。
それでもホムンクルスは束になってウェアウルフに立ち向かい、一歩も引かなかった。
やがて俺が草刈りから呼び戻したホムンクルスと自動人形が加勢にきたことで、戦闘がさらに激しさを増す。
ダイゴがウェアウルフを殺し、ウェアウルフがホムンクルスを殺す、弱肉強食の虐殺が繰り返される。
それでも、蒸せるような熱気と死臭の漂う阿鼻の戦場に、最後に立っていたのはやはり俺たちだった。
ダイゴの一撃でウェアウルフの首が一気に十個もふっとび、ついにブリッツは盾にすべき配下の全てを失う。
キャウウウウウウウウウウウウウウウン!
負け犬の鳴き声を上げて踵を返したブリッツに、彼が殺し損ねた数百体ほどのホムンクルスが、仲間の敵とばかりに群がる。
ザシュザシュザシュザジュザシザシュザシュ。
鈍い音が延々とループし、やがてホムンクルスたちがその身体から離れた頃には、ブリッツはもはや何のモンスターか分からないほど醜いただの肉塊へと変貌を遂げていた。
『プレイヤー・ヤマトにより『偉大なるウェアエルフキャプテン ブリッツ』が討伐されました。殲滅率100%です。条件達成により、根城の滅亡が認定されます』
『所定の条件を満たしたため、現階層中心部に、新階層へと続く階段が出現します』
(これで希望は繋がった)
流れてくるシステムメッセージに、俺は胸を撫で下ろす。
「やりましたね!」
「ご主人様。おめでとうございます」
「よかったあああああ」
デバイス越しに、由比たちの拍手と喜びの言葉が聞こえてくる。
「ああ。みんなが手伝ってくれたおかげだよ。ありがとう」
『コングラッチュレーション! ボーイ。まさかユーに最後のフィニッシュを決められるとは思わなかったよ!』
デバイスの個人通信に、チーフの陽気な祝福が舞い込んでくる。
「あ、いや、ウェアウルフをほとんど殺したのはダイゴさんですし。最後にとどめを刺したのは俺本人じゃなくてホムンクルスなんで、たまたまです」
俺は正直に白状する。
『oh! ジャパニーズお得意の謙遜ってやつかい? ともかく日本勢が二つの国を滅ぼしたことは事実だからね。悔しいが、可能性の束は君たちに譲ろう。今後は君たちのサポートに回るよ』
チーフがきっぱりと言った。
「助かります!」
俺は相手に見えないと分かりつつもつい頭を下げてしまう。
『……勝敗は決した。先に3階層へと続く階段の前で待つ』
次いで入った黒蛟からの音声通信は短く、事務的だ。
しかし、少なくともその言葉の中に、恨みがましいニュアンスは一切感じられなかった。
「はい! 了解です」
俺はすがすがしい気分でそう返事をする。
色々軋轢もあったけど、なんだかんだで競争が終わってみればみんなさっぱりしたいい人たちじゃないか。
「――やりましたね! ダイゴさん」
扉をくぐり壁の内側から出てきたダイゴに、喜びを分かち合おうと声をかける。
「……」
しかし、ダイゴは俺の快哉に、無言で応え、剣を鞘に収めて南に向かって歩き出す。
無事可能性の束の優先権を手に入れたというのに、あまり嬉しそうじゃない。
もしかして、自分でブリッツのとどめを刺せなかったことが気に食わないんだろうか。
そんなことを考えている間にも、どんどんダイゴとの距離が離れていく。
俺としては、余裕があればウェアウルフの死体を解体し、ホムンクルスを製造して戦力を増強したかったのだが、どうやらダイゴはそれを許すつもりはないらしい。
もちろん、俺がダイゴについていくことを強制されているわけではないが、ここは追いかけた方がいいだろう。競争の決着がついた以上、今後は首都防衛軍と俺たちで可能性の束を争う関係になる。もしダイゴが俺たちのいないところであっさり3階層を攻略してしまえば、俺たちが何もしない内に可能性の束を取られてしまうかもしれない。
そう考えた俺は、慌てて装甲車に戻り、ダイゴの後に続いた。
一日と数時間の行軍の末、俺たちは階層の中心部に辿り着く。
「あれ? おかしいですね。アメリカも中国も、他のギルドの人たちの姿が見当たりません」
装甲車から出た俺は、周囲を見渡して呟く。
アメリカと中国は少なくともエルフの首長国の攻略が完了した時点で、俺たちの所に出発したに違いない。その途中で、俺たちがブリッツの根城を落とし、彼らは中心部に進路を変えたのだから、直線距離的には、後から出発した形になる俺たちよりも先にここに到着していなければおかしいはずなのだが。
「おめでたい奴だな。本気で奴らが『競争』の約束を守ると思っていたのか? あれはカロンファンタジアのルールでも何でもない、ただの俺たちの口約束に過ぎねえんだぞ」
ダイゴが哀れみと嘲りの入り混じった視線で俺を見下す。
「そんな――じゃあ、まさか!」
ダイゴの示唆する真実に気付いた俺は、息を呑む。
「やっと気が付いたか。あいつらはもうこの先の3階層にいる。
最悪な事態を、ダイゴは何故か愉快そうに口の端を釣り上げて語る。
どうやらまだまだ俺のハードモードは続くらしい。
Quest completed
討伐モンスター
『偉大なるウェアエルフキャプテン ブリッツ』1
ウェアウルフ 10301
戦利品
なし
報酬
なし
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