第135話 最後の鍵(1)
「もっと急いでくださいよ。早く追いかけないと、可能性の束を他の国に奪われてしまいますよ! 何でそんなに余裕しゃくしゃくなんですか!」
3階層へと続く階段を上りながら、俺は妙に落ち着つき払った態度を示すダイゴを急かす。
「うるせえな。小鳥みたいにピーチク喚くんじゃねえ。逆に何を焦ることがある? 先に奴らが最終階層に到達したとして、今までの階層の攻略所要時間から考えて、そう簡単に片が付くと思ってるのか? 数時間遅れたところで大勢に影響はない」
ダイゴはうっとうしそうに言って、泰然と一定のペースで足を動かし続ける。
確かに残り時間はあと100時間ちょいある。敵が時間に余裕をもってクリアできるようなぬるい試練を与えてくるとも思えないから、数時間程度スタートが遅れても挽回はできるのかもしれない。
だけど、可能性の束の入手がかかったこの最終局面で、悠長に構えていることは俺にはできなかった。
「でも、万が一ってこともあるじゃないですか! こうしている間に他国に最終階層をクリアされたらどうするんですか?」
「その時は、クリアした奴らをぶっ殺して先に進むだけの話だろ。まあ、おそらく俺様の予想が確かなら、奴らと戦う必要すらないだろうがな」
「どういうことですか? さっきから意味深なことばっかり言ってないで、何か知ってるんなら詳細を教えてくださいよ」
「ふぁーあ。俺はお前のパパでも先公でもねえんだ。一から十までいちいち説明してられるかよ。すぐそこに三階層があるんだから、知りたきゃてめえ自身の目で確かめてこい」
ダイゴは欠伸一つして、ぶっきらぼうに言い放つ。
「わかりましたよ。――行こうみんな」
俺は瀬成たちにそう声をかけ、先を急いだ。
3階層へと続く階段は、一階層と二階層とを繋ぐそれよりも急で段数も多く、俺は高みへと登っていることを実感する。
脚に疲労を、そして額に汗を感じながら、ひたすら上を目指す。
永遠に思われた苦行もやがて終わりはやってきて、俺たちはようやく最上段に足をかけた。
「きれい……」
瀬成がぽつりと呟く。
そこで俺たちを祝福するように待っていたのは、今までに見たこともない絶景だった。
「天国……か」
床を這う真白い雲海から虹色の花々が生え、あちこちに咲き誇っている。
俺たちを誘うかのような甘い芳香が鼻腔をくすぐり、どこからともなく美しい琴かハープのような音色が漏れ聞こえていた。
天井からはキラキラと輝く粒子を纏った光の筋がこぼれ、陽だまりにも似た穏やかな空間を作り出している。
「確か最初に天空城に入った時に与えられたフレーバーテキストは、『天国に至る鍵は一つ』でしたか。ここから見た限りでは、今までのようにボスを倒せばいいのか、それとも探索系のミッションなのか判断がつきませんね」
由比が周囲に視線を配りながら呟く。
「ご主人様、どうしましょう。早速3階層に侵入しますか?」
「いや。ここは慎重に、自動人形とホムンクルスで周囲を偵察しつつ、先行するギルドを探す形でいこう。由比。頼む」
礫ちゃんの問いに、俺は静かに答え、生き残った数少ないホムンクルスを先行させる。
心情的には今すぐ3階層に侵入して先行したギルドを追いかけたいが、ダイゴの思わせぶりな言動から考えて、この先に想定外の危険が待ち受けている可能性は高い。
安易に突っ込むことはためらわれた。
「はい。兄さん。今すぐ」
由比が出現させた自動人形がホムンクルスの後を追って、四方に散らばっていく。
自動人形から由比に送られてきた映像を転送し、俺たちは偵察を開始する。
周囲に敵の姿はなく、不気味なほど妨害もない。
最初は物珍しかった周囲の風景もしばらくすると飽きてきて、退屈な環境映像を鑑賞している気分になる。
それでも気を抜く訳にはいかず、じっとその映像を観察し続けること十分――
「兄さん! アメリカと中国チームを見つけました。北西です!」
由比が突然叫んだ。
俺はそちらの映像に視線を遣る。
まだ遠く、点に見えるほどの距離があるものの、それでも星条旗の描かれた特徴的なスーツを着たチーフの後ろ姿を視認することができた。
「どうやら交戦状態にあるようです!」
「でもあいつらなんかすごく動きがゆっくりじゃない?」
「戦ってる相手は、少なくとも今まで遭遇してきたような大型の敵ではないみたいだ。とにかく、もうちょっと近づかないとよく見えないな。由比。頼める?」
「はい。兄さん。今すぐ」
由比の命令で、自動人形が歩みを進めていく。
10メートル、30メートル、100メートルと進み、ようやく詳細が判明する――と思ったその時、こちらに気が付いたチーフがスローモーションのようにゆっくりと首を回し、何かを訴えかけるようなもの悲しげな瞳でこちらを見つめてきた。
「大和! 何か下から何か出てきた! やばそう!」
その男らしく血色の良い唇が開くよりも早く、瀬成が狼狽した声で叫ぶ。
デバイスには、突如自動人形の足下の雲海から飛び立った、無数の何か――卵のような楕円形の球体に、二対の羽をつけた不思議なモンスターが映し出されていた。
見方によっては、蝶のようにも、妖精のようにも、天使のようにさえ見える銀翼をはためかせたそのモンスターが、幻想的に辺りを舞い始めた――と思った次の瞬間にはもう、映像が空転していた。
直後デバイスに映し出されたのは、靄がかかった不鮮明な自動人形の視界だった。
どうやら自動人形は仰向けに雲海に倒れたらしい。
「由比。どうした!?」
「わかりません! 自動人形が全く指示を受け付けません! 動かないんです!」
「ならウチが直接動かしてみる! 詠唱お願い!」
「かしこまりました」
礫ちゃんが呪文を唱え始め、俺は意識を失った瀬成を抱きとめる。
彼女の宿った自動人形は立ち上がることこそできなかったが、何とか四つん這いの状態になって起き上がり、雲海から顔を出して再びまともな視界を確保する。
しかし、俺たちにできたのはそこまでだった。
チーフたちの方から、ゆっくりとこちらに向かってくる薄黒い半透明の影。
子どもの落書きにも似た、単純な半月状の目と口をもったそれは、明らかにこの世のものではない。
「兄さん。リッチです! 向こうからはスペクターも来ます!」
由比が映像のあちこちを指さす。
黒いローブを纏った死神。
蛇の髪を持つ女。
首のない騎士。
チーフたちの方から流れてきたおぼろげな姿の妖魔たちが、新たなる獲物目がけてむらがってくる。
「ゴースト系のモンスターのそろい踏みって訳か」
俺は歯噛みする。
ケタケタケタケタ。
嘲笑にも似た鳴き声を上げて、モンスターたちは一斉に魔法を発動した。
一体一体が、法外に強い敵だという訳ではなく、どれも中級クラスの冒険者でも倒せる一般的なモンスターだ。
しかし、回避も反撃もできない現状で集中砲火を浴びれば、いくら俺が強化して作り上げた自動人形といえどもひとたまりもない。腕がひしゃげ、脚が解け、死神の鎌の一撃で首が吹き飛ぶ。戦禍を潜り抜けたホムンクルスたちもたちまち無残な骸へと変わっていく。
コンタクト型のデバイスが損傷したのだろう。映像がどんどん薄れていく中、最後に確認できたのは、まるで俺たちを嘲笑うかのように自動人形の胴体に舞い降りる銀翼のモンスターの姿だった。
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