第136話 最後の鍵(2)

「……大和、ごめん。身体が重くて何もできなかった」


 目を覚ました瀬成が、俺の腕の中から離れ、悔しそうに呟く。


「いや。おかげで色々貴重な情報が手に入ったよ。だけど、困ったな」


「はい。ご主人様。ダンジョンですからトラップがあることは不自然ではないですが……、これはどうやって攻略すれば良いか見当もつきません」


「厄介ですね……」



『――quest view――

 此処は死者が高められ、生者が地を這う、全能たる主の膝下。

 天国は魂の有り処。

 故に、全ての物質はくびきとなる。

 命あるままに高みに昇らんと欲する者たちよ。

 全は一にして、一こそが全。

 至上を望むならば、矛盾を止揚せし数多の有翼より、ただ一つの鍵を見つけ出せ』


 愕然とする俺たちを待ち構えていたように、メッセージがポップアップしてくる。


 まさか、あの無数にいるあの銀翼の飛行モンスターを片っ端から倒し、たった一つの鍵を手に入れろと言うのか。


 まともに動くことすらできないこの環境で?


「ほう。重力系のトラップできたか。ゴースト系のモンスターは全部雑魚だが、あの銀色の翼を持つ小型モンスターは新種だな。つまり、あいつが重力を発生させているって訳だ」


 遅れて追いついてきたダイゴが、俺のデバイスを盗み見て、他人事のような口調で呟いた。


「ダイゴさん……。全部知ってたんですか? 知ってたから、あなたは他のチームが裏切ることを予期していながら、敢えて止めなかったんですね。自分たちの安全を確保する実験台にするために」


 俺は余裕の表情のダイゴを横目で睨む。


「まあ、そんなところだ。もちろん、さすがの俺様でも、具体的なトラップの内容までは知らなかったがな。でも、まあ、終末機構の奴らが搦め手で攻めてくることは予想がついていた。1階層、2階層を突破された以上、力押しで俺たちを止めるのは無理だと判断して、毛色の違う試練を用意してくるのは自然な成り行きだ」


「だからといって、こんなの、もはやまともなゲームとはいえないじゃないですか。いきなり向こうが後出してきたバッドステータスで一方的にこっちの反撃を封じた上で嬲り殺すなんて」


 いくらアメリカと中国チームが約束を破り、俺たちを抜け駆けしたとはいっても、目の前で人間が虐殺されていく光景は見ていて気持ちのいいものじゃない。


「まあ、クソゲーなのには同意するが、中々確実な妨害だろ? 馬鹿は不意打ちで殺して、トラップに気付いた奴らもまともに動けない状況で途方もない宝さがしを強要して、そのまま時間切れを狙える」


 階層を上がるごとに面積は狭くなっているとはいえ、前に礫ちゃんが言っていた数値を参考にすれば、三階層は一階層の10%――つまり東京都くらいの広さは有している。


 ただ踏破するだけならともかく、100時間以内にこれほどの広さがある空間に散らばったあの何万匹いるかわからない銀翼のモンスターの中から一つの鍵を見つけるのは至難だ。


 いや、それ以前に――


「でも、この先のフィールドでは、あの銀翼のモンスターが出てきた時点で歩くことすらできないんですよ? それじゃ、宝さがし以前の問題です。俺たちが生きていて、質量を有している以上、重力の影響は避けられないんだから、このままでは攻略不能ということになるのでは?」


 この階層をクリアするにはあの銀翼のモンスターを倒して鍵を見つけ出さなければならないが、そもそも銀翼自体が重力の発生源なのであれが出てきた時点で倒せない。


 こんなの、性質の悪い冗談にしか思えない。


「お前は馬鹿か? 今の運営はクソクエストばっかりリリースしてきやがるが、攻略不能なムリゲーを出してきたことは一度もない。奴らがどんなに人類に対する悪意を有していたとしても、カロン・ファンタジアの枠内に縛られている以上、絶対にクリアはできるに決まってるだろ。しかも、今回の場合はテキスト内に明らかなヒントが含まれてるだろうが」


 ダイゴが嘲笑し、苛立たしそうに足を踏み鳴らす。


 そう言われて、俺は改めて先ほど送られてきた運営からのメッセージを確認する。


 何度か文章を黙読し、ようやくダイゴの言わんとすることに気が付いた。


「――そうか! 映像が途切れる前、銀翼のモンスターは、自動人形に止まっていた。自動人形へ物理的に接触できるということは、あのモンスターはゴースト系ではなく、実体がある。なのに、銀翼のモンスターは、普通に宙を舞っていて、重力の影響を受けていない。『矛盾を止揚せし』とは、そういう意味ですか。あの銀翼は、重力の発生源であると同時に、それに対抗する『鍵』でもあると」


 俺は思わず膝を打って言う。


「気づくのがおせえ。……まあいい。いくら無能なお前でも、この先は説明しなくても分かるだろ」


「はい。つまり、生体ながら自由に動けているあのモンスターを倒せば、重力の状態異常を回避するアイテムを入手できる可能性が高い、と。そういうことですね?」


「そうだ。モンスターを狩り、素材を入手し、それを利用して攻略する。今、俺様たちに要求されているのは、ある意味で最もシンプルで基本的なRPGの攻略手順に過ぎない。運営がどんなに意味深な表現を持ち出してこようと、んなことは関係ねえ」


 ダイゴがストイックな口調で言って、まっすぐに三階層の奥を見つめる。


 もちろん、俺たちが今語り合っているのは推論であって、確証はない。だけど、他に攻略法が見いだせない以上、やるだけやってみるしかないだろう。


「方針は分かりました。だけど、仮にあの銀翼のモンスターから重力回避のアイテムが入手できるとしても、どちらにしろ最初の数匹は自力で仕留めなければいけませんが……どうします?」


「何のためにお前らをここまで連れてきてやったと思ってんだ。搦め手はてめえの得意分野だろうが。裁縫士?」


「……なるほど。俺たちに声をかけたのは、初めからそれが目的でしたか」


 誰の助力も必要としないほど強いダイゴたちが、どうして俺たちを誘って天空城の攻略に同行させたのか、ずっと不思議だった。


 でも、初めからこういう展開になることを予測した上での行動だったと知った今となっては、十分に納得はできる。


「まさか、できねえとは言わねえよな?」


「やってみます。成功するかは分かりませんけど。――由比。コンタクト型デバイスにはまだ余裕があるかな? 新しく人形を作ろうと思うんだけど」


 俺はダイゴの挑発的な問いに頷いてから、由比の方に向き直った。


「もちろんあります。と、いうことはまた自動人形で作戦を?」


「うん。とりあえずは人形に粘着質の投網をもたせて、あの銀翼を捕まえられないか試してみるよ」


「ですが、ご主人様。先ほどの顛末を見るに、網を投げる前に動けない状況にされる可能性も高いと思われますが」


「そうだね。だから、今回は二段構えでいこうと思ってる」


 礫ちゃんの真っ当な指摘に、俺はそう宣言する。


「二段構え?」


 顔に疑問符を浮かべた瀬成が首を傾げる。


「説明するより実際にやってみた方が早いかな」


 俺はそう言って、手早くスキルの選択画面を呼び出した。

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