第137話 最後の鍵(3)

「じゃあ、早速始めようか」


 俺はどっしりと佇む自動人形を前にして呟く。


 自動人形といっても、ここまで使ってきたような高級品ではなく、2階層で穴掘りした際に入手した副産物の土から即席で作り出した簡易なものだ。その分、材料は気兼ねなく大量に使えたので、人形というよりはゴーレムに近い大きさがある。全長3メートルぐらいだろうか。


 見た目には重そうだが、中は空洞になっているので、実際には軽い。


「じゃあ、大和。ウチはこれに憑依して、あの飛んでるやつのところまで行って網を投げればいいんだね」


「うん。一応、投げる前に網が絡まないように注意して」


 瀬成の最終確認に俺は頷く。


 ゴーレムの手には、俺が裁縫で作り出した目の細かい投網が握られている。


 持ち手以外の投網を構成する主要部分には、食料の米から精製したのりを付加しているので、粘着力もある出来になっている。


 なお、投網からは長いロープが出ており、その端は俺自身が握っている。自動人形が網を投げた後、途中でゴーレムが破壊されても手動で網を巻き取って回収することができるようにするためだ。釣り竿でいえば俺がリール役をしているイメージである。


「それでは、詠唱を始めます」


 礫ちゃんの詠唱と共に、瀬成が意識を失い、ゴーレムに乗り移る。


「では兄さん。デバイスの映像を送りますね」


「ああ」


 由比から送られてきた映像に、俺は意識を集中した。


 ゴーレムは一歩一歩、着実に歩みを進めていく。それに伴い、俺が腕に巻き付けている糸もシュルシュルと伸びていった。


「兄さん。そろそろ襲撃がある頃合いでしょうか?」


「どうだろう。俺もそろそろだと思う――来たか」


 俺が由比の問いかけに答え終わらない内に、ゴーレムの視界を無数の翼が塞ぐ。


 瞬間、足下から飛び立ったその銀翼たちに向けて、ゴーレムが素早く網を投げる。


「っつ――ダメです!」


「かわされたか……」


 俺は眉をひそめて呟く。


 優雅にふわふわと漂っているだけに見えた銀翼たちは、物理法則を無視するかのごとき機敏な動作で真横に並行移動し、投網を迅速に回避した。


 こうなってしまえば、待ち受けているのは先ほどと同じ、敗北への一本道だ。


 一度きりのチャンスを逃したゴーレムは、いや増す重力に膝を折り、行動不能になる。


 まるでその姿を嘲笑うかのように、ゴーレムの背中の上で羽を休める銀翼。


 音もなく湧きだしたゴースト系のモンスターたちが、一斉に襲いかかってくる。


「大和。ダメだったみたい。ごめんね」


「お疲れ。問題ないよ。むしろ、ここからが本番だから」


 意識を取り戻した瀬成に俺は微笑みかける。


 ゴーストたちの攻撃魔法に苛まれ、脆い土の身体しかもたないゴーレムの胴体が爆散する。それに伴い、禍々しい紫色の気体が、瞬く間に周囲に拡散していった。


 胴体から分離したゴーレムの首が、地面を豪快に転がる。


 映像が途切れるその刹那、その瞳に装着されたコンタクトデバイスが、ボトボトと空中から落ちてくる銀翼たちを捉えた。銀翼たちの着地点はバラバラだ。しかし、それでもいくつかの個体が先ほど狙いを外した投網の上にへばりつくのを、俺は映像を通じて確認する。


「作戦成功おめでとうございます。ご主人様」


「うん。よかったよ。プドロティスから抽出した毒が効いて」


 俺は礫ちゃんの言葉に頷き、小さく息を吐き出す。


 ゴーレムの中に封入しておいた毒の霧は、どうやら今回もちゃんと機能してくれたらしい。


 1階層ですでに何種類かの虫モンスター相手に使用してその効力を確かめてはいたが、今回のは初めて遭遇したモンスターが相手だけに、ちょっと不安だったのだ。


「さすが小賢しい戦い方をさせたらお前の右に出る者はいないな、道化なる裁縫士。投網の方はブラフか」


「ええ、まあ。もちろん、投網で捕まってくれればそっちの方が楽だったんですけどね。目には目を、トラップにはトラップを、ということで」


 誉めてるのかけなしてるのか分からないトーンで囁くダイゴに、俺は投網へとつながる糸を手繰り寄せながら答えた。


「後は、あのモンスターから本当に重力を回避するアイテムが入手できるかですね。兄さん」


「そうだね。こればっかりは実際に『解体』してみないと分からないな」


 俺はそう呟きながら、ついに肉眼で確認するところまで巻き取った投網を見つめる。


 投網には4~5匹の銀翼が付着しており、その内の何匹かはまだひくひくと動いていた。


 俺はまずそれらに手早く針を突き刺して、確実にとどめを刺してから、早速スキルで『解体』する。


 卵型の胴体から出てきたのは、紫色の立方体だった。まだ生暖かく脈打つそれが、光の粒子のエフェクトを出しながら消失し、アイテム欄へと移動する。


 早速その立方体をタップして、表示されたテキストを一読した俺は、微妙な顔をせざるを得なかった。


『アイテム

 極楽蝶の心石

 極楽蝶の核となる、あらゆる重力的な干渉から解き放たれることを可能にする奇跡の石です。

 ※時限アイテムです。15分後に、効果を消失し、アイテム名『路傍の石』に変化します。』


「どうだ?」


 ダイゴが横目で俺を窺いつつ問う。


「今そちらにサンプルを送ります」


「ちっ。時限性か。まあ、妥当な所だな」


 俺からアイテムを受け取ったダイゴが、目を細め呟く。


 どうやら、このフィールドでまともに行動するには常時銀翼の敵――極楽蝶を狩りまくり、常に新鮮なアイテムを供給し続けなければいけないらしい。


 もちろん、条件としてはシビアだ。だけどとりあえず、敵からなにも有効なアイテムが獲れないという最悪の事態は避けられたのだから、及第点の結果と言ったところだろう。


「でも、これで見通しは立ちました。重力の影響を排除できるなら、自動人形と網を使ってのローラー作戦が展開できます。そうだよね。由比?」


「はい。兄さんに巨大な一枚の網を作ってもらえば、自動人形をフィールドの端から端まで横列に展開し、それらに網を持たせて前進させるだけで極楽蝶を追い詰められますから」


 俺の問いに由比が頷く。


「地形的に平坦な分、技術的には前の山狩りよりも簡単かもしれませんね」


 礫ちゃんもそう呟き、俺の発案に賛同の意を示した。


「できるなら、ママにすがるガキみたいに俺様に報告してないでさっさとやれよ」


 ダイゴがそう吐き捨てて、フィールドの方を顎でしゃくる。


「やりますよ。でも、その前にまずは襲われてる他国のギルドのメンバーを救出しましょう」


「どうしてそうなる」


「お分かりでしょう? 現状のまま自動人形を展開しても、ゴーストたちの攻撃で網を破られて、そこから極楽蝶が逃げ出したら終わりです。心石の数を揃えるために極楽蝶を狩り続ける必要もありますし、とにかく戦闘要員の頭数が足りないじゃないですか」


 俺はもっともらしくそう理屈をつける。


 俺としては損得抜きでも彼らを助けてやりたいが、ダイゴはそれでは納得しないだろうから。


「さっき俺たちを裏切ったばかりの奴らを救うとは。相変わらずおめでたい奴だな」


 ダイゴが皮肉っぽい嘲笑を浮かべて言う。


「他の国も、世界の命運と自分たちの命がかかっているんですから、少なくとも鍵を手に入れるまでは裏切らないはずです。鍵を手に入れた後は――確かにわかりませんね。もし、ダイゴさんたちが彼らを撃退する自信がないというなら、別の方法を考えるしかないですが」


 俺は挑発するようにそう言って、ダイゴを一瞥する。


「すでにあいつらのギルドは戦力の一部を欠いている。不完全な構成のパーティーに俺たちが負ける道理がない」


 ダイゴが尊大に断言する。


「なら問題ありませんね。早速行きましょう。『プレイヤー同士で助け合いましょう』っていうのが、ネットゲームの基本的なマナーですから」


 俺はわざとらしく、まじめ腐った口調でダイゴに語り掛けた。


「奥多摩の意趣返しのつもりか?」


 ダイゴが顔を歪めて俺を睨む。


「いえいえ、ただの一般論ですよ」


 その視線を右から左に受け流し、俺は飄々と答えた。

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