第138話 最後の鍵(4)

 俺たちは、足早にアメリカと中国チームの下へ急行した。


 まだ数を確保しきれていない心石は、戦闘遂行能力の高いダイゴたちに優先的に配分し、彼らを先行させる。


 その後には今までの階層と同じく、『ザイ=ラマクカ』の装甲車が続くが、素早く極楽蝶を解体する必要性があるので、俺だけは装甲車の外に出て、いつでも即応できる態勢を整えていた。もちろん、俺自身も心石を使用しているので、重力トラップの影響を受ける心配はない。


 やがて、件の二つのチームを視認できる地点までやってくるや否や、再び極楽蝶が足下から飛び出してきた。


 大丈夫だと分かっていても、つい一瞬身構えてしまう。


 うん。平気だ。ちゃんと問題なく動ける。


「おー、しぶといな。まだ全滅してなかったか」


 ダイゴが息を吸うような気軽さでその漆黒の剣を振る。


 極楽蝶は機敏な動作で攻撃を回避しようとするが、ダイゴの剣速には遠く及ばず、その大半が羽をもがれて無様に落下していった。


「呑気なこと言ってないで、早く助けないと!」


 俺はせっせと骸と化した極楽蝶を回収し、必死に心石を量産しつつそう催促する。


 確かにアメリカチームも中国チームも全滅はしてないが、目測、全体の三割くらいだろうか――ともかく、かなりの人数が既に事切れている。一刻を争う状況だ。


「うっせーな。こんな雑魚共相手じゃ、クソほどもテンションあがんねーんだよ」


 ダイゴは気怠そうに答えながらも、襲いくるゴーストたちを迎え撃った。間断なく放たれる魔法の雨あられを剣の腹の部分で吸収・反射し、仲間の手を借りることすらもなく一瞬で殲滅する。


「チーフさん! 黒蛟さん! 今から重力解除のアイテムを送ります! 使ってください!」


 目前の脅威が去ったことを確認した俺は、早速入手したてほやほやのアイテムを二人に送りつけた。


 本当はそれぞれのパーティーにおける回復役を務めている人間に配った方が効率的なのかもしれないが、俺はそれぞれのチームの構成を把握していないため、とりあえず司令塔であるリーダーの復活を優先したのだ。


 チーフと黒蛟が、震える手足を必死で動かして、緩慢な動作でコマンドをタップする。


「どうだ? 無能ども。約束を反故にし、俺たちを裏切ってこそこそ卑劣な真似までして3階層に突入して仲間を犬死にさせた気持ちは。有能な俺様に教えてくれ」


 やがて顔に生気を取り戻した彼らを、ダイゴが大っぴらに煽る。


「……」


「……」


 二人が俺たちをはばかるように、言葉もなく俯く。


「諸々の話は後にしましょう。今は次の敵が湧く前に助けられる人だけでも助けないと。――誰にアイテムを付与すればいいですか? 回復役はどなたですか?」


「向こうにいるマイクを助けてやってくれ。ミーたちのジェニファーはもう……」


 チーフはそう言うと、倒れ伏したビキニ姿の女性を一瞥し、黙祷を捧げた。


「――二列目の右から三番目、三列目の左から7番目、次は五列目の5番目だ。三割近い損耗率か。突入時の陣形をDパターンにしていれば、2割に被害が抑えられたかもしれないが」


 一方の黒蛟は、言葉の端に後悔を滲ませながらも、取り乱すようなこともなく、的確に指示を下していく。


 こうして一度ヒーラーが立ち直ると、一行は加速度的に秩序を取り戻し、新たな極楽蝶を狩りながら、十分足らずで生き残った全員を重力のかせから解き放った。


「ここまで、ですね」


 俺は周辺を見渡して呟く。


 アメリカチームは、残念ながら間に合わなかった遺骸に、それぞれの宗教に則した弔いの言葉を送っている。


 一方の中国チームは、淡々と遺骸からアイテムを回収し、一カ所にまとめて火葬することにしたようだ。一見冷たいように見えるが、放っておけば遺骸から新たなモンスターが生まれる可能性もあるから、これ以上仲間を冒涜させないようにという配慮ともいえる。


「……どうしてミーたちを助けた」


 チーフが唇を噛みしめ、震える声で呟く。


「はっ。俺としてはお前たちがもだえ苦しむ様を見て、嘲笑ってやりたかったんだがな。このお人好しの裁縫士がどうしてもてめえらを助けるって言うから仕方なく付き合ってやったんだよ。いい年こいた大人がガキの同情で命拾いするなんて恥ずかしくないのか? ん?」


「くっ……なにもミーたちだって好きで裏切った訳では」


「やめろ。どんな言葉を弄しても、我々が約束を反故にしたことは事実だ。言い訳にしかならない」


 恨みがましくダイゴを睨むチーフに、黒蛟がクールに言い放つ。


「ダイゴさんはこう言ってますけど、俺は別に同情であなたたちを助けた訳ではありません。3階層を突破するのに必要な戦力だと考えたからです」


「ぷぷっ。一回り以上も年下の奴に気を遣われてやがる。クソダセえ!」


 ダイゴが腹を抱えて嘲笑する。


「ダイゴさん! 一々煽るのやめてくださいよ! 話が先に進まないでしょう」


 見かねて俺はたしなめる。


「わかったわかった。じゃあ、後は優等生さんにお任せするとしよう」


 ダイゴは肩をすくめると、俺たちから離れて、仲間の元に向かった。


「ふう。……では、ぶしつけですが早速提案させて頂きます。俺は、これから自動人形と網を使って、全ての極楽蝶を捕捉し、鍵を見つけ出すためのローラー作戦を展開するつもりです。作戦の途中には、モンスターの他、様々な障害に遭遇するでしょう。その障害の排除に、皆さんにも協力して頂きたいんです」


 俺は、チーフと黒蛟に向き直り、端的に説明する。


「やろうとしていることは理解できる。しかし、一度裏切ったミーたちを、ユーは信用できるのかい?」


 チーフがこちらをはばかるような、控えめなトーンで尋ねてくる。


「信用できる……といえば嘘になります。でも、正直それどころじゃないですよ。制限時間は待ってくれないんですから、このままお互い反目しあっていたら、時間切れで世界ごと滅びるだけです。否応なく、今はみんなで力を合わせる時じゃないですか?」


「……ああ、ユーの言うことはもっともだ。だが、少し――数分でいい。時間をくれ」


 チーフはそう言って、後ろを一瞥する。


 そこには、いつぞや一階層で見かけた、俺たちの動向に目を光らせるカロン・ファンタジアの装備が似合わない中年の姿があった。


「――同じく。話をつける時間が要る」


 黒蛟が視線を動かすこともなく続ける。


「……わかりました」


 それ以上、俺は何も言わなかった。


 意に添わない命令を受け、そのせいで仲間を失ってもなお、お上にお伺いを立てなければいけない彼らの気持ちを考えると、責める気にはなれなかったのだ。


 しばらくして、戻ってきた二人は、浮かない顔で俺に作戦への協力を応諾する旨を伝えてきた。


 その表情から、俺は彼らがまた裏切りかねないことを悟り、覚悟を決める。


 こうして、最後の階層の攻略は、不穏と緊張に包まれた出発となった。

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