第139話 最後の鍵(5)
「作戦を開始します!」
装甲車の上で膝立ちになった俺は、三階層の端から端まで、等間隔で横列に展開する自動人形を見渡し、号令をかけた。
自動人形はそれぞれ網の支柱となる棒を持っており、棒は床から天井まで隙間なく張られた網と網とをつないでいる。
もちろん、このままだとどこか一カ所突破されてしまえば意味がなくなるので、人形の列は一列でなく、予備のものも含めて、三重となっている。俺としては、包囲網は分厚ければ分厚いほどよいのだが、網の方はともかく、いくら安い材料を使ってるとはいえ、生産できる自動人形には限界があるため、三重で精一杯だったのだ。
そして、網の内側――進行方向には、すでに護衛の人間が配置についていた。
全体を三分割し、東をチーフが、西を黒蛟が、そして、その両者の中間を、ダイゴと俺たちで担当することとなった。
「では、兄さん。自動人形を前進させます」
「よろしく!」
由比の指示に合わせて、自動人形がゆっくりと前進を始める。
「OK! 東の方はミーに任せてくれ!」
チーフが明るい口調で言う。仲間を鼓舞するために無理をしているのか、声には空元気の色合が濃い。
「――我々は西だ」
同じく、もう半分を総括する黒蛟は、淡々と告げる。
「ごたくはいいからさっさと進め」
ダイゴが相変わらずのぶっきらぼうさで呟く。
「了解です! 制限時間、百時間を切っています! 行軍が安定したら、徐々にスピードをあげていきます。皆さんは適度に極楽蝶を狩り、心石を切らさないように気を配りつつ、網を防衛してください」
こうして、本格的に作戦が開始される。
一時間ほどは何事もない平穏な行軍だった。
もし事情を知らないものが見れば、虫取りコスプレ観光ツアーご一行様だと受け取られかねないほどに呑気だ。
しかし、先ほど不意打ちを食らっている俺たちにとっては、その安楽さがかえって不気味であり、気を抜くものは一人もいなかった。
『――敵襲だ』
やがて、ゴーストの一軍が現れたとの報告が舞い込む。しかし――
『ミーたちのところもだ。だが、安心してくれたまえ! もうすでにバスター済みさ!』
『こちらも処理が完了した』
俺が何か指示する必要もなく、難なく撃退された。
それも当然だ。いくら戦力を欠いているとはいえ、天空城に突入できるほどの実力をもった英雄たちが、ゴースト程度に遅れを取る訳はない。
『申し訳ない! 敵のファイヤーボールの余波で網が焼けた!』
問題といえば、それぞれが守備する範囲が広いせいで、時に敵の攻撃を防ぎきれない箇所が出てきてしまうくらいだろうか。
「了解です! 由比。どこが焼けたかわかる?」
『はい、兄さん! どうやら、破損したのは、西の三番目の網のようです!』
だが、そんな時は、デバイスのモニターを監視している由比が、すかさず俺に問題のある場所を教えてくれる。
「わかった! 瀬成! 礫ちゃん。頼む!」
『任せて!』
『詠唱を開始します』
ダメージを受けた網は、瀬成がすぐに補修する。
時には人形も予備のものと交換する。
どうやら、いつぞやかスニークスネークを山狩りした時の経験が活きているのか、この辺のやりとりはスムーズだった。
こうして、あっという間に一日が過ぎ、俺たちは、初日にして、全体の三分の一の旅程をクリアしたのだった。
*
二日目。
やはり、ラストダンジョンはそんなに甘くない。
『注意! 前方に落とし穴あり!』
『oh! こっちは突き出す針山トラップだ』
行軍中の黒蛟とチーフから急報が入る。
「ちっ。邪魔だな。滑る床か」
同時に、目の前のダイゴたちも何かを察知したように空中に飛び上がった。
「負傷者はいませんか?」
『地上から距離を取った。問題ない。ただ、飛行に労力を割く分、敵を処理する能力は若干低下する』
『ha! ha! ha! こちらもほぼ同じ状況さ。たが、ミーたちはともかく、人形くんたちはどうするんだい? あれだけの数の人形全体を飛ばすような力は誰も、もっちゃいない。だからといって、このまま進軍すると言う訳にもいかないだろう』
「今対策を考えますから、ちょっと休憩にしましょう。――由比。行軍を停止してくれ」
『はい。兄さん』
由比の命令で、人形たちは歩みを止める。
俺は装甲車の上から、辺りを見渡し、顔をしかめる。
トラップといっても見えているならば回避も容易だろうが、この階層の床には、雲だか霧だか分からないもやもやがわだかまっていて、足下の視界が非常に悪い。
仮に見えたとしても、たくさんある自動人形に個別に指示を出し、トラップを回避し続けるのは無理だろう。
こうなると、作戦を継続するのは困難だ。
いや、困難なはずだった。
もし、俺が生産職を極めていなかったなら。
「思いつきました。布を重ねて、人形たちに『下駄』を履かせましょう。今、俺が編み上げますから、皆さんは先の道にそれを敷いてください!」
そうだ。針山だろうと落とし穴だろうと滑る床だろうと、せいぜい地面から一メートルも距離を取ってしまえば、全て無意味だ。
俺は裁縫のスキルを発動する。
初期装備の無限に出てくる糸を組み合わせ、爆速でフロア全土を覆うほどの巨大な一枚布を編み上げていく。出来上がったばかりの真白いそれを、空を飛ぶことのできる他のギルドのメンバーの手を借りて、進路に敷いた。
編む。
敷く。
編む。
敷く。
一枚一枚は無力で脆弱な布も、何十枚、何百枚と積み重ねていけば、それはやがて底上げされた新たな床となった。
最後の仕上げに、床の四隅に鍛冶で作った長大な釘を叩き込む。
こうして、俺たちの前に安全な道が出来上がった。
「ワオ! ボーイ! やるじゃないか! これじゃあ意地悪な
「――これが、極めた生産スキルの力か」
驚愕と称賛の声を耳にして、瞬く間に安全な道を作り出した俺は、再び進軍を開始した。
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