第140話 最後の鍵(6)

 そして、行軍は早くも三日目に差し掛かる。


『――天井から高温度の熱源が射出』


『ファック! バーベキューになるのはごめんだ』


「了解です! こちらでもその現象を確認しています! 由比! 進軍停止!」


 チーフと黒蛟からの報告を待つまでもなく、俺の目は新たなるトラップの発動を捉えていた。


 天井の一部を構成する透明な水晶から、雨あられのように熱光線が放出されている。


 ランダムに射出される神の鉄槌にも似たその光は、俺の敷いた絨毯を焼き、いとも容易く穴を空ける。繊維の焼けるこげ臭い香りが、瞬く間に周囲に充満しはじめた。


 もちろん、床の数々のトラップは相変わらず健在だから、このまま人形を進軍させることはできない。


「金属鏡で反射しましょう!」


 俺はエルドラドゴーレムから採取した金属の残りに、最高レベルの鍛冶スキルを駆使し、薄く薄く延ばすと、青みがかったアルミホイルのようなシートが出来上がる。さらにそのシートに彫金のスキルで磨きをかければ、驚異的な反射率を誇る鏡の被膜ができあがる。


 後は、作り上げた床の上に、その被膜を被せて終わりだ。最高の材料と最高のスキルで作られた鏡は、全ての熱光線を反射し、トラップを完全に無効化する。


 おおおおおおおお。


 刹那、一変した光景に、一行からため息にも似た歓声が漏れた。


「oh! ダイナミックだね。ユーの奇術ならきっとラスベガスでも通用するよ!」


 チーフが大げさな口調で俺を誉める。


 通信には、ちらほらと、拍手の音まで入ってきていた。


「さすがの手腕です。ご主人様。これで計、34のトラップを、ご主人様の力で切り抜けたことになります」


「ふう。最初天空城に突入した時には、他のギルドはみんな兄さんを侮っていたのに、ほんと調子いいですよね」


「ウチは大和がみんなに認められて嬉しいな」


「こんな時まで点数稼ぎですか。どこまでもあざとい人ですね」


「そ、そんなつもりじゃないし!」


『ははは。まあ、とにかくこのまま何事もなければいいよね。ちょっと上手くいきすぎて怖い気もするけど』


 相変わらずの漫才じみた由比と瀬成のやりとりに苦笑しつつ、俺は思わずそう本音を漏らす。


 三階層は、最後の階層の割にはあまりにも一階層や二階層に比べて簡単すぎるのではないかという疑念は、確かに俺の中にあった。


 でも、きっとそれは俺の考え過ぎなのだろう。


 今まで、俺は生産職でありながら、戦闘職の真似事をするという、いわば不利な状況で戦ってきた。


 でも、ここになって純粋な戦闘力だけではやっていけないピーキーなステージに――つまり、俺にとって『当たり』と巡り合わせた。上手いこと俺の持っているスキルと状況が噛み合い、ベストに力が発揮された結果、今の順調な状況があるのだ。


 不安はつきないが、悩んでいても仕方ないので、俺はそう思い込むことにした。


 その後も襲い来るトラップはその数を増やし、執拗に俺たちの行軍を阻もうとしてくる。しかし、俺はその全てに生産スキルで臨機応変に対応し、片っ端から跳ね返していった。


 こうして、俺たちは全く人的損害を被ることもなく、三日目を切り抜けた。


 トラップによる損害はなくても、対応には多少の時間を取られたため、二日目、三日目は、一日目よりは若干遅れて、それぞれ四分の一ずつくらいの旅程しかこなすことはできなかった。しかし、それでも既に全体の80%以上は進んだことになり、今までのペースでいけば、余裕とはいかないまでも、明日、制限時間中にクリアできることはほとんど確実な状況になった。


 今まで倒した極楽蝶の中から鍵は見つかっていない。


 こうなってくると、後の敵は――残念ながら同じ人間ということになる。


 運命の日を控え、キャンプのあちこちで密談が始まり、一時的にでも協力的だったムードは、再びにわかに剣呑さを帯びはじめた。


「いよいよ、明日、決着ですね。フィールドの端まできたら、追い詰めた極楽蝶を殲滅することになりますが、今戦力は三つに分かれていますから、単純計算で鍵を入手できる確率は三分の一です。他のチームが鍵を入手した場合、間違いなく奪取できますね?」


 俺は確認の意味を込めて、ダイゴに尋ねる。


「誰に口きいてんだボケ。何度も言わせんなよ。俺様たちが戦力が歯抜けになった雑魚どもに負ける訳がないだろ」


 ダイゴが、いつもの不遜で力強い口調で答える。


「それを聞いて安心しました」


「いや安心するんじゃねえ。言っておくが、鍵を手に入れたら、俺様がてめえらを連れて行く理由はなくなるんだぞ? そこんとこ分かってんのか? お?」


 ダイゴが食い気味に言って、、俺を睨む。


「……そうですね。その時は、敵同士になるしかないでしょう」


 俺は静かにダイゴを睨み返した。


 俺だって馬鹿ではない。


 根本的に考え方が違うダイゴと、いつまでも仲良しこよしでいけるはずがないことはわかっている。


「ほう。つまり、それは俺様から鍵を奪うと?」


「必要なら」


 俺は真剣な表情で頷く。


「そうか」


 『雑魚共が俺に敵うと思ってるのか。とんだ道化師だぜ』とか、しこたま馬鹿にされると思ったが、意外なことに、ダイゴは言葉少なにそう言っただけだった。


 もしかしたら、彼も緊張しているのかもしれない。


 すぐそこまで迫っている、この長きに渡る『ゲーム』の結末に。


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