第141話 最後の鍵(7)
そして、4日目がやってくる。
トラップに次ぐトラップ。
辟易するような妨害を、乗り越え――
襲撃に次ぐ、襲撃。
ゴーストたちの怨嗟の呻きを振り払い――
進みに進んだその先、三階層の果てが見えてきた頃には、気付けば残り時間はもう一時間を切っていた。余裕のつもりだったが、3日目以上の激しいトラップに手間取り、予想外に時間を取られてしまったようだ。
急く気持ちに促されるように、俺たちが見遣る行く手に待つのは、巨人のごとき大扉。
その下部についた、扉の大きさに不釣り合いな、蟻のように小さな鍵穴。
それは、ここから先に足を踏み入れることができる者が、どれだけ一握りであるかを、宿命的に象徴しているように思えた。
逃げ場を失った極楽蝶たちが、所狭しと辺りを飛び回る。
横長な体育館ほどの広さの空間にひしめき合う、異形の群れ。
まさに、『剣を振れば極楽蝶に当たる』状態だった。
やがて、どのギルドがということもなく、狩りが始まる。
まるで夏休みの虫捕り少年みたいな無邪気さで、誰もが極楽蝶を追った。
もちろん、鍵を手に入れる確率を上げるため、という打算が前提にはある。
でも、少なくともその瞬間だけは、俺にはその場にいる全員が、全てのしがらみを忘れて、純粋にモンスターを狩るという競争を楽しんでいるように思えた。
「みんなも手伝ってくれ!」
「かしこまりました」
「任せてください! 余った自動人形で兄さんを援護します!」
「じゃあ、ウチは大和の方に極楽蝶を追い込むから!」
装甲車から出てきたみんなと協力して、俺も早速極楽蝶狩りに乗り出す。
俺は『縫い止め』を駆使し、大量の極楽蝶を一網打尽。
礫ちゃんの補助魔法はスキルのクールタイムを短縮する。
由比の自動人形によるサポートも、瀬成の極楽蝶の行動を先読みした追い込みも完璧だった。
我ながら、見事な連携だったと思うし、他のギルドに負けない数の極楽蝶を狩れたと思う。
頑張った。
精一杯努力もした。
だけど、それで望み通りの結果が得られるなんて思うのは、やっぱりただの理想論で。
「はっ。見つけたぞ」
そこにいた誰もが口にしたかったその言葉を許されたのは、俺ではなく――ダイゴだった。
彼は白銀に輝く鍵を手にして、呟く。
誇るでもなく、歓喜する訳でもなく、まるでそうあることが必然であるかのごとく自然に。
「……」
「……」
「……」
瞬く間に周囲に緊張が走る。
極楽蝶を狩る手を休め、そこにいた全ての人間が、無言でダイゴを注視する。
「どうした? 鍵が欲しけりゃかかってこいよ。誰でもいい。相手になってやる」
ダイゴが首をゆっくりと左右に動かし、俺たちを挑発する。
誰も動けない。
いや、動くことができない。
ここにいる誰もが、ダイゴの実力を知っているから。
時間にして数秒ながらも、永遠に思える沈黙。
それを破ったのは、俺でもなく、チーフでもなく、黒蛟でも、他の誰かでもなく――
『――quest view――
かくして英雄は鍵を手に入れ、可能性を証明した。
されど生者よ。驕るなかれ。
終焉に立ちはだかるは、全ての死を司る王。
生が死に勝るというならば。
さあ、
運営様からのふざけたメッセージだった。
突如眼前に現れた、大扉よりも大きい半透明の死神。
子どもの落書きみたいに不気味な笑みを浮かべたそれが、手にした大鎌で床を撫でる。
『
死霊の王がナハルシュレンゲ・ゾンビを召喚しました。
死霊の王がヴェステデゼール・ゾンビを召喚しました。
死霊の王がゴブリンキング・ゾンビを召喚しました。
死霊の王がプドロティス・ゾンビを召喚しました。
――。
――。
――。 』
「な、なんですかあれ!」
「気持ち悪い……」
瞬間、床から生えてくる無数のモンスターを指さして、由比と瀬成が絶句する。
生来の色と形を失い、紫色に朽ち果てたそれらが腐臭をまき散らしながら、瞬く間に俺たちの周囲を取り囲む。
そこには、天空城でダイゴが倒したボスモンスターはもちろん、そうじゃないのもいた。
もしかしたら、今まで彼が倒してきた敵の全てがゾンビ化して復活しているのかもしれない。
俺たちの狩り損なった数少ない極楽蝶たちは、もう用済みとばかりに瘴気に当てられ落下し、腐肉の一部となって根こそぎ消滅した。
「ほう。中々粋なことをする」
ダイゴはそう吐き捨てたが、その余裕ぶった口調と裏腹に、額には汗が滲んでいる。
屍と化して復活したモンスターは、俺の視界を埋め尽くしても収まらず、増えに増え続け、あっという間に天国を地獄に変えた。
そうこう観察している内に、手近にいたナハルシュレンゲ・ゾンビとヴェステデゼール・ゾンビが動き始め、他のプレイヤーには目もくれず、まっしぐらにダイゴへと襲い掛かる。
その攻撃は、奴らが生きている時よりは、若干精彩を欠いているようにも見えたが、それでも強いことには違いなく、ダイゴたち首都防衛軍は、対応に追われて汲々とする。
「チャンスだ! チーフよ! あの糞ジャップから鍵を奪え!」
チーフの近くで身を縮こまらせていた小太りの男が、すかさず叫ぶ。
「黒蛟よ! 好機である。偉大なる祖国の繁栄のために、日本鬼子からあの鍵を奪うのだ!」
無機質な中国チームの中、一人だけ目立つ勲章をつけた男が居丈高に命令する。
(確かにチャンスかもしれないけど、そんなこと言ってる場合か!?)
俺は、デバイスを一瞥して歯噛みする。
制限時間の残りはすでに30分を切っている。
確かに、この状況を利用し、みんなで一斉にダイゴを襲えば、鍵を奪うことは可能かもしれない。
だけど、その後は?
今度は残ったメンツで鍵を奪い合うのか?
そうこうしている内に、時間切れになって、人類そのものが滅亡してしまえば、元も子もないじゃないか。
でも、だからといって、俺は鍵を諦めることはできない。
七里を救うまでは。
どうすれば。
どうすればいい。
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