第142話 冒険者の矜持

「hey! ミスターダイゴ。さすがのユーでも、ゾンビに加え、ここにいる全員を敵に回すのは厳しいだろう? そこで、どうだい。ここは一つ、ミーと交渉しないか?」


「交渉? まさか、俺様たちに尻尾を振って協力する代わりに、この先にお前らを連れて行けとでも言うんじゃないだろうな」


 敵の攻撃を捌きながら、ダイゴがチーフに視線もくれずに言う。


「さすが、話が早いね。だが、半分はハズレだ」


「なに?」


「ユーと一緒に行くのはミーたちじゃない。そこの裁縫士のボーイさ。合理的なユーのことだ。どうせ、ボーイを利用するだけ利用して、おいしい所はおあずけにするつもりなんだろう」


「チーフさん! どうして……?」


 俺は目を見開いて、チーフを見つめる。


 彼が俺のために動いてくれるなんて、全く想像もしてなかった。


「なんのことはない。命を助けてもらったお礼さ。――それに、最後に、少しはヒーローらしいことをしてみたくなってね」


 チーフはそう言って寂しげに笑うと、俺にウインクをする。


 キザなその動作は、不思議なほどに、チーフのアメリカンヒーローじみた格好に似合った。


「おいおいチーフ。冗談だろう。コカインでもやったか!? ダイゴと組んで他の奴らを潰すならともかく、そんなジャップのガキを助けたところで、アメリカに何の利益がある?」


 チーフの近くにいた小太りの男――役人が、大げさに肩をすくめてたしなめる。


「ユーには分からないだろうね。これは利益じゃなく、オネスティ《誠実さ》の問題さ。ミーはこれから先、ユーの指示ではなく、自分の良心に従って行動することにするよ」


 チーフは、どこか吹っ切れたような笑顔を浮かべ、きっぱりと小太りに決別を宣言する。


「しかし、私は連邦政府の代理として大統領からお前たちに命令する権限を有しているんだぞ! 私がこのことを上に報告すれば、貴様は国家反逆罪で死刑だ!」


「それがどうした? どうせ外と連絡を取ることはできない。それに、エレメンタリースクールの子どもでも知っているぞ。合衆国民には、独立宣言の当初から、政府に人民の生命と自由が脅かされた時のために、抵抗権が保証されてるんだ。そう。まさに、今、ユーのような無能役人のせいで、たくさんの仲間が死んだような時のためにね」


 小太りの脅しに、チーフは理路整然と言い返す。


「馬鹿な屁理屈を。まさか、弁護士もいないこの場所で裁判でも始めるつもりか? 貴様」


 小太りは嘲笑し、周囲を見回す。


「ああ。そうだ。幸い陪審員はたくさんいる。早速、みんなに聞いてみよう。――アメリカ人は、戦友を殺した指示を出すような無能に従い続けるような臆病者か!?」


 チーフも居並ぶアメリカチームのメンバーを見渡し、煽るように呼び掛ける。


「NOOOOOOOOOOOOOOO!」


 強烈なブーイングと共に、皆が一斉に首を振る。


「それとも、命を助けて貰った恩人の物を横取りするような、卑怯者か!?」


「NOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 さらに大きなブーイングが沸き起こり、チーフの問いを否定する。


「OK! ならこれが最後の質問だ。アメリカ人とは友を助け、世界の平和と自由と正義のために命を投げ出す覚悟のある、グレートでビッグでナンバー1な最強で最高な国民か!?」


 チーフは一際声を張り上げて、拳を突き上げる。


「YES! YES! YES! USA! USA! USA! USA! USA!」


 その心意気に呼応するように、地をどよもす大歓声が木霊する。


「馬鹿な! 正気に戻れ! 貴様らに国への奉仕の心はないのか!」


 小太りの男は必死にそう言い募る。


 しかし、実績も説得力も伴わないその言葉は虚しく、誰の心を打つこともない。


「ははは、これだから、資本主義国家は困る! 自由だの権利だのいう幻想に現を抜かして、人民を甘やかしているから飼い犬に手を噛まれるのだ。それに比べ、平等かつ厳格な共産主義思想により鍛えられし、我らが人民軍には隙がない。ましてや、我々中国人には、日本人など憎む理由こそあれ、同情するいわれはないからな。そうだろう! 黒蛟!」


 それまで状況を静観していた勲章をつけた男は、勝ち誇ったように黒蛟の肩を叩く。


「……ああ。確かに日本人は嫌いだ」


 黒蛟はそう言って、俺を怜悧な瞳で見つめ、静かに頷く。


「そうだろう。そうだろう。この場で最大人数の戦力を有しているのは我々だ! さあ、米国と日本を屠り、中国を世界で唯一無二の超大国へと……」


「――だが、それ以上に、人民の血を吸い取って肥え太る駄犬が嫌いだ」


 勲章をつけた男が演説をぶち終える前に、黒蛟が言葉を継ぐ。


「な、なんだと!?」


 勲章をつけた男が、驚愕の表情で黒蛟を見遣った。


「我々が平等だと言うなら、なぜ、優秀なスキルと豊富な戦闘経験を持った仲間が死に、杖一つまともに振れない貴様がのうのうと生き残って、ふんぞりかえっている? さあ死ね。今すぐ死ね」


 黒蛟は憤怒をにじませた口調で矢継ぎ早にそうまくしたてると、杖で男を突き飛ばした。


「な、な、な、何を言っている! それは、適材適所だ! 私は主席から諸君を管理する者として認められている!」


 尻もちをついた男が、胸の勲章を前に突き出しながら、声を震わせて虚勢を張る。


「そうか。ならば、その権威に従う者を、お前は率いればいい。俺はもうお前に従わないし、守りもしない」


「従わない!? 従わずにどうするというのだ!?」


「ふむ。そうだな。――ダイゴ、俺もそこのアメリカ人と同様に、そこの裁縫士の同行を条件に協力してやってもいい。扉に辿り着くまでの道を、切り開いてやる」


 黒蛟が、ダイゴを一瞥して言う。


「けっ。貴様もかよ。まさか、この道化に恩でも感じてるってか? そういうタマじゃねえだろう」


 プドロティスとヴェステデゼール、二体のゾンビを同時に相手どりながら、ダイゴは地面に唾を吐き捨てる。


「恩など知らん。しかし、日本人に助けられたままなんて、中国人としての面子が立たない。それだけだ」


「反逆罪だ! 我が親愛なる人民の諸君! この売国奴を直ちに拘束せよ!」


 勲章をつけた男は、赤子のように無様に地団太を踏み、命令する。


「聞いての通りだ。俺の方針が気に入らない同朋はこの犬の言う通りにするがいい。しかし、中国人としての矜持が少しでも残ってるなら――成すべきことを成せ」


 黒蛟がそう言って、全てを仲間に委ねるように目を閉じる。


 中国チームは誰一人、一言も発することなく、微動だにすることさえなかった。


 それは、静かで、だけど熱狂的な黒蛟への肯定だ。


「そ、そんな。貴様ら! 栄誉が欲しくないのか! 反逆者を征伐し、可能性の束を手に入れれば、共産党内での出世は思うがままだぞ!」


 勲章の男が未練がましくがなりたてる。


「そうだ! 考え直せ! 可能性の束を手に入れ、合衆国に栄光をもたらせば、全てが思うがままだ! ハリウッドスターでも、ノーベル平和賞受賞者でも、好きな者になれるんだぞ!」


 小太りの男が懇願するように叫んだ。


「ふうー。ミスター黒蛟。どうやらこの救いようのないファッキンどもはまだ物事の本質を理解できていないようだ」


 チーフが大きくため息をつき、首を横に振る。


「……ああ。そうだな」


 ゆっくりと目を開けた黒蛟が、噛みしめるように頷いた。


「わかってない?」


「なにをだ!?」


 勲章と小太りが、噛みつくように問う。


「仕方ない。教えてあげようじゃないか。現実世界で、我々は様々なしがらみを抱えている」


「国、人種、思想。それらの隔たりは埋め難い。それでもなお――」


 チーフの言葉を黒蛟が継いで、そして――


「「カロン・ファンタジアのユーザー同士は助け合うものだ!」」


 やがて、二人は、確信に満ちた声で、口を揃えてそう言い放つ。


 それは、恥ずかしいほど直球な理想論。


 綺麗ごとで、建前で、嘘で――きっと彼らもそんなことは百も承知で、それでもなお、かっこつけたくなってしまうほど純粋に、ここにいるみんなはカロン・ファンタジアというゲームが好きなんだ。


「さあ、どうだ! ミスターダイゴ! ミーたちの提案を受け入れるかい?」


「……あれこれ考えている時間はないぞ」


「はっ。いいぜ。受けてやる。道化と愉快な仲間たちがついてきた所で、俺にとって何の障害にもなんねえからな!」


 二人から突き付けられた要求を、ダイゴが愉快そうに受け入れる。


「決まりだ! ――さあ、黒蛟。さっそく作戦を決めよう」


「……我々は、迫りくる敵を食い止める」


「OK! ならミーたちは、ダイゴたちを援護して、扉までの突破を援護する!」


 瞬く間に役割分担を定めた二つの勢力が、背中を預け合い、左右に分かれる。


「あ、あの、チーフさん! ありがとうございます!」


 俺は目頭が熱くなってくるのを感じながら、心の赴くままに頭を下げる。


「グッドラック! ボーイ! ――家族を、取り戻せるといいな」


 チーフはそう言って破顔し、俺に向かって親指を立てた。


「黒蛟さんもありがとうございます!」


「……これで貸し借りはなしだ」


 黒蛟は、俺の方を見ようとはせずに、寡黙に押し寄せる敵へ向かっていく。


「みんな! 走ろう! 彼らの気持ちを無駄にする訳にはいかない!」


 俺は気合いを入れ直し、三人にそう呼びかける。


 おそらく、悠長に装甲車を動かしているよりも、この直線距離なら、走った方が速い。


「「「はい!」」」


 三人が真剣な表情で頷いた。


「さあ! 行こうか! 野郎ども! ステイツの本気! 見せてやろうじゃないか!」


 チーフの号令で突っ込んだアメリカ勢が、ダイゴが相手どっていた敵を引き受ける。


「……さあ。狩るぞ。数は多いが雑魚ばかりだ。焦ることはない」


 黒蛟が、その何十倍もの数を誇るゾンビ軍団と、真っ向から衝突した。


 彼らの働きぶりは、ほれぼれするほど見事なものだったが、それでもあぶれたゾンビモンスターが、こちらに流れてくる。


「由比! 自動人形で時間を稼ぐぞ!」


「了解です! 兄さん!」


 意味を失った極楽蝶を追い込むための網は放棄し、作戦に使用していた自動人形に単純な戦闘命令を出し、俺たちの身を守る肉壁とする。


「ガキの子守りはしねえ。遅れるなよ! ――『剣神破斬』!」


 ダイゴは俺を一瞥してそう言うと、必殺の剣撃で強引に大扉の進路を切り開く。


 仲間の『首都防衛軍』と一緒に脇目もふらず駆け抜ける彼の後を、俺たちは必死に追いかけた。


 一秒一秒、大扉が目の前に近づいてくる。


 後、100メートル。


「ま、待て! わ、わかった。お前たちの好きにしていい! 私が許可する! だから、私を守――うああああああああああああああああああ!」


「私を誰だと思っている! 私は主席の甥の嫁の妹の婿の――ぎゃあああああああああああああああああああ!」


 背中越しに伝わる、自分の身を守る術をもたない役人たちの断末魔の悲鳴。


 自動人形が壊れる硬質な音が、だんだんと俺たちに迫ってくる。


 俺の視界が捉えるのは、大扉を守るように浮遊する死霊の王。


 ヒョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 風鳴りと呻きをミックスしたような不気味な声を挙げ、死霊の王が大鎌を振りかぶる。


 どす黒い瘴気を纏った一撃が、死刑を宣告するかのごとく振り下ろされた。


「邪魔だ――『今こそ解き放て! 我が背負いし宿業を! 一の封印! 狩魔カルマ絶無』」


 ダイゴは、眉一つ動かすことなく大鎌を弾きあげ、返す刀で斬りつけた。


 その漆黒の刃は、瘴気の黒を凌駕した最強の陰を纏い、超越する。


 黒を、さらに濃い極黒が飲み込んで、死霊の王は悲鳴すら上げることもなく消失した。


 闇が、闇に勝ったのだ。


 もはや、行く手に何の障害もなくなったダイゴは、大扉の前に立つと、貴族のような優雅な手つきで、鍵穴に戦利品を差し込む。


 荘厳な音を立てて開く扉。


 詳しく中を観察している暇もなく、その扉はダイゴたち『首都防衛軍』の一行が中に入ったとみるや、早くも閉まり始める。


「急ごう!」


 彼らに遅れること数秒、俺たちも何とか倒れ込むように、扉の中に身体をねじ込むことに成功する。


 やがて、俺たちを守ってくれた自動人形の内の何体かを巻き込みながら、扉が完全に閉まると、辺りは完全なる静寂に包まれた。

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