第157話 夫なを想う(1)
そして、日々は過ぎ行く。
日増しに平穏を取り戻していく世界の中、俺は再開した学校に通いながら、諸都市の復興を手伝い、さらに、瀬成のご両親に挨拶に伺ったり、また世界を放浪してる俺の両親を強引に捕まえて瀬成と面会させたり、目まぐるしい生活を送った。
瀬成はギリギリまで式場をどこにするか迷っていたが、結局、他の式場に比べて安価なことや、瀬成が通い慣れた道場があるということもあり、鶴岡八幡宮での神前結婚式を選択した。
そして、俺たちが世界を救ってから三か月ほど経った春。
結婚式の当日の空は、ありがたいことに快晴だった。
「七里。由比。受付、ご苦労様」
着付けに時間のかかる女性と違い、ちゃちゃっと
「キャー! 和装の兄さんも素敵です! 鼻血が出そうです!」
「ははははは! なんか売れない落語家みたいだね!」
俺の姿を見るなり、相反する評価をぶつけてくる二人の妹。
「まあ、結婚式の主役は女性なんだから俺の格好はどうでもいいよ。それより来賓の入りはどうだ?」
「ぶっちゃけ暇だよー。お義兄ちゃん石上さんの他に友達いないの? 全然ご祝儀集まらないんだけど」
「いるわ! ただ、同級生の場合は高校生に何万も払わせるのは申し訳ないからこっちから断ってるだけだ!」
ちなみに本来、神前結婚の場合は、ご祝儀は式の当日ではなく、それより前の日に渡す事が多いらしく、親類・縁者や石上からのものは、既に受け取っている。
「もう、冗談だってばー! そんなに怒らないでよ! スマイルスマイル!」
「兄さん。今の所、六割くらいの方が揃ってます。ただ、マオやカニスたちがまだ――」
由比が芳名帳をぺらぺらめくりながら呟く。
「みんなー。来たにゃー」
「すみませんー。お待たせしましたー」
噂をすれば影。
民族衣装に身を包んだマオとカニスが姿を見せる。
「マオ。カニス。おはよう」
「おはようございますー。本当はもう少し早く入って、お手伝いできることがあればしたかったんですけどー、今日の返還に際して確認しなくてはいけない事項に手間取ってしまいましたー。すみませんー」
「いやいや大丈夫だよ。式には余裕で間に合ってるし、そもそも来て貰っただけでありがたいから」
地球と異世界を元通りに切り離す日時は、今日の午後八時。
もちろん、偶然ではなく、返還の日に合わせて、俺たちが式の日取りを決めたのである。
「にゃー。ヤマト王。今日はごちそうが出るって本当かにゃ!?」
「うん。式の後の披露宴で出るよ。料理にはこだわったから、最後の地球のご飯だし、存分に食べてって」
「にゃー! 楽しみにゃー!」
「ですが、ヤマト王。本当に私たちからー。ご祝儀をお出ししなくてよろしかったんですかー?」
「うん。瀬成とも、話し合ったんだけど、マオやカニスには日本の色々なしきたりは気にせずに純粋に祝って欲しいってことになったから。それに、今、ご祝儀を貰っても、異世界と地球が分かれたら、将来、マオとカニスが結婚する時にお返ししたりもできないしね」
俺は頷いた。
返還に向けて色々忙しく働いているマオやカニスたちに、余計な負担をかけたくない。
それが瀬成と俺の考えだった。
「おー、アミーゴ。似合ってるじゃないか」
石上が片手をあげてこちらにやってくる。
俺たちに合わせてくれたのか、袈裟姿でははなく、普通の袴姿なのだが、頭が坊主な時点でどうしても坊主に見えるのは仕方がない。
「石上! 来てくれてありがとう。でも無理してないよな? 寺の戒律とかに触れたりしてないか?」
「仏様は他宗派の祝い事に出向くくらいで怒るほど狭量じゃないさ。神道ならどちらかといえば俺んとこの宗派とも考え方も近めだしな」
石上が笑顔で首を横に振る。
「お! やってるな! 兄弟!」
「ご主人様。ご結婚おめでとうございます」
「ロックさん。礫ちゃん。お出でくださいましてありがとうございます」
和服に身を包んだ兄妹に、俺は頭を下げる。
ガタイのいいロックさんには和服がよく似合う。
礫ちゃんも黒髪と振袖が相まって、日本人形のようにかわいい。
「そんなかしこまるなよ。俺とお前の仲じゃないか」
「岩尾兄さんのおっしゃる通りです。この程度、ご主人様たちから受けた恩に比べれば何のことはありません」
「いえ、でも、周辺の警備とか、マスコミ対応とか、全部任せっきりにしてしまったので。本当に助かりました」
鶴岡八幡宮での挙式は、舞殿という周囲から丸見えの所で行う。
なので、本来は、通りすがりの観光客の目に晒されるのもセットでお祝いみたいなところがあるのだが、色んな意味で俺は有名になってしまったので、普通にそうしようとすれば、マスコミが押しかけてきて式が乱される。
そこら辺の対策をしてくれたのが、ロックさんだった。
「その件については、色々市役所とかけあってあげた私にもお礼を言ってくれてもいいんじゃないかなー。鶴岡くん?」
「あっ。小田原さん! ご無沙汰しております!」
ぬらっと登場したスーツ姿の女性に俺は深々と頭を下げる。
「まあ、いいわ。はい。これご祝儀」
「ありがとうございます。色々不義理を重ねてしまったのに、俺たちのために動いてもらったみたいで。ほんとすみません」
俺はご祝儀を受け取り、それを捧げ持ちながら謝罪する。
小田原さんには無茶をしないと誓ったにもかかわらず、結局、俺たちはヤバい橋を渡りまくった。
俺たちの監督者の立場である彼女にはきっと、迷惑をかけまくったに違いない。
「もういいわよ。結局みんな元気に生きてるんだし。それに、鶴岡くんのおかげで、私、正職員として採用されたから。悪いことばっかりじゃないわ」
「そうなんですか!? おめでとうございます」
特に彼女の役職を意識して接していた訳ではなかったが、そういえば、小田原さんは非正規職員だった。そのことを嘆いていた記憶もある。
「そうよ。私はなんもしてないのに鶴岡くんがいつの間にか勝手に世界の救世主になっちゃって、じゃあ、その子を見出したのは誰だって話になって。担当者は私だってことで、そんな重要人物の対応を非正規職員に任せてたってまずくない? って感じで下駄を履かされたのよ」
「ははは、まあ、諸々の迷惑料だと思って頂ければ」
知りたくもない黒い内幕をぶちまける小田原さんの言葉を、俺は笑ってごまかす。
「oh! なんだかとってもにぎやかだね! やっぱりパーティーは陽気なのが一番さ」
一人の金ピカのスーツを着た白人男性が、オーバーリアクションに手を叩きながら、こちらに歩いてくる。
「チーフさん。わざわざアメリカからご足労頂いてありがとうございます」
俺たちは、天空城で一緒になった他の国のギルドの人たちにも、連絡先が分かる範囲で招待状を送った。
色々あったけど、あそこで他の国のギルドが助けてくれなければ、俺はカロンまで辿り着くことはできなかっただろうから、感謝の意を示したかったのだ。
もっとも、招待に応じてくれたのはごく一部で、ほとんどは返答なしか、欠席という反応だったのだが。
「当然さ。ミーはヒーローだからね。助けを求められればどこへでも駆けつけるさ。――さあ、これはユーへのお祝いだ。開けてみ給え」
チーフは懐からグリーティングカードを取り出すと、人差し指と中指の間に挟むキザな仕草で、俺に手渡してくる。
「ありがとうございます。……えっと、これは」
グリーティングカードの中に入っていたのは、日本円でもドル紙幣でも、ましてや商品券でもなかった。
「ha! ha! ha! 今度、ミーが主演でハリウッドで映画化されることになった作品のプレミアムチケットさ! 天空城での戦いがモチーフになっている。ユーがモデルのキャラクターも登場するから是非観にくるといい」
「……もしかして、この小太りの出っ歯ですか?」
俺はチケットの隅の方にいる、あからさまな三枚目の役者を指して言う。
「……エンターテインメントに少々の脚色はつきものさ」
あっ。目をそらした。
「まあ許してやってくれ兄弟。俺の会社が日本でその映画の配給に関わってるんだが、こいつはこう見えても、出演料の全てをモンスターの犠牲者の支援のために寄付してるんだ。もっとそのことを公表して宣伝材料に使えばいいのに。なんで隠してるんだ?」
「Mrロック。君はジーザスの『右手のすることを左の手に知らせてはならない』というありがたいお言葉を知らないのかい? ヒーローはその善行を見せびらかしたりしないものなのさ。なに、日本での広報の件なら心配することはない。ミーというスターさえいれば、宣伝などどうにでもなる」
チーフはそう言って自身の胸を拳で叩く。
「だからと言って、宣伝目的のわざとらしい格好でマスコミを引き連れてくるんじゃねえ。俺までカメラのフラッシュに巻き込まれてクソうざかったぞ」
突如割り込んできた悪態の主に、俺は目を見開く。
つい数か月前、俺と死闘を演じた彼は、赤地の袴をだらしなく着崩している。
もし、面識がなかったら、俺は彼をヤクザの親分か何かだと勘違いしただろう。
「ダイゴさん! 本当に来てくれたんですね!」
ダメ元でダイゴに送った招待状が、出席で返ってきたことには心底驚いた。来ると分かっていても、こうやって直接目にするまでは、あのダイゴが俺と瀬成の結婚式に出るなんて半信半疑だったというのが正直なところだ。
「ああん? 何言ってんだ。ボケ! 呼んだのはてめーだろうが」
「あはは、そうですよね。すみません」
ダイゴのもっともな言い分に俺は頭を下げる。
「ボクもいるっすよー」
ダイゴの陰から、ピャミさんがひょっこり顔を出す。
「ピャミさんもお久しぶりです。ちなみに他の『首都防衛軍』の方々は?」
「道化なる裁縫士。お前なあ。基本、根暗で引き籠もりのゲームフリークどもが、見ず知らずの人間と小粋に会話しなきゃいけないような華やかな舞台に来たがると思うか? 実質拷問だろうが」
「……なんか重ね重ねすみません」
怒られた。
「まあいい。おら、くれてやる」
ダイゴがどこからともなく取り出した祝儀袋を、ぶっきらぼうに受付に投げる。
半端なく分厚い。
っていうか、まず水引の時点でやばい。
なんか普通の∞っぽい形じゃなく、七色の糸で編んだ、嘴のついた鳳凰の形をしてる。
「うおおおおおおおおおおおおおお! お義兄ちゃん! すごい!
その袋を開けた七里がなぜか業界人のような口調で興奮気味に叫ぶ。
「あ、あの。いいんですか? こんなにもらって」
「端金だ。言っただろうが。俺には先がわかっちまう。株でも、FXでも、競馬でも。なんでもな」
ダイゴがつまらなそうに言う。
「おいおい。ダイゴ。あんまり出し過ぎるのもかえってマナー違反だぞ」
「はっ。社畜のひがみか? 悔しかったら俺より出してみろよ」
ロックさんの忠言を、ダイゴは鼻で笑い飛ばす。
もちろん、ご祝儀をたくさんもらえるのはありがたいが、一方、ロックさんの言う通り、あんまり高いのを出されると、親族との兼ね合いや、返礼品の問題もあって困る。
だけど、多分、彼はそこらへんのマナーのことも分かった上で、俺をからかうためにわざとやってるんだろう。
色んな意味で、ダイゴっぽい祝い方だなあ。
「あの新郎様。新婦様のご準備が整いました」
係の巫女さんが俺を見つけてそう話しかけてくる。
「はい。――じゃあ、皆さん、また後で」
来賓に挨拶をして、その場を辞し、控室に向かう。
「大和。お待たせ」
摺り足で出てくる白無垢に身を包んだ瀬成に、俺は目を奪われる。
「綺麗だよ。世界で一番」
「うん。ありがと。大和もめっちゃイケてるじゃん」
そんな歯の浮くようなセリフしか言えない俺に、瀬成がはにかむ。
「それではご入場ください」
「さあ、行こうか」
「うん」
===============あとがき================
皆様ご存知かとは思いますが、タイトルの『夫な』は『せな』と読みます。
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