第156話 大団円のその後に(2)

「瀬成。ちょっといいかな」


「ん? なに?」


 俺は意を決して、瀬成をバルコニーに誘う。


「いきなりごめんな。どうしても今の内に瀬成に話しておきたいことがあってさ」


 新鮮な森の空気をいっぱいに吸い込んで、俺はそう前置きした。


「そうなんだ。みんなのいるところでは言えないようなこと?」


 瀬成が無邪気に首を傾げる。


 これから俺の言うことに、彼女はどんな反応を示すだろう。


 そのことを考えると、カロンを前にした時よりもずっと恐ろしい。


 だが、男として、ここで逃げる訳にはいかない。


「ああ。もったいぶっても仕方ないから、単刀直入に言うよ。――瀬成。俺と結婚式を挙げてくれ!」


「は? は? えええ! えええええええええええええええええええええええ!」


 瀬成の絶叫が奥多摩に木霊する。


 言った。


 言ってしまった。


「ま、また、大和はウチをからかって! あっ、わかった。ゲームの話でしょ? 何か結婚式をしないと貰えないアイテムがあるとか?」


 瀬成が声を上ずらせ、しどろもどろに尋ねてくる。


「いや、全然ゲームは関係ない。本気で現実の結婚式の話。あっ、ちなみ、カロン・ファンタジアの方も瀬成以外のメンバーとは結婚状態を解除してある」


「あ、え、その、な、なんで、今なの?」


「なんていうか、俺たちが恋人になった時って、奥多摩でプドロティスと戦わなくちゃいけないってなって、お互い死ぬかもしれない状況で気分が高揚してただろ。特殊な状況で結ばれたカップルは長続きしないとかいう話もよく聞くし、婚約してからも色んなことがあって、俺たちはろくに恋人らしいことができなかった。だから、このまま日常に戻ったら、友達と区別がつかないようなうやむやな関係になりそうで不安なんだ。そうなる前にここではっきりしておきたいと思って。……重いかな?」


「ううん! そんなことない! 嬉しい! むっちゃ嬉しい!」


 瀬成が顔を真っ赤にして、首をぶんぶん横に振る。


「そうか。良かった」


 俺はほっと胸を撫で下ろす。


 断られたらどうしようかと思った。


「そっかー。ウチと大和の結婚式かー。ウェディングドレスもいいし、白無垢もいいし、いっそのこと気軽なオープンテラス式とかもアリかも! あ、けど、そもそもウチらまだ結婚できる年齢じゃなくない? それに、お金もかかるし!」


 瀬成はそう言いながら、頬を緩ませたり、心配そうに眉をひそめたり、目まぐるしく表情を変化させる。


「ああ。だから、式だけあげて籍を入れるのは後でいいと思う。お金の方はどうにでもなるよ。カロン・ファンタジアの装備品やアイテムを売ってもいいし、復興事業で働いて稼いでもいい」


 これから各都市の城壁を解体したり、モンスターに破壊された道や建築物を復活させたり、俺も忙しく働くことになるだろう。


 結婚にかかる費用は、せいぜい2、300万くらい。


 ちょっとした公共事業でも何千万も使うんだから、日本全国を直して数百万の対価を得ることくらいは許されるはずだ。


「そっか。そうだよね。あんまり贅沢をするのはよくないけど、ウチらだって命をかけて頑張ったんだから、ちょっとくらいはいいよね」


 瀬成が頷いて破顔する。


「うん。後、これは俺の勝手な願いだけど、どうせだったら、世界を元に戻す前に式を挙げたいかな。マオが望むみたいな大きなお祭りはできないけど、しんみりしたまま終わるよりは、何かおめでたいイベントがあった方が、みんなも喜ぶと思うから」


「うん! ウチも賛成! ふふっ」


「何かおかしい?」


 忍び笑いを漏らした瀬成に、俺は首を傾げる。


「ううん。やっぱりウチはやっぱり大和のこういうところが好きなんだなあって。改めて思ったから」


 瀬成が曖昧に言う。


「なんだよそれ。抽象的だなあ」


 俺は苦笑した。


「いいでしょ。きっと好きってそういうことだよ」


 瀬成はそう言って唇を尖らせると、自分だけの宝物をそっとしまうかのように、胸を押さえる。


 確かに瀬成の言う通りだ。


 俺が瀬成を好きな理由を挙げろと言われれば、いくらでもひねりだせる。


 健康的な小麦色の肌。


 長いまつ毛。


 瑞々しい唇。


 正しいことを正しい、間違っていることを間違っていると言える心の強さ。


 常に自分のことより人のことを思いやっている優しさ。


 ギャルっぽく見えるけど、内面はすごく古風だというギャップ。


 照れ屋なこと。


 家族想いなところ。


 でも、好きの気持ちは、そういう言葉にすると、どれも何だか嘘くさくて、何とか一番しっくりくる表現を探せば、結局、全部ひっくるめて、瀬成の『こういう感じ』が好きなんだというしかない。


「……そういうものかもな。では改めて――これからもよろしく。瀬成」


「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」


 瀬成が身体を寄せてくる。


 俺はそんな彼女の肩に、そっと手を回した。

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