エピローグ

第155話 大団円のその後に(1)

 こうして、ひとまず世界を危機から救った俺たちだったが、まだやるべきことは残っていた。


 まずは、可能性の束を使い、人の生活圏内からモンスターを消滅させ、諸都市の安全を確保。


 その後、下の階層にいるダイゴたちやアメリカ・中国チームを初めとする他のギルドの救援に向かい、その無事を確認した。


 そこまでしてようやく、俺たちはマオたちに連絡をつける。


 状況を告げると、彼女たちはすぐさまゼルトナー号で俺たちを迎えに来てくれた。


 そのまま日本へと帰還した俺たちは、奥多摩の城に辿り着くや否や、疲労がどっと出て、泥のように眠りにつく。


 ようやく人心地ついたのは、あくる日の昼過ぎになってからだった。


「おっ。お目覚めか! 俺が腕に寄りをかけた精進料理、できてるぜ!」


「洋食もあるにゃ! さあさあ、どんどん食べるにゃ!」


「お疲れ様でしたー」


 寝坊して起き出した俺たちのために、広間では石上たちが食事を準備してくれていた。 


 実質丸一日ほど何も食べてなかった俺たちは、早速、ブランチがてらみんなで食卓を囲む。


「それにしても、こうやって温かいご飯を食べるのも久しぶりだね」


 瀬成がしみじみと呟いた。


「うん。とりあえずほっとしたよ」


 漬物をポリポリとかじりながら、俺は大きく息を吐き出す。


「ご主人様。緑茶と番茶。どちらになさいますか?」


「じゃあ緑茶で――っていうか礫ちゃん。今回の件では俺たちの方が助けてもらった訳だし、もう貸し借りはなしってことでご奉仕は終わりにしてもいいんじゃないかな?」


 メイド服姿で給仕をする礫ちゃんに尋ねる。


「いえ。奥多摩の恩は返せたにしろ、秩父ダンジョンの分はまだですから。それに、ご主人様に世界を救って頂いたという意味では、結局、借りの総数は変化していないともいえます」


 礫ちゃんが済ました顔で答える。


「お義兄ちゃん。いつの間に礫ちゃんと主従関係に……。っていうか、ロリキャラのポジションが私と被ってるじゃん! いくら私がいなくて寂しかったからって、小学生に手を出すなんて犯罪だよ! イリーガルユースオブハンズだよ!」


 七里が口からパン屑をポロポロこぼしながら言う。


 何言ってんだこいつ。


「うるさい。俺は手を出してなどいないし、そもそもお前と礫ちゃんは一ミリも被ってない。むしろ少しは被るように、お前も少しは礫ちゃんを見習って手伝いでもしたらどうだ。今日も、寝ぼけ眼で俺に服のボタンを止めさせやがって。俺はお前の召使いじゃないんだぞ」


 俺は肩をすくめる。


「チッチッチ、わかってないなあ。兄に甘えるのは妹の義務なんだよ。お義兄ちゃん!」


 七里が人差し指を左右に振りながら悪戯っぽく笑う。


 これが俺の取り戻したかった日常……。


 だよな?


 本当にそうだよな?


「さすが姉さん! 良いこと言いますね! っていうことで、兄さん。私にはご飯を食べさせてください。あーん」


「はいはい。――っていうか、もう本当に終わったんだよな。追加で変なボスを放り込んでくるとか勘弁してくれよ」


 俺は由比の口にパンを詰め込みながら、七里に尋ねる。


 とっくに半日が経ち、結婚ボーナスの効果は既に切れている。


 今更強めの敵に出てこられたら、正直困る。


「うん。多分、しばらく――人間単位で少なくとも数百年は大丈夫だと思う。福音機構が何を考えているかは私にもわからないけど、当初の見立てでは英雄になる可能性すら低いと見られていたお義兄ちゃんが、終末機構の意図を挫いて、最終的には世界を救っちゃった訳じゃん。それってつまりは福音機構の見立てが間違ってたっていうことになるから、しばらくは世界の観察を続けて、情報を収集して、『進化』の定義を見つめ直すんじゃないかな。次に何か世界に干渉してくるとしても、それはカロン・ファンタジアとは関係ない、全く違った形になるだろうし」


 七里が一瞬、真剣な表情に戻って言う。


「数百年後か……。なら、もう俺たちの世代がどうこうできる問題じゃないな」


 石上が真剣な表情で呟く。


 彼の言う通り、そんな先の話なら、俺たちが今できることはなさそうだ。


「じゃあ、当分、俺がやらなくちゃいけないことは、マオやカニスみたいな異世界の人たちと、地球の人の橋渡しになることかな」


 俺は今を見据えてそう呟く。


「あっ。そうにゃそうにゃ! そのことで、なんかヤマト王に相談したいことがあるって、石上とカニスがさっき言ってたにゃ。マオには難しくてよくわからない話だったけどにゃ」


 マオが思い出したように手を叩く。


「石上、カニス。そうなの? 俺のいない間に、この辺りで何か問題が?」


「いえ、差し迫った問題はないんですが、政治的な話というかー、将来的な話というかー」


 カニスが言いづらそうに言葉を濁す。


「俺も話は聞いたが、結局、アミーゴがいないところではどうにも進まない案件でな」


 石上も歯切れが悪い。


「その件について、詳しくは俺から説明しよう! 兄弟!」


「うわっ。ロックさん! いらっしゃってたんですか!」


 いつの間にか隣に立っていたスーツ姿のロックさんに、俺は椅子から立ち上がって一礼する。


「ああ。昨日からな。俺には気を遣わずに座ってくれ。世界を救ったヒーローを立ちっぱなしにさせるなんて心苦しいからな」


「いや、でも、俺もロックさんを立たせっぱなしっていうのは――」


「岩尾兄さん。椅子です」


 礫ちゃんが俺の意図を察したように、どこからか椅子を運んできた。


「サンキュー。元気そうだな。礫! 無事でなによりだ!」


 ロックさんは椅子にどっしりと腰を落ち着けて、礫ちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「セットが乱れるのでやめてください」


 礫ちゃんはいつも通りにクールにそう呟くが、俺にはその表情がどこか嬉しそうに見えた。


「それで、あの、ロックさん。俺に説明することって……」


 俺は椅子に座り直しながら先を促す。


「ああ、そうだったな。まず、訊くが、兄弟は今の自分が置かれている状況を理解しているか?」


「状況?」


 俺は首を傾げる。


 世界は救われたし、七里も戻ってきた。


 俺としてはそれで満足だし、何の問題もないはずだが……。


「もー、お義兄ちゃん。察しが悪いなあ。ロックさんが言いたいのは、あれだよあれ。魔王を倒した英雄がその強大な力故に世界から疎まれるっていう、あるある展開の心配だよ。きっと。お義兄ちゃんが闇堕ちしても困るじゃん?」


 七里はそう言って、ごきゅごきゅオレンジジュースを飲み干す。


「随分乱暴な例えだが、大筋では間違っちゃいないな。今、兄弟は可能性の束という世界を好きに変えられる、神にも等しい力を手に入れた。そしてそれは、ともすれば多くの人間にとって脅威となりうる力だ」


「なにそれ。大和が力を悪いことに使うかもしれないから心配ってこと? そんなことある訳ないじゃん」


 瀬成が不機嫌そうに唇を尖らせる。


「まあまあ落ち着いてくださいよ。パンピーは兄さんのキリストよりも慈悲深い性格を知らないんですから仕方ないじゃないですか」


 由比がそう言って瀬成をなだめる。


「把握しました。……確かに、他の人からしてみれば、よく知らない人間一人の一存で、自分の日常が破壊されるかもしれない状況は恐ろしいですよね」


 もちろん俺は世界に危害を加えるつもりは毛頭ないが、100%安全かといわれれば保証はできない。


 例えばもし、俺が年を取って認知症になって、正常な判断能力を失い、世界に敵意を抱いたとしたら?


 ほんの一時の気の迷いで、世界を滅ぼしてしまうこともあり得る。


「そこでだ。ぶっちゃけて聞くが、兄弟は可能性の束をどうやって使うつもりなんだ」


「そうですね。とりあえず、冒険したい人はともかく、一般人が被害を被らないように、モンスターが出現するのはダンジョンの中だけに限定して、それ以外の場所には現れないようにカロン・ファンタジアの設定を変更するつもりです。もちろん、危ない突発イベントもなしです」


 正直、俺としてはダンジョンやモンスターそのものを消滅させても良いのだが、世界の中には、モンスターから取れる材料で新薬の研究が進むことを期待している病人や、冒険者になるために色々投資してしまって、もう後に引けない人もいるだろう。


 そういう人たちのためにも、希望者が冒険に挑戦できる場所は残しておきたいと思うのだ。


「妥当だな。俺は詳しくないんだが、今兄弟が言ったことを実現したとして、可能性の束っていうのは使い切れるのか?」


 ロックさんに問われ、俺は試しに設定モードを開いてみる。


『希望を叶えるには、可能性の束が10%必要ですがよろしいですか? YES or NO』


「かなり余りますね」


 俺はNOをタップしつつ答えた。


「なら問題は解決しないな。これから、可能性の束を狙って兄弟に取り入ろうと、色んな国が接触を図ってくるだろう。中には強硬な手段に訴える奴もいるかもしれない。そんな奴らと渡り合っていくのは、兄弟が望んでいる普通の生活とは程遠いんじゃないか?」


 ロックさんが気遣わしげに言う。


 確かに、この人の言うことはもっともだ。


「なるほど……わかりました。なら、世界の安全を確保した後、可能性の束を放棄しましょう。七里を助けた今、俺にはもう必要のない力ですから」


 俺はロックさんにきっぱりと告げる。


「ああ。兄弟のことだけに限って言えばそれでいいんだがな。異世界の奴らが絡んでくる以上、ことはそう単純じゃない」


 ロックさんはそう言いながら、困ったように人差し指で鼻の頭を掻いた。


「どういうことでしょう?」


「兄弟も知っての通り、異世界人の『精霊幻燈』のテクノロジーは冒険者にはダメージは与えられないが、その気になれば地球の文明全てを破壊できるほどの科学力を有している。そして、地球サイドのカロン・ファンタジアの中級・上級の冒険者は、数は少ないとはいえ、異世界人からしてみれば全く抵抗できない圧倒的な暴力だ。つまり、今、この地球は、お互いを滅ぼす力を持った異文明同士が隣接しているという非常に危うい状態にある」


「あの、ウチは政治とかよくわかんないんですけど、マオやカニスたちとも仲良くなれたみたいに、他の異世界の人たちとも話せば分かり合えると思うんです。だから、みんなウチらみたいに仲良くやっていくのは無理なんですか?」


 瀬成が片手を挙げて尋ねた。


「事実に即して言えば、確かにまだ世界では地球人と異世界人の大規模な衝突は発生していない。でも、それは今までは世界の危機への対処という、地球人と異世界人共通の目標があったからだ。いがみ合っている場合じゃない緊急事態だったから、異世界人と地球人の対立は最小限に抑えられていた。だが、これからはそうはいかない。精霊幻燈、カロン・ファンタジア、そして可能性の束。それらがもたらす利権を巡って、各地で紛争が起きる。これは断言してもいい」


 ロックさんが深刻な表情で答える。


「……さらに言えば、歴史的に見て、異なる文化、宗教観を持った民族が一つの国に混在した場合、少数派の民族は必ずといっていいほど迫害されます。それが異世界人となれば、さらに悲惨な結末になることは想像に難くありません」


 礫ちゃんが補足した。


「世知辛いな。俺も仏僧のはしくれとして、もっと平和の教えを広めていかないと」


 石上が苦しそうに顔を歪める。


「にゃー。でも、今、世界で一番偉いのはヤマト王にゃ? だったら、ヤマト王が戦っちゃダメって言ったら、みんな逆らえないんじゃないかにゃ? 可能性の束とか言ったかにゃ、そういうことができる力を持ってるって聞いたにゃ」


 マオがいまいち話を理解できていないのか、首を左右に傾げる。


「その場合、戦いの定義をどうするかが難しそうだが、仮に全ての武力的な闘争を封じたとしても、紛争がもっと目に見えない陰湿な形に変化するだけだ。例えば異世界人の居住区だけインフラを整備しないとか、政治に参加させないとか、移民を送り込んでコミュニティを乗っ取るとか、合法的にも非合法的にも暗闘する方法はいくらでもある。そういうのも含めて全て禁止するなら、もはや人間の感情そのものを規制するしかないだろうが――そこんとこどうだ? 兄弟」


「それはできません。確かに、人間の心は目を背けたくなるような汚い部分を含んでいます。だからと言って、可能性の束を使って強制的に人間の心を漂白するというなら、それはつまるところ、人間の感情を否定したカロンと同じ穴のむじなとなってしまう」


「うんうん。お義兄ちゃんは本当に清く正しい主人公だねえ。よしよし」


 感心しているのか、同情しているのか、七里がテーブルから身を乗り出して、俺の頭を撫でてくる。


「ふうー。そうか。兄弟がそう言うなら、やはり結論は一つしかないな」


 ロックさんが溜息一つ目を瞑る。


「マオさんやカニスさんたち――異世界の人たちを守るには、地球と異世界を分離して元の状態に戻すしかない。そういうことですよね?」


 その言葉の先を察したように、由比が呟いた。


「にゃ!? にゃにゃにゃ!? つまり、ヤマト王たちとマオたちはお別れってことにゃ!?」


 マオが椅子から跳ねるように立ち上がり、俺とカニスの顔を左見右見する。


「残念ながらー。そうなりますかねー」


 カニスが視線を伏せて頷く。


 おそらく、彼女は俺たちが眠っている間にロックさんから相談を受けていたのだろう。


「まあ、ぶっちゃけこの奥多摩周辺に限って言えば、兄弟の可能性の束を交渉材料に使って政府にナシをつければ、何とかなるんだけどな。異世界人がいるのは、何も日本だけじゃない。世界には人権とか知ったことじゃねえ無法国家もあるし、異世界人全体の幸福という観点から見ると、住む世界はきっちり分けた方がいい。他の異世界人を元の場所に返すとすれば、ここだけそのままって訳にはいかねえだろ」

「そうですねー。個人的にはー、皆さんからもっと地球の文化を学びたい気持ちもあるんですけどねー。仮に私たちの部族だけがこの世界に残ったとしてもー、ヤマト王のいらっしゃる間は大丈夫かもしれませんがー、王にも永遠の命がある訳ではありませんからー、将来の子孫たちのことを考えるとー、やはり戻るしかないという結論を下さざるを得ないんですー」


 カニスは耳をへたらせながら、寂しげな微笑みを浮かべる。


「あの、じゃあ、世界を元に戻した上で、少人数での交流の場を残すとかはだめなんですか? 例えば、お互いの代表者が承認した人間でないと、異世界と地球を行き来できないようにするとか」


 俺はおずおずとそう提案する。


 せっかく仲良くなれたのに、もうこれっきり会えないというのも悲しい話だ。


 なんとか細々でも交流を続けられればいいのだが。


「おすすめはできないな。仮に移動をお互いの承認式にしたとしても、地球側はあらゆる手練手管を使って、抜け道を見つけ出すだろう。権力者の買収、民族同士の対立を煽って分断・掌握する方法もある。ともかく、経済システムが未発達な異世界が、今の資本主義的な地球の商圏に組み込まれてしまえば、結局いずれ異世界が経済的に植民地化されるのは目に見えてる――まあ、商社勤めの俺としては、本当なら兄弟を上手いこと言いくるめて、収奪する側に回るのが正しいんだろうけどな」


「もしそんなことをしたら、私は岩尾兄さんと絶縁しますから」


「わかってるよ。だからこうして他の虫が湧いてくる前に兄弟と話をつけにきたんだろうが」


 ジト目で言う礫ちゃんに、ロックさんが肩をすくめる。


「……わかりました。では、異世界と地球を元通りにしましょう。可能性の束については、さっきお伝えした通り、モンスターの被害を受けた市街の復興や、安全の確保に使います。全てが終わった後、余った可能性の束についてはこれを廃棄。そんな感じの計画でいいですか?」


 俺はしばらく考えてから、そう決断を下す。


 ロックさんが自分の立場を度外視してまで俺たちに忠言してくれている上に、マオやカニスも納得している。


 俺の王としての使命が、マオやカニスを――ひいては異世界の人たちみんなを守ることだとすれば、きっとこれがベストな選択なのだろう。


「ああ。よく決断したな」


「いえ、そんな大したことじゃないですよ」


 俺は首を横に振った。


「いや。権力を持ちながら、権力に溺れないっていうのは、中々できることじゃないさ。もし兄弟以外の人間が可能性の束を手に入れていたかと思うと、ぞっとするぜ」


「ああ。出家してもいいくらい煩悩がないな。さすがだぜ。兄弟」


「そうでしょう。そうでしょう。世界はもっと兄さんの偉大さを知るべきです。一日五回兄さんのいる方角に向かって感謝の祈りを捧げてもいいくらいです」


 なにそれ怖い。


「石上や由比までやめてくれよ――あの、でも、異世界と地球を元通りにするとしても、今すぐだとかえって混乱しますよね」


「そうだな。一応、告知期間を定めて、返還するのはその後にした方がいいだろう。あんまり引き延ばしすぎても色んな所から横槍を入れられて面倒だから、大体、二~三か月ってとこだな。ま、その辺の細かい折衝は俺に任せとけ」


 ロックさんが胸を叩いて請け負う。


「はい。よろしくお願いします」


 俺は深々と頭を下げた。


 結局、最初から最後まで、ロックさんには世話になりっぱなしだ。もちろん、彼を助けたこともあるが、俺はそれ以上の恩恵を受けているように思う。


「そっか。もう会えなくなっちゃうんだね。……せっかく仲良くなれたのに」


 瀬成がマオやカニスの顔を記憶に焼き付けるようにじっと見つめる。


「にゃー。寂しいにゃー! ともかく、お別れするにしても、マオはしんみりするのは好きじゃないにゃ。そうだにゃ! またお祭りやるにゃ! ヤマト王が世界を救ったお祝いとお別れ会を兼ねて! ぱーっと歌って踊って派手にいくにゃ!」


「マオ。気持ちは分かりますが無理ですー。元の世界に戻るなら、今から冬を越すための食料を集めたり、村の復興のプランを立てたり、色々やらなきゃいけないことがいっぱいですー。とてもお祭りの準備なんてやってる暇ありませんよー」


 手を叩いて提案するマオに、カニスが諭すように告げた。


「そういえば学校とかどうなるんですかね。安全が確認されたらすぐに再開するんでしょうか」


「するだろうなあ。恵美奈の奴も早く行きたがってる」


「うわー、いきなり実力テストとかあったらやだなー」


「学校かー。そういえば、礫、お前も中学どうすんだ。私立に行くならそろそろ受験を考えなきゃいけない時期だろ。まあ、御三家だろうが、他の有名私立中だろうが、お前の頭ならどこでも受かるだろうがな」


「ご主人様たちと同じ学校に通いたいと思っています。まだ御恩返しが終わってませんので」


「まじか。本当にお前は兄弟のことが大好きだな。まあ、鎌倉なら新宿まで電車一本でいけるから、俺としても通勤できないこともないが」


(ああ、本当に終わったんだな)


 みんなの会話を聞いていると、今更ながらに実感する。


 引っ張ったゴムを放すように、嘘みたいなファンタジー方向に振れた世界が、急速に現実に収束していくような、そんな感覚。


 遠からず、俺の日常は返ってくるだろう。


 でも、その前に――俺にはケジメをつけておきたいことがあった。

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