第154話 魔王・ナナリ(2)

 ザシュ。


 ザシュ。


 ザシュ。


 ザシュ。


 俺は剣を振り下ろし、そんな彼女を拘束していたロープを、一本一本、切断していった。


 同時に発動するのは錬金のスキル。


 作り出すのは、技術を惜しみなく注ぎ込んだ最高級のホムンクルス。


 脚と、腕と、目と、鼻と、口と、心臓と、血と、その他諸々全てそっくり同じ、完全な『七里』の外見を有するそれ。


 ただ一つ違うところはといえば、唯一採取できなかったおつむの中身がゴブリンだということくらいだろう。


「お、お義兄ちゃん。だから、焦らしたりしないで――って誰!? 私が二人!?」


 いつまでたってもやってこない死の感触に業を煮やしたのか、七里がやおら目を開く。


 その視線が眼前の、全裸のホムンクルスに釘付けになった。


「紹介します。新生魔王七里ちゃんです」


「な、なんか、口から涎が出てるんだけど! あっ! 鼻の穴を両手でダブルほじほじし始めた!」


「まあ、頭の中はゴブリンだから。しかも余り物の脳みそで作ったからぶっちゃけ賢くない」


 俺はそう言いながら、ホムンクルスの所有権を放棄する。


 これでホムンクルスは、その脳が命じる本能に従って、冒険者を殺すモンスターへと回帰する。


「ええー。一応、私もヒロインとしてのイメージとかあるんですけど」


「勝手にヒロイン面すんな。お前はあれだから。アニメでよくいる変な語尾をつけて喋るマスコット的なやつだから――それよりどうなんだ。そろそろパラライズの効果が切れる頃だと思うが、まだ身体は乗っ取られたままか?」


 戯言をほざく七里に呆れつつ、俺は尋ねた。


「あっ! 動く! 動くよ!」


 七里が手を開閉し、ジャンプしながら叫んだ。


 きっと取り戻した感触を確かめているのだろう。


「ステータスはどうだ。『魔王・ナナリ』のままか?」


「UNKNOWNになってる! どうして!?」


 驚き叫ぶ七里に、俺は安堵する。


「まあ、単純な算数の問題だな」


 俺たちの目の前に存在する二人の七里。


 この矛盾を、カロン・ファンタジアのシステムはどうやって解決したのか。


 仮に、何も手を加えてない本物の七里を100%としよう。


 その本物の七里に、俺は自身の血液を注ぎ込んだ。


 一方、七里のホムンクルスも、脳みそをゴブリンに換装している。


 なので、どちらも厳密な意味では100%本物の七里とはいえないということになる。


 では、両者の内、どちらがよりオリジナルの七里に近いだろうか?


 人間の全体重に占める血液の割合は、およそ8%。


 対して脳は3%程度である。


 つまり、重量ベースHPでみれば、俺の血を注ぎ込んだ目の前の七里は92%、一方、ゴブリンの脳をした七里は97%の精度で本物に近いという結論になる。


 このどちらを『魔王 ナナリ』として認識するか。


 その決断を迫られた時、システムは迷うことなく後者を選んだ。


 心のある人間ならありえない決断。


 だけど、カロン・ファンタジアはどんなに進化したといっても所詮はゲームだ。


 ゲームは人間を定量的に、システマチックに判断しなければならない。


 97% 〉92%。


 それがこのゲームの――カロン・ファンタジアの限界であり、弱点だ。


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 『魔王 七里』が獣のような四つん這いの姿勢から、俺に飛び掛かってくる。


「ごめんな」


 俺はそう謝罪の言葉を呟きながら、魔王の額に漆黒の剣を突き立てる。


 パワーアップした俺が最強の武器を手にして繰り出した一撃。


 それは、豆腐を突き刺すがごとき容易さで頭蓋骨を貫き、その先にあるゴブリンの脳みそを一撃で粉砕する。


『『魔王 七里』を討伐しました。


 所定条件をクリアしたため、プレイヤー鶴岡大和に新たな称号が付与されます。


 称号 救世主メシア(可能性の束 +100%)


 設定コンフィグモードが解放されました。


 鶴岡大和は、可能性の束を使用し、任意に世界を改変することができます』


 俺はデバイスを見遣る。


 コマンドのメニューに、『設定』の項目が追加されている。


 早速、タップする。


『希望の事象を入力してください』


 今、俺が望むことはたった二つだけ。


 一つは今も地球に向かって驀進しているこの天空城を地球へと戻し、世界と俺たち自身を救うこと。


『希望を叶えるには、可能性の束が3%必要ですがよろしいですか? YES or NO』


 もちろん、YES。


 瞬間、周囲の景色が切り替わる。


 真白いだけだった空間が、屋内ドームの天蓋のように開けた。


 青い空と、太陽の熱と、潮風の匂い。


 間違いなく、俺たちの地球だ。


 天空城はすでにその機能を失いつつあるのだろうか。


 高度数百メートルの位置から、ゆっくりと眼下の大海原に落下していく。


 俺は生を噛みしめながら、もう一つの願いを入力する。


 ずっと欲しかったもの。


 今、俺の目の前にいる、このちんちくりんで、生意気で、それでもやっぱり憎めないこの生き物は、確かに俺の義妹の鶴岡七里である。その事実を、神にも、世界にも、システムにも、誰にも文句を言わせずに、完全に、絶対に、永久に認めさせること。


『希望を叶えるには、可能性の束が40%必要ですが、よろしいですか? YES or NO』


「なんてことだ。世界の運命よりもお前の方が高値らしぞ。七里」


 俺はわざとらしく驚きながら、YESをタップする。


「まあ、私もお義兄ちゃんにチートをあげたり、魔王になったり、色々やらかしちゃったからね。福音機構からのペナルティってことかな。でも、かわいい義妹が帰ってくると思えば、これくらい安いものだよね?」


 俺に応ずるように、わざとらしく気取ってみせる七里。


 そんな俺たちの所へ、仲間たちが駆け寄ってくる。


「姉さん! 兄さん! やりましたね! 私たちやりましたね!」


 七里と俺の手を取り、はしゃぐ由比。


「おめでとうございます。でも、さすがに疲れました」


 いつも冷静だった礫ちゃんが、床にへたりこむ。


「ぐしゅ! よかっだ! ほんどうによかっだし!」


 瀬成に至っては、顔が涙でぐしゃぐしゃになっていた。



 誰も欠けてはいない。



 全てを取り戻した。



 俺たちの――勝ちだ!



「……お帰り。七里」


 万感の思いを込め、俺は微笑む。


「ただいま! お義兄ちゃん! ――ありがとう」


 俺の胸に飛び込んで、頬を擦りつけてくる七里。


 そのぬくもりを、俺はただただしっかりと抱きしめる。


 やがて、海面に軟着陸する浮遊大陸。


 その衝撃に、四方から水しぶきが上がる。


 嘘みたいに幻想的な、無数の虹たち。


 塩辛いシャワーが、まるで俺たちを祝福するように、天から降り注いだ。



 GAME CLEAR


 討伐モンスター


 極楽蝶(27568)


 キメラ(20)


 アポリオン(10238)


 災厄の獣 冒涜者サタン(1)


 カロン(1)


 魔王 ナナリ(1)


 戦利品

 EVERYTHING望むもの全て



 CONGRATULATIONS!





===============あとがき=================

 いつも拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。

 と、いうことで無事魔王を討伐しました。やったね。

 これにて、第Ⅱ部は終わりです。でも、もうちょっとだけ続きます。

 もし、ここまで拙作を楽しんで頂けておりましたら、ご褒美に★やお気に入り登録などをして頂けると、作者が勝手に喜びます。



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