第158話 夫なを想う(2)
それから、さらに二十分ほどの待ち時間の後、俺は先ほどの巫女さんの先導で舞殿へと向かう。
瀬成は勝手知ったる我が家というか、神社の人のほとんどと顔見知りだから落ち着いたものだが、俺は緊張で手汗をかきっぱなしだ。
「そんなにガチガチになんなくても大丈夫。今まで戦ってきた怖いモンスターに比べたらこれくらいなんともないっしょ?」
「それとこれとは話が違うんだよ」
おかしそうに言う瀬成に、俺は唇を尖らせる。
やがて、俺たちを中心に、親族一同が席につく。
舞殿に入れる人数は限られているので、親戚以外の来賓の人は、舞殿の外で俺たちを見守る形だ。
やがて、古式ゆかしい雅楽の音色とともに式が始まる。
まずはお祓いを受けた後、神主が、神前に俺たちの結婚を奉告する。
巫女さんが奉納の神楽を舞うのを見ながら、俺の緊張は否が応にも高まる。
三々九度の誓いの
一礼した後、俺は瀬成と視線を交わし合い、そして静かに口を開いた。
「謹んで鶴岡八幡宮の
噛まずに言えたああああああああ。
ふと横を見ると、瀬成が「やったじゃん」みたいな笑顔を浮かべて俺を見ている。
俺は小さく口の端を吊り上げてそれに応えると、読み上げた誓いの言葉が書かれた紙を机の上に置いて、二礼二拍手一礼。
それを終えると玉串(葉っぱのついた枝)の奉納に移る。
巫女さんが俺たちに玉串を渡してくる。
これにも、なんかぐるぐる回すややこしい作法があるのだが、さっきの誓いの言葉を言い終えてほっとした俺は思わずド忘れしてしまった。
焦った俺が横目で瀬成を見ると、彼女はめちゃくちゃゆっくりと、俺が後追いしても不自然にならないような速度で儀式を進めている。そのフォローを受けて、何とか気まずい感じにならない程度には俺も儀式をやり遂げた。
こうして、ようやくメインイベント、指輪の交換までこぎつける。
巫女さんが三方(小さな台)に指輪を載せてもってきてくれる。
お互いの指輪はそれぞれの自作だ。
瀬成は鍛冶で仕立てたシルバーリング。
俺は裁縫で編み上げたワイヤーリング。
もちろん、カロン・ファンタジアのスキルは使わずに、心を込めた手作りの指輪だ。
「ではまず新郎様からどうぞ」
巫女さんに勧められ、俺は右手にワイヤーリングを持ち、左手で瀬成の手を取る。
彼女の手は、決して柔らかくはない。
武道や鍛冶の修練でできた豆が潰れて、固まって、潰れて、また固まって、分厚くなった皮膚が層を成しているから。
瀬成本人がそのことを気にしているので、あまり話題にすることはないけれど、でも、俺はそんな彼女の手を愛おしく思う。
これが瀬成の手だ。
一生懸命生きている人間の手だ。
「いくよ」
俺は瀬成の肌の感触とその熱を感じながら、彼女の薬指にワイヤーリングを嵌める。
ただのクラスメイトに過ぎなかった瀬成を、市役所で仲間に誘った時のことを。
いつから、彼女を特別な存在だと思い始めたのか、いまとなっては思い出せない。
とても自然に、惹かれていったような気がする。
「ねえ。大和。覚えてる? 市役所でウチに声をかけてくれた時のこと」
瀬成が愛おしげに指輪を見つめて呟く。
「うん。俺も今ちょうど同じことを考えてた」
「ウチね。嬉しかったんだ。本当に。――人見知りのウチがどれだけ塩対応しても大和は懲りずに声をかけてくれたから」
「がっかりさせちゃうかもしれないけど、ぶっちゃけあの時、俺は結構ビビってたぞ? カロン・ファンタジアのことがなければ、瀬成みたいなギャルっぽい見た目の女子に声をかけようとは思わなかったかもしれない」
今は、瀬成が見た目とは真逆な古風な内面性を持っていると知っているけれど、あの時はそうじゃなかった。瀬成を仲間に誘ったのは、成り行きとしか言い様がない。
そう意味では、元を辿れば、カロン・ファンタジアが存在しなければ、そして、あの時、七里が強引に外に引っ張り出してくれなければ、俺が市役所に出向くこともなく、今の幸せもなかった。
この点だけは、カロン・ファンタジアと我が愚妹に感謝してもしきれない。
「きっかけはそうかもしれないけど、あの時点では大和が冒険者として最弱のウチを誘うメリットなんかほとんどなかったでしょ。結局、大和は困ってる人を放っておけないんだよ。ウチはそういう大和が好き」
「過大評価な気もするけど、これからも期待に添える男でいられるように頑張るよ」
俺たちはそう言って微笑み合う。
「次は新婦の方、どうぞ」
瀬成がシルバーリングを手に取る。
ちょっと震えていた。
なんだ。
やっぱり、瀬成も緊張してるんじゃないか。
指輪を嵌めやすいように、中指と小指を広げる。
「――よろしくね。旦那様!」
俺の薬指に、確かな重みが加わった。
バタバタバタ、と。
まるでそのタイミングを見計らったように、舞殿の周囲にいた鳩が飛び上がる。
ついこの間までは敵でしかなかったクックは、今はただの平和の使いの鳩に戻って、こうして俺たちの周りを飛び回っている。
その当たり前が、当たり前じゃないことを俺は知っているから。
今この瞬間が、なんだかとってもおかしくて、ありがたい。
「おめでとおおおおおおおおおおう! お義兄ちゃあああああん! 瀬成さあああああん!」
「お、おめでと――ああ! だめ! 言えない! 兄さんは祝福したいけど泥棒猫は許せなあああああああああああああああああああああああああああああん!」
「比翼連理。双宿双飛。幸せにな! アミーゴ!」
「おめでとうにゃあああああ! 大和王もセナもなんかいい感じにゃ! ハッピーだにゃ!」
「おめでとうございますー。末永くお幸せにー」
「おめでとう! 兄弟! 俺もそろそろ身を固めるか――なんて、最近コスプレ趣味に走りつつある妹がいる限りはむりか。ははは!」
「私をモテない言い訳にするのはやめてください。――おめでとうございます。ご主人様」
「おめでとう! 鶴岡夫妻! ばんばん子どもを産んで鎌倉市の人口と税収を増やすのよ!」
「ナイスカップルだね。ところでキスやハグはないのかい? ない? oh! これがジャパニーズ『ケンソン』ってやつか!」
「マスターマスター。あれってなんの神様に誓ってるんっすか? 強いっすか? 経験値うまうまっすか?」
「あ? 知らねえけど多分鎌倉っつうからには武者系だろ。物攻は高そうだが、魔法耐性は低そうな感じの」
祝福の言葉が降り注ぐ。
こうして、俺と瀬成は夫婦になった。
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