第159話 別れ(1)

 挙式が終わった後は、お色直しで和装から洋装に着替える。


 そのまま神社から葉山の海が見えるレストランに移動して、披露宴がスタート。


 定番の生い立ちの映像を流すやつや、来賓のスピーチ、電報による祝辞があって、その中には現首相や、アメリカの大統領、各国の首脳陣のものもあって、ちょっと会場がざわめいた。


 そして、瀬成の手紙の朗読。彼女のご両親は、静かに涙を流していた。


 俺も両親に感謝の挨拶をした。


 日頃は家にいない二人も、こんな時は場の空気に流されていっちょ前に泣いてた。


 かくいう俺も泣きそうになったけど、ただでさえ裁縫という男っぽくない趣味を持っている俺は、ナヨっぽく思われたくなくて、必死に堪えた。


 その後も滞りなく披露宴は進み、無事に終わる。他人から見たらおもしろみのない披露宴なのかもしれないけど、俺としては十分に満足のいく出来だったように思う。


 そして、二次会。


 会場は店を飛び出し、夕日が沈みゆく葉山の海岸。


 店から出して貰う料理もあるが、基本的にはバーベキュー形式にした。


 二次会はマオやカニス――異世界人たちのお別れ会の意味も含んでいるので、彼女たちがマナーとかを気にせずに騒げるように、立食にしたのだ。


 石上のツテで商店街から総菜も提供してもらい、料理は十分な量を用意したはずだったが、異世界の人たちは最後に食いだめしておこうというつもりか、俺たちの想定以上に食欲旺盛で、料理が次第に心もとなくなった。


 買い出しにでも行こうかという話をしていたら、チーフが「その必要はないさ。ここは海だろう?」とか言い出して、海にフルパワーのパンチを決めて魚の雨を降らせた。


 それに対抗して、ダイゴは沖合からクジラを仕留めてきたりして、意図せぬ余興に、二次会も大いに盛り上がった。


 歌って、踊って、飲んで、食べて。


 本当に楽しくて騒がしい時間が続いて、こんな時がずっと続けばいいなと思うけれど、それでもやっぱり終わりはやってくる。


 返還の時と定めた午後八時を前に、俺はマオとカニスを通じて、その場にいた異世界人全員を呼び集めてもらった。


 最後の記念に、その場ですぐ写真が出てくるインスタントカメラを使って、みんなで記念撮影をする。

 その後は、瀬成たちがそれぞれマオたちに別れの言葉を述べていく流れになった。


 一通りの挨拶が終わり、やがて俺の番がやってくる。


「――そろそろ時間だから、離れ離れになる前に、俺からも一言言わせてくれ。みんな。今までありがとう。みんながいてくれたから、俺は大切な人たちを失わずに済んだ。そして、短い時間だったけど今や、みんなも俺にとって、大切な人たちだ。だから、向こうに帰っても、どうか元気で」


 俺はみんなを見渡して、心から彼女たちの平穏を願う。


「ありがとうございますー。私たちにとって、ヤマト王に出会えたことはこの上ない幸運でした。他の誰であっても、あなたのように立派に王の役目を務めることはできなかったでしょう」


 カニスが穏やかに笑う。


「とってもいい王様だったにゃ! 嫁になれなくて残念にゃ! それに、もっと色々地球のおいしいものを食べたかったにゃ!」


 マオはそう言って、名残惜しそうにしゃぶっていたリブステーキの骨を吐き捨てる。


「うん。二人にそう言ってもらえてうれしいよ。でも、俺はもう瀬成だけの夫で地球に残る人間だ。もう、みんなの王様でいる資格はない。だからこれ――返すよ」


 俺は戴冠式の時に貰った、木の王冠を彼女たちに差し出す。


「いいえー。できればそのままお持ちくださいー。ヤマト王は、アコニ族とエシュ族の統合の象徴です。たとえ遠く離れても、あなたの偉業は私たちの記憶に残り続けるでしょう」


「そうにゃ! みんなで決めたにゃ! ヤマト王の伝説はこれからもマオたちが子々孫々まで語り継ぐにゃ!」


 マオとカニスがやんわりと王冠を差し返してくる。


「……うん。そういうことなら」


 俺はそう言うと、王冠を頭に戴いた。


 今でも、王なんて器じゃないと思うのだけれど、彼女たちがそう望むのなら、最後まで俺は王としてろう。


「では、最後に、私たちからのー、ささやかなお礼として、ヤマト王に感謝の歌を捧げますー」


「マオたちは踊るにゃ!」


 エシュ族が整列し、声を合わせる。


 アコニ族が、星明りに照らされて、躍動的に跳ねる。


『称え広めよ。我らが王。


 世界を救いし男の名を。


 鶴岡大和。


 彼の者は裁縫士。


 その手が紡ぐは希望の糸。


 絶望を絡め取り、針穴がごとき勝利をくぐる。


 一度彼が腕を振るえば。


 たちまち編み上げられる絆。


 その至上の衣は分け隔てなく。


 あまねく命を優しく包む。




 争いは好まず。


 慈愛と寛容と。


 徳をもって民を治める。


 されど王を侮るなかれ。


 鷹が爪を隠すように。


 穏やかな山こそ、火を噴く時は激しい。


 邪な神が荒ぶりて。


 訪れた世界の終わりに。


 我々は知った。


 剣でもなく。


 弓でもなく。


 ただ勇気と知恵の針こそが。


 神を貫くのだと。

 

 教訓とせよ。徒人ただびとよ。


 神は土くれより人を創るが。


 子を思い、衣を繕う母の心は知らない。


 王よ。


 感謝しよう。


 汝が織り成した奇跡に。


 王よ。


 忘れまい。


 汝が繋ぎ止めた偉大なる平凡を。            』



 懐かしく、どこか郷愁的な旋律。


 それが止む瞬間、時計がまさに八時を指す。


『希望を叶えるには、可能性の束が35%必要ですがよろしいですか? YES or NO』


「ありがとう。――さようなら」


 俺は別れの言葉と共に、YESをタップする。


 音もなく、たださわやかな笑顔だけを残して、彼女たちは目の前から消え失せた。


 地球に残った俺たちを、潮騒の音だけが優しく包み込んだ。

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