第160話 別れ(2)
「これで、カロン・ファンタジアも本当に終わりだな」
ふと近づいてきたダイゴが、遠くの水平線を見つめ、ぽつりと呟く。
「あの、でも、元浮遊大陸にはまだダンジョンが残ってますよ」
前にロックさんに語った通り、冒険者を続けたい人や、モンスターから得られるアイテムに期待する人々のために、俺はダンジョンを残した。
かといって、地域住民としては近くにダンジョンがあるのも落ち着かないだろうから、せっかくだったら今あるものを活用しようということで、世界中に散らばっていたダンジョンを、天空城が建っている大陸に集約したのだ。どの国の冒険者もその大陸にいけば、ダンジョンには自由に挑戦できる。
「何言ってやがる。ご丁寧にモンスターが人間にとどめを刺せないロックまでかけやがって。安全管理されたダンジョンなんてもはやダンジョンじゃねえ。その上突発イベントもストーリーもねえんじゃ、それはもはやゲームじゃなくてただの作業だろうが。カロン・ファンタジアもひでえゴミゲーになっちまった。まあ、元々ろくなシステムじゃなかったけどな」
ダイゴが恨みがましく俺を睨む。
確かに、ダイゴが言うような制限を、俺はカロン・ファンタジアに加えた。
モンスターに負けた冒険者は、二度とダンジョンの中に入れなくはなるが、その代わり命までは奪われない。そういうシステムにしたのだ。
「いや、だって、いくら自己責任だとはいっても、やっぱり助けられる命は助けたいじゃないですか」
「命をロストするスリルがあるからこそおもしれえんだよ。全くお前はかけらもゲームのことがわかっちゃいねえ」
ダイゴは話にならない、とでも言いたげに首を振る。
「あの、じゃあ、もしかして、もうカロン・ファンタジアは卒業ですか?」
「まあ、そういうことになるな」
ダイゴが不機嫌そうに頷く。
「えええええええええええ! ちょっと待ってくださいっす! マスター! マスターが辞めちゃったら、『首都防衛軍』はどうするんっすか! 解散っすか!」
話を聞きつけたピャミさんが、ダイゴの肩を揺する。
「希望者がいればギルドリーダーの地位を譲る。後はそいつが決めればいい」
「そんな無理っすよ! マスター以外の人間にあんなコミュ障の群れを率いられる訳ないじゃないっすか! 大体、マスターがお給料払ってくれなきゃ、メンバー全員、ただのカスニートっすよ!」
ピャミさんは泣きわめきながら、ダイゴの腕にすがりつく。
給料制か。プロゲーマーが職業として認知されている現代では珍しくない話だが、自己満のロールプレイのためにメンバー全員に給料を払うなんて聞いたことがない。
「ああん? 知るか。過疎化からのサービス終了はオンラインゲームの宿命だ。お前もいつまでも俺の家に居座ってないで働け! クソ奴隷」
ダイゴがピャミさんを振り払いながら、吐き捨てる。
っていうか、ダイゴとピャミさん同棲してたのか。
これって完全に……。
いや、でもダイゴに限って……。
「あ、あの、次にやるゲームとかは決まってないんですか?」
俺は二人の関係を訝しがりつつも、話を転がす。
「ある訳ないだろ。ここ一年、ゲームなんかまともに開発できる状況じゃなかったし、そもそも、BC時代からカロン・ファンタジアのVRゲームとしての技術は卓越していた。一度あれを経験しちまったのに、今更、バグだらけのエセオープンワールドゲームを出されても戻れるか?」
確かにダイゴの言うことはもっともだ。
そもそも、カロン・ファンタジアがゲームとしてオーパーツなレベルで優れていたから、異常なユーザー数を獲得できた訳だし。
でも困ったな。
俺がダンジョンを残したのは、ダイゴにこれからもカロン・ファンタジアを楽しんで欲しかったからという面もあった。
俺が理解できなくても、ダイゴのような不器用なやり方でしか生きられない人がいて、ピャミさんみたいにダイゴに巻き込まれることで救われている人がいる。その事実は否定されるべきでないと思ったから。
でも、俺がカロン・ファンタジアを安全なものに変えたことで、ダイゴやピャミさんの居場所を奪ってしまったのなら、それは俺の望むところではない。
「あの……。俺、思ったんですけど」
「あ? なんだ?」
「そんなに今あるゲームが気に食わないんなら、いっそのことダイゴさん自身で納得のいくゲームを作ってしまえばいいんじゃないですか。ダイゴさん、お金持ちなんですよね」
俺はおもむろにそう提案する。
「金はある。だが、技術は積み重ねだ。一朝一夕にはどうにでもならない。人類が自身の手でカロン・ファンタジアを再現するには、最低でも後、半世紀はかかるだろう」
「その問題はクリアできますよ」
「あ?」
「――実は、まだ可能性の束が余ってるんですよね。10%くらい」
「ほう。てめえがそれを俺様にくれるとでも言うのか」
「条件によっては」
「本気か?」
即答する俺に、ダイゴが目を見開く。
「いいじゃないっすか! マスター! 作りましょうよ! ボク、むちゃくちゃわくわくしてきたっす! 見せてください! マスターが作った最高のゲーム!」
「馬鹿が。のせられてるんじゃねえ。どうせ呑めない条件をふっかけて俺たちをからかう気だ」
「ダイゴさんじゃないんですからそんないじわるしませんよ。俺が出す条件は一つ。世界と一般人に迷惑をかけないこと。最悪人が死ぬゲームでもいいですけど、やりたい人だけでやってくれ、っていうだけです」
俺は疑り深いダイゴに、あきれ顔で告げる。
「……そもそも、俺様からパンピーに仕掛けたことはねえ。いつも常識っていうやつを手にした大人ぶった馬鹿どもが、勝手に俺様の前に立ちはだかってきただけだ」
ダイゴが拾った石を海面に向かって投げつける。
何回も水面を跳ねたそれは、やがて水平線の彼方に見えなくなった。
今の彼の言葉に嘘はない。
ダイゴのことを理解したとはとても言えないけれど、それでも彼が約束を破るような人物でないことだけは分かる。
「――じゃあ、問題ないですよね」
だから、俺はデバイスをタップする。
『可能性の束 10%をプレイヤー・ダイゴに移譲申請します』
「けっ。勝ち組主人公様のお情けって訳かよ」
ダイゴがすねたように吐き捨てる。
彼にとっては、自分で勝ち取った物以外は気に食わないんだろう。
俺から何かを貰うなんて、屈辱とすら思ってるかもしれない。
「そうでもないですよ。ある意味で嫌がらせです。可能性の束を手にした今、この瞬間から、ダイゴさんは世界中から狙われる身になるんですから」
だから、なるべく恩着せがましくならないように、俺は軽口を叩く。
「望むところだ。少なくとも、暇つぶしくらいにはなる」
ダイゴが余裕の笑みを浮かべて答えた。
「おおおおおお! 良かったっすねマスター! どんなジャンルのゲームにするっすか!? シューティング? 格闘? パズル? RPG?」
「何でもいいが、とりあえずお前は関わるな。クソゲーマニアの感性は信用できない」
「ええー! ボクは別にクソゲーマニアじゃないっすー! ゲームへの愛が深すぎるだけっす! ただダメな子ほどかわいいっていう親心っす!」
テンポよく掛け合いをするダイゴとピャミさん。
なんだか、二人が夫婦漫才師に見えてきた。
「大和―! そろそろお店の方がクローズだって!」
「わかった! ――じゃあ、俺行きます。瀬成が呼んでるんで」
俺に手を振ってくる瀬成にそう返事をしてから、ダイゴたちに軽く頭を下げる。
「ああ――またな! 大和」
去りゆく俺にダイゴが言う。
初めて名前を呼ばれた。
なんだかこそばゆいけど嬉しい。
でも、きっとこれが最初で最後だろう。
ダイゴは『またな』と言ったけれど、彼と俺では、人生に求める方向性が違いすぎる。
「ダイゴと何を話してたの?」
横に並んだ瀬成が問う。
「うーん。強いて言うなら、夢?」
俺は首を傾げる。
「なにそれ」
瀬成が小さく吹き出す。
「俺もよくわからない。でも、幸せのおすそ分けはできたかな」
俺も何となくおかしくなって笑う。
こうして、俺のカロン・ファンタジアは終わった。
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